05 開かない扉
2026.10.26 修正
05 開かない扉
厚い扉が横へ滑り、制御室が見えた。ロイが先に外へ出る。アストリッドも、そのすぐ後ろから扉を通ろうとした。
その瞬間、照明が消えた。開いた扉の向こうの制御室も暗くなり、制御盤と解析端末の表示が一斉に消えた。足元も、目の前にいたはずのロイの姿も見えなくなった。アストリッドは踏み出しかけた足を止めた。
暗転は一瞬だった。白い照明が戻り、制御室の制御盤が次々と点灯する。解析端末の画面にも起動表示が出た。
事故当時、作業員は制御盤の表示が一度消えたと話していた。同じだ。
そう思った直後、低い駆動音が響いた。警告音も、閉鎖を知らせる表示もないまま、厚い扉が横へ滑り始めていた。
「アストリッド!」
扉のすぐ外にいたロイが振り返った。アストリッドはケースを持ったまま前へ踏み出す。だが、扉は通常の開閉よりも速く、二人の間へ滑り込んできた。このまま進めば挟まれる。アストリッドは足を止めた。
ロイが腕を伸ばす。その指先が届くより先に、厚い扉が視界を塞いだ。鈍い衝撃が区画内へ響く。扉は閉じ切っていた。
アストリッドはすぐに内側の開閉スイッチを押した。反応はない。もう一度押す。それでも、扉は動かなかった。先ほどまで正常な閉鎖状態を示していた表示にも、今は何の文字も出ていない。
「ロイさん、聞こえますか?」
『聞こえてる。怪我はないか?』
通信越しに返ってきた声に、アストリッドは短く息を吐いた。
「ありません」
『扉から離れろ。今、開ける』
アストリッドは扉の前から数歩下がった。ケースを床に置き、閉じた扉を見つめる。
壁の奥でかすかな作動音がした。外から操作しているらしい。だが、扉は動かない。
通信の向こうでは、複数の声が重なっていた。オリヴァーの声もするが、何を話しているのか聞き取れない。
アストリッドは扉から視線を外し、媒質貯蔵区画を振り返った。媒質貯蔵槽も、壁や天井に通る配管も、見た限りでは変わっていない。
処理設備は停止していたはずだ。先ほどまでなかったかすかな振動が、照明が戻ったあとも床から伝わっていた。
『処理設備は停止したままです』
オリヴァーの声が聞こえた。
『ですが、制御系の出力が一瞬、低下しました』
アストリッドは閉じた扉を見た。停止している処理設備とは別に、監視や制御、安全装置は動いたままだと、先ほど施設責任者が説明していた。
続いて、短い沈黙があった。
『貯蔵設備側への出力が急上昇しています!』
アストリッドはすぐにケースを開き、媒質濃度測定器を取り出した。電源を入れる。画面が明滅し、表示された数値が細かく揺れた。通常なら数秒で安定するはずの表示が定まらない。
測定器を胸の高さに持ち、待つ。やがて数値を読み取れるようになった。先ほど調査を終えたときよりも高い。まだ基準値は超えていない。それでも、数値は上がり続けている。温度表示も同じだった。
「媒質濃度が上昇しています。温度も上がっています」
アストリッドは表示された値から目を離さず、読み上げた。
『どの程度だ?』
ロイが尋ねる。アストリッドは変化量を確認した。
「まだ基準値内ですが、上昇速度が速いです」
『防護マスクは?』
「問題ありません」
防護マスクの縁に指を当てる。密着状態に問題はない。吸収缶も装着されている。ただし、使用可能時間は媒質の濃度と状態によって変わる。アストリッドは測定器へ視線を戻した。
白い靄が区画内に広がり始めていた。液体の媒質が気化している。アストリッドは換気口へ目を向けた。
靄が吸い込まれていない。
「換気が止まっています」
『警報は鳴らないな』
アストリッドは広がる靄から距離を取った。測定器の数値が一段上がる。温度も上昇を続けていた。濃度と温度の推移を見比べた。処理設備そのものは停止している。それでも、媒質にかかる魔導エネルギーの負荷だけが増している。
「過剰励起に移行しています」
通信の向こうが静かになった。短い間を置いて、ユリウスの声が聞こえた。
『貯蔵設備側へ流れている出力が、魔導回路で制御できる範囲を外れた。上昇が止まらない』
欠落した数秒の間にも、今と同じ変動が起きていたのだとすれば。
前回は、数秒で収まった。
今回は数値が下がっていない。
通常でも人体に有害な媒質が、過剰励起によってさらに致死性の高い状態になっている。
白い靄が床に沿って広がっていく。ゆっくりとした動きだった。それでも止まる様子はない。
アストリッドは防護マスクの表示を操作し、吸収缶の有効時間を確認した。表示された時間は、現在の濃度を基準にしたものだった。濃度が上がれば、吸収缶の有効時間も短くなる。
扉の向こうから、金属を叩くような音が響く。ロイたちが扉の開放を試みているらしい。
アストリッドは閉じた扉へ目を向けた。低い作動音がした。だが、厚い扉はわずかにも動かなかった。




