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魔導省魔導災害局  作者: すもも


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04 帰り道

車内は静かだった。

ドアが閉まる音で、外の気配が切り離される。


運転席に運転手、助手席にロイ。

後部座席はソフィア、アストリッド、ユリウスの順に座った。


「まずはソフィアを送る。アストリッドは知っているか?」

「知っています。まずは湖の方の教会まで、お願いします」

「かしこまりました」


運転手の返事は短く、車は進路を変える。

発進の揺れが一度だけあり、そのあとは滑るように進む。


ソフィアはしばらく窓の外を見ていたが、ほどなく力が抜けた。

肩が落ち、上体がゆっくり傾く。


「……先輩」

「大丈夫ですか」

「大丈夫です。眠いだけで……」


アストリッドの肩に頭が触れ、そのまま体重が預けられる。

受け止めた腕に、じわりと重さがかかる。


ユリウスがその様子を見て、静かに言った。


「僕に寄りかかってかまわない」

「……すみません」


アストリッドは深く座り直す。少しだけ重心を左側に預けると、不安定さは落ち着いた。

ユリウスは姿勢を少し変え、受け止める角度を整える。

前の席からロイが振り向いた。


「ソフィア、そんなに飲んでた?」

「初日で気が張っていたのでしょう。きっと明日にはケロッとしていますよ」


ソフィアは寝息を立ててすうすう眠り始めた。

力の抜けた体がアストリッドに重心を寄せる。


「ロイはどうなんだ」

「多分大丈夫」

「多分か」

「現場の日に潰れるほど飲まない」

「二次会に行こうとしていたがな」


ロイは都合が悪くなったのでだんまりを決め込んだ。

会話が途切れると、車内にはソフィアの寝息だけになる。

ソフィアは眠りが浅いのか時々身じろいでは、アストリッドの袖を掴では離す。


「……先輩」


寝言に近い声だった。

大通りを進むと街灯の光が一定の間隔で車内を照らし、どんどん郊外へ進む。


「アストリッドはソフィアの家に行ったことあるの?」

「ありますよ。夏場はよく行きました」

「泳ぐの?」

「いえ、釣りです」

「アストリッド、釣りするの!?」

「しますよ」


ロイは普段から大人しいアストリッドが釣りをすると聞いて驚いた。

何度も釣り?アストリッドが?と繰り返す。


「女子って釣りしながら何するの?釣れるまでどうやって時間潰すの?」

「話していると、あっという間ですよ」

「おしゃべりか、魚は逃げない?」

「釣り堀なので入れ食いですよ」


ガチの釣りじゃないんだ、と納得したロイは助手席に座り直した。

男性のするような渓流釣りは女性には難易度が高い。


「何が釣れるんだ」

「鮎とニジマスでしょうか。私が釣って、ソフィアが塩焼きにしてくれます」

「ソフィアは釣らないのか?」

「引き上げるのが早すぎて、逃げられてしまうんです」

「なるほど」


ユリウスは初日や歓迎会の様子や、釣りの話でソフィアの為人は把握したようだった。

ソフィアは会話の間も、アストリッドの袖を掴んだまま、口元だけが少し動いている。


湖の方へ向かう道は、街の灯りが薄くなる。

魔導省からは距離があるが、ソフィアは実家から電車通勤だった。

そのことを思い出すように、アストリッドは窓の外を一度だけ見た。


「教会の交差点を右に曲がってください。突き当たりにあります」


車が教会の近くで速度を落とす。

そこから先は大通りを外れ、細い道へと入る。

少し進むと、すぐに到着した。

門灯の明かりが低く、家の輪郭だけが見える。


「ここです」

「分かりやすいな」


アストリッドが車を降りる。

ソフィアはゆっくり起き上がり、足元が危うい。

ユリウスも車を降りた。


「大丈夫ですか」

「大丈夫です……」


玄関前まで行き、アストリッドがインターホンを押す。

ほどなく扉が開き、ソフィアの兄が顔を出した。


「妹がすみません、アストリッドさん」

「初日で気が張っていて、すぐに酔ってしまいました」

