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魔導省魔導災害局  作者: すもも
第二章 結婚から始まる恋愛

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37 想定外の連鎖

2026.10.26 修正

37 想定外の連鎖


アストリッドは部屋のソファで本を読んでいた。もう遅い時間だった。そろそろ本を閉じようと思ったところで、扉が開く。


「まだ起きてたのか」


ユリウスが部屋へ入ってきた。


「今、休もうと思っていたところです」


ユリウスは疲れたように息を吐くと、アストリッドの隣へ腰を下ろした。いつもより帰りが遅かった。アストリッドは本を閉じ、テーブルへ置く。


「教授は、話しましたか」


ユリウスはソファの背へ身体を預けた。


「北部施設のことは話した」


少し間を置いて、続ける。


「話を聞くと、教授が考えていたとおりには、ほとんど進んでいなかったみたいだ」

「どういうことですか?」

「最初の操作から」


ユリウスは右手を膝の上に置いた。


「取り付けた回路で、本当に外部から操作できるか。それを確認するために、数秒だけ信号を送ったそうだ」


アストリッドは、最初の事故報告書を思い出した。数秒間だけ欠けていた回路出力の記録。わずかに上がった温度と媒質濃度。


そして、同じ時間に症状を起こした二人の作業員。


「作業員の方たちがいたことは?」

「知らなかった。現場に誰がいるかまでは把握していなかったし、二人に症状が出たことも、その時点では知りようがなかった」


メイソン教授が確認できていたのは、外部から送った命令が通り、短時間で操作が終わったことだけだった。


だから、教授にとって最初の試験は成功だった。


「そもそも、あの程度の操作で魔導省が詳しく調べることになるとは思っていなかったらしい」


記録された数値だけを見れば、大きな事故には見えなかった。警報も出ていない。


それでも、症状の強さが合わないと思った。だからロイへ相談した。


「アストリッドが気づかなければ、あの時点で現地調査にはならなかったかもしれない」


ロイだけではなかった。ユリウスも、オリヴァーも現地へ向かった。教授の知らないところで、調査する側の人数も専門も増えていた。


「二度目の操作をしたとき、教授は僕たちがいることを知らなかった」


ユリウスは少し身体を起こした。


「教授の予定では、北部施設を止める。魔導省が原因を調べる。でも分からない。そこで、施設の設計に関わった自分が呼ばれる」


アストリッドは昼間の会議室で聞いた言葉を思い出した。


――王立学院を出た人間が、自分たちには分からないと言うところを、一度くらい見てみたかっただけですよ。

――国立大学の人間に、教えてくれと。


ようやく、その言葉と北部施設がつながった。


「自分が原因を知っているから、最後には解決できる」

「そういうつもりだったらしい」


魔導省が分からないことを、自分だけが解決する。教授が作りたかったのは、そういう状況だった。


だが、二度目の操作の前に、魔導省の現地調査は始まっていた。


それを知らないまま、メイソン教授は二度目の操作を行った。


「それで、事故が起きた」


アストリッドが言う。ユリウスの表情が少し硬くなった。


「教授は、施設を止めるつもりだった。人を傷つけることも、設備を壊すことも目的じゃなかったと話している」

「でも、止めるだけでは終わらなかった」


二度目の操作で、施設全体の制御が乱れた。媒質の状態も変わり、安全機構が作動した。あの日、非常扉が閉じた。


その内側に、自分がいた。


「私が中にいたことは」

「それも、教授には知りようがなかった。僕たちが現場にいること自体、知らなかったんだから」


ユリウスの右手が、アストリッドの手に重なった。アストリッドは隣を見る。ユリウスは重ねた手を見ていた。


「教授にとっては、あれも想定外だった」


その手に、少し力がこもる。


「君があの中にいることも。扉が閉じることも」


アストリッドは何も言わなかった。


「あんな思いは、もう二度としたくない」


ユリウスの声が少し掠れた。アストリッドは握られている右手へ、もう一方の手を重ねる。


「ユリウスさん」


ユリウスは答えなかった。代わりに、アストリッドの身体を引き寄せた。背中に腕が回る。


アストリッドはその胸元へ身体を預けた。思っていたより強く抱きしめられる。しばらく、ユリウスは何も言わなかった。


やがて、耳元で低い声がした。


「……あのとき、本当に君が死ぬと思った」


閉じた非常扉。上がっていく媒質濃度。通信から聞こえるユリウスの声。


入院中に見たユリウスの左手を思い出した。駆動炉のコアを破壊すれば逆流が起きる。ユリウスは、自分も無事ではすまないと分かっていた。


それでも、ユリウスはコアを破壊することを選んだ。アストリッドは背中へ回した腕に力を込めた。ユリウスの腕が、さらに強くなる。


「間に合ってよかった」


短い声だった。アストリッドはしばらく、そのままユリウスに抱かれていた。背中に回された腕は、なかなか緩まなかった。


「あの、ユリウスさん」

「何?」

「少し苦しいです」


腕の力がすぐに緩む。アストリッドは思わず笑った。


「離してほしいとは言っていません」


ユリウスが黙る。その反応がおかしくて、アストリッドはもう一度笑った。


「もう少しだけ、このままでいましょう」

「……うん」


今度は先ほどよりも少しだけ優しく、腕が回される。アストリッドはユリウスの背中に腕を回したままでいた。しばらくすると、ユリウスの身体から少しずつ力が抜けていく。


「帰ってきてくれて、よかったです」


ユリウスがわずかに身体を離して、アストリッドを見る。


「それは僕の台詞だと思うけど」

「今日は私が先に言いました」


少しだけ間があって、ユリウスが笑った。アストリッドも笑う。それからもう一度、二人は静かに身体を寄せた。

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