↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔導省魔導災害局  作者: すもも
第二章 結婚から始まる恋愛

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/40

39 大好きな手

2026.10.26 修正

39 大好きな手


診察室で、ユリウスは左手を開いた。それから、ゆっくりと指を曲げる。以前より滑らかに動くようになっていたが、右手と比べれば、まだ少しぎこちない。


「もう一度、握ってみてください」


医師に言われ、ユリウスは指を曲げた。今度は最後まで握る。アストリッドは隣の椅子から、その手を見ていた。


「順調ですね。握る動作はかなり戻っています。日常生活で使う分には、困ることも減ってきたでしょう」


ユリウスが頷く。


「ただ、細かい動作はまだ右手ほど滑らかではありません。無理に力を入れず、今までどおり動かしてください」


アストリッドはもう一度、その左手へ目を向けた。北部供給施設の事故で負傷した手だった。入院していた頃は、思うように動かすこともできなかった。今はもう指を曲げ、手を握ることもできる。


診察のあと、別の部屋へ移った。ユリウスは指示された動作を順番に繰り返した。指を一本ずつ曲げ、開く。小さな器具を持ち上げ、決められた場所へ移す。握る動作はできても、細かく指を動かすときには、まだ少し時間がかかった。


最後の器具を置くと、担当者が記録を付けた。


「今日はここまでです。前回より動きも良くなっています。次回も同じくらいの時期に来てください」


ユリウスが礼を言い、アストリッドも頭を下げた。


部屋を出て廊下を歩きながら、ユリウスは左手を一度開き、また握った。


「どうですか?」

「前より動かしやすい。引っかかる感じも減ってる」

「よかったです」


書類を持つときも、端末を操作するときも、以前より左手を使うようになっている。それでも、完全に元どおりになったわけではない。


「無理はしないでくださいね」

「してないよ」


アストリッドは少しだけユリウスを見つめた。その視線に気づいたユリウスが笑う。


「本当だって」


病院の待合室まで戻ると、二人は空いている椅子に腰を下ろした。会計を待つ間、アストリッドは膝の上に置かれたユリウスの左手を見た。メイソン教授と話した日にも、ユリウスはこの手を見せていた。


アストリッドはそっと手を伸ばし、その左手を両手で包んだ。ユリウスがこちらを見る。アストリッドは指先に触れ、親指で手の甲をゆっくり撫でた。


「痛くありませんか?」

「大丈夫」


アストリッドはそのまま左手へ目を落とした。


「私は、この手が好きです」


ユリウスの視線が止まる。


「私を助けてくれた、大好きな手です」


しばらく返事がなかった。アストリッドが顔を上げると、ユリウスは黙ってこちらを見ていた。やがて小さく息を吐き、視線を逸らす。


「……そういうこと、急に言うのやめて」

「嫌でしたか?」

「嬉しいから、困ってる」


アストリッドの頬が少し緩んだ。


「では、言ってよかったです」


ユリウスは何も答えなかった。アストリッドは包んでいた左手をもう一度撫でた。


「ユリウスさん?」

「……何でもない」


そう答えたユリウスは、なぜか少しだけ視線を逸らした。アストリッドは首を傾げたが、そのまま左手を包んでいた。


やがて会計に呼ばれ、二人は席を立った。手続きを終えて病院の外へ出る。


並んで歩き出したところで、アストリッドはユリウスの左手を取った。ユリウスがそちらを見る。アストリッドはユリウスの指の間へ、自分の指を入れた。一本ずつ絡ませるようにつないでから、きゅっと握る。


ユリウスの足が止まった。アストリッドも足を止め、振り返る。


「痛かったですか?」

「……違う」


ユリウスはつながれた手を見つめていた。アストリッドも同じところを見る。五本の指がしっかり絡んでいる。


「ちゃんと指も動いていますね」


嬉しくなって、もう一度きゅっと握った。


ユリウスが何も言わなくなった。代わりに、何かを堪えるように右手で目元を覆う。


「ユリウスさん?」

「……少し待って」


アストリッドは言われたとおり待った。つないだ手はそのままだった。


しばらくして、ユリウスは右手をゆっくり下ろし、アストリッドを見下ろした。目が合った瞬間、アストリッドの鼓動が速くなった。いつもの穏やかな目つきとは違う。視線を逸らさず、じっと見つめてくる。


アストリッドは思わず瞬きをした。ユリウスは何も言わない。ただ、絡んだままの指へ少しだけ力を込めた。


アストリッドはつながれた手へ目を落とした。まだ少しぎこちなさは残っている。それでも、こうして自分の指を握り返している。


「……本当に、よかったです」

「何が?」


声が少し低く聞こえた。


「ここまで動くようになって」


アストリッドは絡めた指を少し動かした。ユリウスの指もそれについてくる。


「こうして握ることもできます」


もう一度、きゅっと握る。隣から長い息が聞こえた。アストリッドが顔を上げると、ユリウスは何とも言えない表情をしていた。


「ユリウスさん?」

「……帰ろうか」

「はい」


二人はもう一度歩き出した。ユリウスの左手が、アストリッドの指を握り返す。まだ少しぎこちない。けれど、しっかりと力が返ってくる。アストリッドはそれが嬉しくて、つないだ手を見ながら微笑んだ。


「ユリウスさん」

「何?」

「このまま帰りましょう」


絡めた指を示すように、つないだ手を少し持ち上げる。ユリウスが黙った。アストリッドが隣を見る。また、あの目をしていた。


「……うん」


短く答えると、ユリウスは前を向いた。アストリッドもその隣を歩く。指を絡めた左手は、最後まで離れなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。