36 認められたかったもの
2026.10.26 修正
36 認められたかったもの
メイソン教授は、ユリウスの左手を見ていた。ユリウスがその手を机から下ろしても、しばらく視線を動かさなかった。ブルーノが口を開く。
「先ほど、魔導省が嫌いだとおっしゃいましたね」
教授が顔を上げた。
「それが何です」
「理由を伺っても?」
「聞いてどうするんです」
苛立った声だった。ブルーノは表情を変えない。
「今回の件に関係する可能性があります」
教授は鼻で短く息を吐いた。
「何でも今回の件に結びつけるんですね」
「関係がなければ、そのように判断します」
教授はブルーノを見た。それから、ユリウス、アストリッドへ視線を移す。
「皆さん、王立学院のご出身なのでしょう」
アストリッドは黙っていた。ブルーノが答える。
「そうですが」
「やはり」
教授は椅子の背へ身体を預けた。
「魔導省ですからね」
アストリッドには、教授の言い方が少し皮肉に聞こえた。
「教授は国立大学のご出身ですね」
ブルーノが言う。教授の眉が動いた。
「ええ。悪いですか」
「そのようなことは申し上げていません」
「でしょうね」
教授は机へ目を落とした。しばらく黙ったあと、低い声で言う。
「私は、王立学院には入れませんでしたよ」
アストリッドは教授を見た。教授は誰とも目を合わせなかった。
「昔の話です」
それだけ言って、口を閉じる。ブルーノが尋ねた。
「それで、国立大学へ?」
「そうです」
返事は短かった。
「国立大学へ行って、研究を続けた。学位も取った。研究室も持った。政府の施設だって設計した」
言葉が少しずつ速くなる。
「それで十分でしょう」
誰に言っているのか分からない言い方だった。ブルーノが静かに答える。
「教授の研究や設計については、魔導省も高く評価しています。だからこそ、政府施設の設計を依頼しました」
「知っていますよ」
教授が遮った。
「そんなことは」
会議室が静かになる。教授は苛立ったように指先で机を叩いた。一度。
それから、もう一度。
「評価されているだの、仕事を任せているだの。そんな話をしているんじゃない」
ブルーノが教授を見る。
「では、何のお話ですか」
教授は答えなかった。視線だけを上げる。その先にいたのはユリウスだった。
「王立学院を出た人間が、自分たちには分からないと言うところを、一度くらい見てみたかっただけですよ」
アストリッドは息を止めた。教授はすぐに視線を逸らした。
「国立大学の人間に、教えてくれと」
声には苛立ちが残っていた。
「……もういいでしょう」
教授はそれ以上話すつもりがないようだった。ユリウスが口を開く。
「そのために、供給施設へ不正な回路を取り付けたのですか」
教授の指が止まった。返事はない。
「北部施設を外部から操作したのも、そのためですか」
教授はユリウスを見た。先ほどまでとは違い、表情から感情が消えている。何も答えない。
ユリウスも急かさなかった。沈黙が続いた。ブルーノが尋ねる。
「お答えになりませんか」
教授は机の上の資料へ視線を落とした。
「その件については、ここでは話しません」
「発電所についても?」
今度は返事すらなかった。アストリッドは教授を見ていた。王立学院の話をしたときだけ、あれほど苛立っていた。
けれど、施設の話になった途端、教授は口を閉ざした。ブルーノが資料を揃える。
「分かりました。これ以降については、正式な聴取で確認します」
教授が顔を上げた。
「もう決めているのでしょう」
「何をですか」
「私がやったと」
ブルーノは少し間を置いた。
「研究室から押収した記録について、教授ご本人に確認する必要があります」
「私の研究室の機器が使われた。そのことと、私が操作したことは別でしょう」
「はい。ですから確認します」
教授の口元がわずかに歪んだ。
「相変わらずですね」
「何がでしょう」
「そういうところですよ」
それ以上、教授は言わなかった。アストリッドは膝の上の手に視線を落とす。王立学院には入れなかった。
国立大学へ進み、研究を続けた。政府施設の設計まで任されるようになった。それでも教授は、王立学院という言葉に強く反応した。
王立学院を出た人間が、自分には分からないと言うところを見たかった。国立大学の人間に、教えてくれと言うところを。アストリッドに分かったのは、そこまでだった。
それがなぜ北部施設の回路につながったのか。発電所で何をしようとしていたのか。教授自身は、何も答えなかった。
ハルトマン教授も、ベルク教授も、クライン教授も黙っている。ブルーノが席を立った。
「本日の確認は、ここまでにします」
椅子を引く音が会議室に響いた。メイソン教授は動かなかった。机の上の資料を見たまま、最後まで何も言わなかった。




