04 魔導災害
2026.10.26 修正
04 魔導災害
準備室には、防護服の布が擦れる音が続いていた。案内役の職員、ロイ、アストリッドは通信端末を身につけ、防護服を着用していく。最後に防護マスクを装着し、互いに装着状態を確認した。アストリッドは呼吸を整えながら、マスクの縁から空気が漏れ込まないことを確かめる。
準備室の奥の点検区画に、制御室があった。案内役の職員が扉の前へ進んで解錠すると、重い音とともに扉が開いた。
中へ入ると、壁一面に制御盤が並んでいた。開閉可能な金属製の蓋の奥には基板と魔導回路が収められ、そこから複数の信号線が貯蔵設備へ伸びている。さらに奥には、厚いスライド扉があった。その先が、媒質貯蔵槽のある媒質貯蔵区画だった。
オリヴァーは、魔導回路測定器と解析端末を制御盤の前に並べていた。施設責任者が携行端末に図面を表示し、壁面の設備を指し示す。
「媒質貯蔵槽への出力を制御している魔導回路はこちらです。温度、圧力、媒質濃度の測定装置も、この系統に接続されています」
オリヴァーが図面と制御盤を交互に見る。
「事故時に記録が途切れていたのは、どの系統ですか?」
施設責任者が三枚並んだ基板の中央を指した。
「この基板を経由する系統です」
ユリウスは制御盤の前に立ち、内部の配線を確認した。基板から伸びる信号線に沿って、視線を移している。
「処理設備は停止しているが、この系統自体は生きているんだな」
「はい。停止しているのは媒質の処理設備です。監視系と制御系、安全装置、通信系は稼働しています」
施設責任者は図面上の系統を順に示した。
「事故後の状態を確認する必要がありますので、監視と制御まで落としてはいません」
ユリウスが頷き、別の線へ視線を移した。
「扉の開閉にも接続されているのか?」
「扉は別系統ですが、貯蔵設備の異常を検知した場合は、こちらから閉鎖信号が送られます」
「事故当時は閉鎖しなかったんだな」
「はい。警報も扉も作動していません」
アストリッドは厚い扉へ目を向ける。今は閉じたまま、何の異常も見せていない。オリヴァーが解析端末を魔導回路に接続した。画面上に、現在の信号と回路出力が表示される。媒質貯蔵槽の処理設備そのものは停止しているため、設備側の数値はほとんど動いていなかった。
一方で、監視と制御の信号は途切れず表示されている。
アストリッドも制御盤の表示を確認する。媒質貯蔵区画内の空気中の媒質濃度は基準値を下回っている。温度と圧力にも異常はない。
ロイが図面を覗き込む。
「採取口は貯蔵槽の奥側か」
「はい。配管と接続部も確認したいです」
「よし」
ユリウスはロイへ目を向けた。
「僕たちは回路と基板を調べる。そちらは頼む」
「任せろ」
アストリッドは防護マスクに指を添え、密着状態をもう一度確認する。それから測定器の入ったケースを持ち上げた。
ロイが扉の横にある開閉スイッチを押す。低い駆動音が響き、厚い扉がゆっくりと横へ滑り始めた。その先に、大型の媒質貯蔵槽が見えた。槽の周囲には金属製の通路が巡らされていた。壁と天井には何本もの配管が通り、床には点検用の目印が引かれている。
駆動音も振動もなく、広い区画の中は静かだった。
扉が完全に開くと、ロイが先に入った。アストリッドもそのあとへ続く。ロイが内側のスイッチを押すと、背後で扉がゆっくりと閉まった。重い音が止まり、内側の表示が正常な閉鎖状態を示す。
「通信は?」
ロイが呼びかける。
『聞こえている』
通信越しにユリウスの声が返った。
「こっちも問題ない。始めるぞ」
アストリッドは入口で媒質濃度を測定した。制御室で確認した数値と変わらない。測定器を手にしたまま、二人で貯蔵槽の外周に沿って進む。
アストリッドは床面から配管へ順に視線を移した。事故当時、記録を上回る濃度の媒質に作業員が曝露していた。設備に破損や異常があったのなら、確認できる痕跡が残っている可能性がある。
ロイは貯蔵槽の側面を確認している。アストリッドは配管の接続部へ測定器を近づけた。反応値に変化はない。隣の接続部も同じだった。
「こっちは異常なしだ」
ロイが貯蔵槽の継ぎ目から手を離した。
「こちらも変化ありません」
二人はそのまま奥へ進んだ。閉じられた採取口の前で、アストリッドは足を止める。採取口の縁を目で追った。破損は見当たらない。封印も残っている。測定器を近づけても、周囲の濃度に変化はなかった。
「採取口も異常ありません」
「封印もそのままだな」
アストリッドは採取口から少量の媒質を容器に採り、採取口を閉じた。分析器で調べたが、異常を示す反応はなかった。結果を保存する。
「作業員がいた位置も見ておこう」
ロイの言葉に、アストリッドは頷いた。聞き取りで確認した二か所へ移動する。一か所目で媒質濃度を測る。基準値内。貯蔵槽の反対側へ回り、もう一度測定する。こちらも変わらない。
アストリッドは一方の作業位置から、貯蔵槽の向こう側へ視線を移した。事故当時、二人の吸収缶には過剰励起の痕跡が残るほどの媒質が吸着していた。それでも、配管にも採取口にも、それを説明できる異常は見つからない。
通信越しに、オリヴァーの声が聞こえた。
『ユリウスさん、こちらを見てください』
アストリッドは手を止めた。続いて、ユリウスの声がする。
『ほかと違うな』
『はい。この魔導回路だけ、ほかと規格が異なります』
少し間を置いて、施設責任者の声が聞こえた。
『提出されている保守記録にはありません』
ロイが通信越しに尋ねる。
「事故との関係は?」
『まだ分からない』
ユリウスが答えた。
『だが、記録にない魔導回路なら確認が必要だ』
「こっちはまもなく終わる」
ロイは貯蔵槽の周囲を見回した。
アストリッドは最後に区画内の媒質濃度を測定した。数値は基準値内で安定している。温度と圧力にも変化はない。
「終わりました」
「よし」
ロイは通信を開いた。
「こっちは配管と採取口に異常なし。液体の分析も問題ない。作業員がいた場所も、今は基準値内だ」
『分かった』
ユリウスが答える。
『原因になる異常は見つからないか』
「そうなる」
アストリッドは測定値を保存し、測定器をケースへ戻した。蓋を閉じる。
「戻るぞ」
「はい」
アストリッドはケースを持ち上げ、ロイのあとへ続いた。ロイが内側の開閉スイッチを押す。低い駆動音とともに、厚い扉が横へ滑り始めた。




