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魔導省魔導災害局  作者: すもも


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05 出動準備

魔導省本庁舎の玄関を通り抜け、階段を上がる。

廊下奥の扉を職員IDで解除すれば、魔導災害局のフロアが開いた。


午前の早い時間は、いつも静かだ。

魔導通信課の島には、まだ誰一人出勤していない。


魔導工学課の課長席には、既にユリウスがいた。

書類に目を落としたまま、湯気の立つマグカップを手元に置いている。

いつもと同じ紅茶の香りが、島を越えて薄く漂ってきた。


「おはようございます、ユリウスさん」

「おはよう、アストリッド」

「昨日はありがとうございました」

「礼を言われるほどのことじゃない」

「それでも、助かりました」


アストリッドは自席に鞄を置き、端末を立ち上げる。

周囲の席が少しずつ埋まっていく中、二次会に行った面々はどこか元気がなかった。

声が小さく、動きが遅い。


「通信課の島、元気がないですね」

「あそこは昨日、課で歓迎会をしてたんで、二日酔いでしょうね」

「二次会に行った連中は、案の定だ」


魔導工学課の班長、オリヴァーと技官のレオンが奥の島を見やって苦笑する。

ユリウスは冷静に切り返した。


「おはよう、アストリッド」

「おはようございます、タクトさん」

「局の歓迎会だってあるのに、女の子が来てくれて、通信課はよっぽど嬉しかったんだね」


魔導薬理課の課長、タクトが出勤した。

微笑ましそうに奥の島を見やる。


魔導通信課では、ソフィアだけがその列外だった。

島の端で椅子を引き、資料を整え、挨拶の声まで明るい。

昨日のあれが嘘のように、顔色も姿勢も整っている。

ノエルがソフィアの様子を横目で見て、小さく息を吐いた。


「なんで新人が一番元気なんだよ……」

「若さです」

「そんなに歳は離れてねえよ」


ジョンは聞こえていないふりをして、端末を操作した。


始業時刻が近づく。

廊下側の気配が少しだけ慌ただしくなり、すぐにロイが入ってきた。


ネクタイは締まっている。

髪も整っている。

整っているが、動きが最低限だった。


「おはようございます」

「おはよう」

「二日酔いは?」

「ないよ」


二日酔いでなくても、ロイはいつも以上に眠そうだった。

なんだかんだで仕事はきっちりこなすので、アストリッドはそれ以上聞かなかった。


まもなく、朝礼が始まる。



会議室の最奥に局長が立ち、その横に各課の課長が並ぶ。

列が整うと、局長が頷いて朝礼が始まった。


「本日の案件だ。郊外の研究施設に併設された発電施設で、魔導回路の停止が発生した」


一拍置いて、局長は続ける。


「当該施設は溶媒反応でエネルギーを生み出し、その出力を魔導回路に流してコアを充電している。停止は昨夜の切り替え工程中。溶媒接触段階で異常が出た」


会議室の空気が、わずかに締まる。

局長は視線を移し、必要な部署だけを名指しした。


「魔導工学課は、現地で回路経路と制御系の確認、停止原因の一次切り分けを行う」

「魔導薬理課は、溶媒の確認と接触部周辺の一次評価。必要なら、その場で封じ込めまで」


ユリウスとタクトの説明に、局長は頷く。


「今回は工学と薬理のみで行う。環境・通信・構造は待機。要請があれば即応。場合によっては対策本部が必要だ」

「了解」


各課の職員が頷く。


「本日も安全に努めよう。以上」


局長の指示は最小限だった。

会議室の空気は、そのまま業務に戻っていく。



列がほどけると、会議室の出口へ人が流れた。

環境、通信、構造はそれぞれの島へ戻り、いつもの午前に戻っていく。


魔導工学課の島が先に動き出した。

レオンが収納棚を開け、ケースを二つ引き出す。

オリヴァーはチェックリストを机に広げ、指先で項目を追った。

ユリウスは端末を一度操作し、印刷された指示書を受け取る。


「回路側は制御盤と結節部。工具は標準で足りる。予備の遮断具も入れておけ」

「了解」

「現地責任者の名前、ここに」

「確認しました」


短いやり取りで、準備が整っていく。

ケースの留め具が鳴り、ラベルが貼られる。

紙の音と金具の音が、島の奥で静かに重なった。


薬理課も同じ速度で動く。

アストリッドはキャビネットから封緘用のテープを取り出し、容器の数を揃える。

遮光、二重封、低温。

昨夜のうちに用意したラベルを、一本ずつ確認していく。


ロイが横から一覧を覗き、必要事項だけを口にした。


「溶媒名、反応ロット、接触部位、時刻。現地で不足したら、その場で追記だ」

「はい」

「封じ込めまで行く可能性がある。封緘材は多めに」

「二倍にします」

「溶媒の扱いは現地の手順優先。こちらは逸脱しない。判断が必要なら、持ち帰ってから」

「承知しました」


魔導工学課と魔導薬理課の間の通路で、ユリウスとタクトが短く言葉を交わす。


「昨日の段階で現地職員が対応しているが、復旧段階で異常が出たようだ。反応は続いている可能性がある」

「こちらも防御服が必要ですね」

「止まっていなければ、うちで止める」


会話は、それ以上伸びない。

必要なことは、すでに朝礼で共有されている。


「ユリウスさん、防護服も積み込みます」

「頼んだ」


オリヴァーが追加で防護服を積み込む。

ロイもアストリッドに確認する。


「防毒マスクは入れたか」

「入れました」

「じゃあ持って行く」


ケースが通路へ運び出される。

持ち手が揃い、歩幅が揃う。

人の流れが、島から廊下側へ静かに移った。


魔導工学課と魔導薬理課の二課が、まとめてフロアを後にする。

扉が閉まると、残った職員たちの打鍵音が戻り、魔導災害局の午前は再び静かに回り始めた。



高価な精密機械も含まれたケースを抱え、廊下を進む。

雑に扱えば、その場で意味を失う機材ばかりだ。


フロアを出ると、廊下の空気が少しだけ冷たい。

四基あるエレベーターの前で足を止め、表示灯を見上げる。


一基目の扉が開く。

先に入る者が角を作り、ケースの向きを揃えて載せる。

床に当てないよう持ち上げ、壁に寄せた。

魔導工学課は次に来たエレベーターへ乗り込んでいる。


タクトが最後に入り、ロイが閉扉のボタンを押すとタクトは全員を見渡した。


「準備はいいですか?」

「はい」


エレベーターが下へ滑り始める。

表示がひとつずつ減り、揺れは最小限だった。


地下階で止まる。

扉が開くと、冷えた空気とコンクリートの匂いが流れ込む。

地下駐車場の広さと静けさが、一気に視界を占めた。


ここから先は移動だ。

アストリッドはケースの持ち手を、もう一度だけ握り直した。

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