「それは、ご迷惑をおかけしました」


ソフィアの一番上の兄が丁寧に謝罪する。

アストリッドはソフィアを引き渡す。


「そちらの方は……」

「ユリウス・ルーメンです。別課ですが、送りに」

「ルーメン!? それは失礼しました!」


ソフィアの兄は先程より深く頭を下げ、すぐにソフィアの頭を下げさせる。

ソフィアはされるがまま頭を下げた。


「お気になさらず」


ユリウスとアストリッドが車に乗り込む。

ソフィアは玄関でにこにこしながら両手をぶんぶん振っていた。

アストリッドも笑顔で手を振り、車は走り出す。

賑やかなソフィアが帰宅して車内はまた静かになる。


「次はどちらへ」

「次は、アストリッドだな」

「いや、ロイだ」

「レディーファーストだろ?」

「同じ方向で距離は変わらない。お前は早く寝ろ」


ロイとアストリッドの家は同じ市内で比較的近い。

先にロイの家へ向かうことになった。

運転手はかしこまりましたと返事をしてロイの家へ向かう。


ソフィアがいなくなった分だけ、後部座席の空間が広く感じられた。



車は門灯の光を背にして走り出す。

車は細い道を抜け、大通りへと戻る。

街灯の間隔が変わり、車内に落ちる光のリズムも変わった。


「……こういう場所に住んでると、通勤が大変そうだな」

「電車一本で来られると言っていました。車より楽だと」

「俺だったら無理」

「ロイは無理だろうな」

「お前な」


前の席でロイがわずかに肩を揺らした。

郊外の暗さが途切れて、車窓に光が戻る。

店舗の看板、信号、交差点の白線。

繁華街を避けるように走っているのに、街の気配は濃くなる。


「明日、工学と薬理で現場だろ。厄介なやつ」

「触媒の種類によっては対策本部を設置しなければなりませんね」

「調査の結果次第だが、そうなるだろうな」


街の喧噪が遠のく。

塀が高くなり、樹木が増える。

家の明かりは点いているのに、外は暗い。

夜の静けさが、質の違うものに変わった。


住宅街の中を車が滑る。

外灯の数が減り、代わりに門灯が点々と続く。

どの家も塀が高く、敷地が広い。

人の気配は薄いのに、手入れだけは行き届いていた。


車が角を曲がり、速度を落とす。

門の前で止まる寸前、ロイが振り向いた。


「明日、ソフィアをあまりいじるなよ」

「いじりません」

「俺はいじらない」


そう言い切るロイにアストリッドはユリウスの方を見る。

ユリウスもアストリッドの方を見て頷いた。


「無理では」

「無理だな」

「無理じゃない」


門灯の光が車内を白くする。

車が門の前で停止して運転手がドアロックを解除した。

ロイがドアに手をかける前に、もう一度だけ後ろを振り返った。


「明日、起きられないかもしれない。二人とも電話してくれないか?」

「お兄様に頼んでください」

「今から頼んでこい」


ロイは小さく笑い、ありがとな!と言って門の向こうへ歩いて行った。

また一人帰宅して車内はさらに静かになる。

車はアストリッドの家に向かって走り出した。


「先に送れなくてすまない」

「大丈夫です。ロイさんに寝坊されては困りますから」

「一応、あいつの兄に連絡する」


ユリウスはスマホでロイの兄にメッセージを送る。

ロイの家からアストリッドの家は数分で着く距離だった。

アストリッドは気が抜けて欠伸が出そうになるのを抑えながら窓の外を眺める。


運転手が信号で一度だけブレーキを踏む。

車内がわずかに沈んで戻った。

曲がり方に迷いがない。

運転手は前に一度、雪の日に送ってくれた道を覚えているようだった。


門灯が近づき、運転手が車を寄せて停止する。

ドアロックが外れる音がした。


「ありがとうございました」

「おやすみ」

「はい。おやすみなさい」


アストリッドは鞄を持ち直して降りる。

外気は冷えていたが、さっきまでよりは柔らかい。

アストリッドは門の前で手を振って車を見送る。

テールランプが角を曲がって消えるまでに、そう時間はかからなかった。

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