32 慰労会
2026.10.26 修正
32 慰労会
魔導省から、発電所の事故原因が公表された。魔導炉へ過剰な魔導エネルギーが流れ込んだことによる爆発。アストリッドが読んだ発表文に、遠隔操作についての記載はなかった。
それから数日後、災害対応に携わった関係機関の慰労会が開かれた。
会場には長いテーブルが並び、参加者は省庁や所属機関ごとに座っていた。魔導省の席では、上座にブルーノたち年長者が集まり、入口に近い方へ若い職員が続いている。課は違っても、近い学年の者同士が隣り合っていた。
アストリッドも下座に近い席へ座った。正面には同期のレオン、隣にはエミールがいる。
「エミール、何を飲む?」
「最初はビールにします。アストリッドさんは?」
「私は白ワインにするわ」
店員に飲み物を注文すると、レオンも同じものを頼んだ。
ブルーノたちの挨拶が終わり、乾杯を済ませる。店員が料理を運び、各席から話し声が聞こえ始めた。
レオンから現場での機材回収の話を聞いているうちに、席を立つ人が増えてきた。総務省の席でも、同じ部署でまとまっていた職員たちが、グラスを持ってほかのテーブルへ移っていく。
「アストリッド」
ロイが少し離れた席から手を上げていた。隣の椅子が空いている。
アストリッドはグラスを持ってそちらへ向かい、ロイの隣に座った。ロイの正面にはユリウスが、アストリッドの正面にはオリヴァーが並んで座っていた。
「ロイ、ずるいだろう」
「お前のために呼んだんだから、いいだろう」
ロイはそう返すと、運ばれてきた料理に手を伸ばした。アストリッドが斜め向かいを見ると、ユリウスと目が合う。その口元がわずかに緩んだ。
オリヴァーがグラスを置いた。
「僕は少し、挨拶に行ってきます」
椅子を引いて立ち上がり、ほかの機関の職員がいる席へ向かう。ユリウスが空いた椅子を見てから、こちらへ顔を向けた。
「アストリッド、こっちに――」
「ルーメン課長。お隣、よろしいですか」
総務省の女性が、ユリウスの隣に立っていた。
アストリッドは椅子に手を掛けたまま、動きを止めた。ユリウスが一度こちらを見てから、女性へ顔を向ける。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
女性が椅子を引き、腰を下ろした。アストリッドは手を離し、ロイの隣に座り直した。
店員が女性の注文を聞き、グラスを一つ運んできた。
「今回はお疲れさまでした。避難区域の確認ではお世話になりました」
女性がロイとアストリッドを見た。アストリッドも礼を返す。
タクトがテーブルのそばを通り、ユリウスに声をかけた。
「ユリウス、あとで少し話せる?」
「はい。こちらにいますので」
「ありがとう。では、またあとで」
タクトは別の席へ向かった。女性がその後ろ姿を見送り、ユリウスへ向き直る。
「以前から気になっていたのですが、魔導省での呼び方は、何を基準に決めているのですか」
「王立学院の学年です」
「役職が違っても、ですか」
「はい」
ユリウスの答えを聞き、女性はロイへ目を向けた。
「ルーメン課長とサフィール係長はとても親しいようですが」
「同期です」
ロイは短く答え、皿を少し脇へ寄せた。女性は再びユリウスを見る。
「同じ課長でも先ほどの方に敬語を使われるのは……」
「先輩ですから」
「親しい方でも、呼び方は変えないのですか」
「変えません」
女性がグラスへ手を伸ばし、少し飲んでから机へ戻した。
「それは皆さん共通なのですか。相手の立場によって変わることもなく?」
ロイはアストリッドをちらりと見やって女性へ答えた。
「アストリッドだって、同期と後輩に敬称は付けませんよ。王族の方が在学したとしても、例外はありません」
アストリッドも、先輩を名前だけで呼んだことはない。レオンは同期だから呼び捨てで、エミールも後輩だから同じだ。入省した年や役職が変わっても、王立学院での学年は変わらない。
「席も、学院の学年で決められているのですか」
「ええ。近い学年で座ることが多いです」
ロイが答えた。アストリッドは自分がいた席へ目を向ける。別の課の職員が座り、レオンとエミールと話していた。
学院では、授業でも食堂や寮でも同じ顔ぶれだった。研究院へ進んで専攻が分かれてからも、食事をしながら互いの研究の話を聞くことがあった。
「六歳から二十二歳までの全寮制ですものね。国立大学では四年間でしたから、お付き合いの長さが違いますね」
女性はグラスを置いたまま、魔導省の席へ目を向けた。
「魔導省には、王立学院出身の方が多いのでしょうか」
「今いる職員は全員そうです」
ロイの答えに、女性が顔を戻した。
「全員ですか。採用試験では、学院出身の方への優遇があるのですか」
「ありません」
答えたのはユリウスだった。女性はそちらへ視線を移した。
「専門職試験は難しいと聞きますが、どの程度の知識が求められるのでしょうか」
「博士課程相当の専門知識です」
「学院の中では、どういった方が魔導省を志望されるのですか」
「やる気のある、成績が良い学生が多いですね」
ロイが答えると、女性は小さく頷いた。
「国内最難関の王立学院で、成績が良い方が受けるのであれば、国立大学の人が受けても受からないでしょうね」
女性は手元のグラスへ一度目を落とした。
「私も総合職試験は受けました。あれと博士課程相当の専門職試験、その両方に合格することが採用の条件なのですか」
「はい」
女性はしばらく黙り、魔導省の席へ目を向けた。奥では年長の職員たちが楽しそうに話している。
「会議でのやり取りも、ずいぶん長いお付き合いの上にあるのですね」
ロイが頷いたところで、総務省の席から女性を呼ぶ声がした。女性はそちらへ返事をして、椅子を引いた。
「失礼します。お話を聞かせていただいて、ありがとうございました」
アストリッドも軽く頭を下げた。女性が自分の席へ戻っていくと、ユリウスが空いた椅子を少し引いた。
「アストリッド。今度こそ、こっちに来ない?」
アストリッドはグラスを持って立ち上がった。ロイに礼を言い、テーブルを回ってユリウスの隣へ座る。
ユリウスは自分の皿を少し寄せ、グラスを置く場所を空けてくれた。アストリッドがそちらを見ると、先ほどより近いところで目が合った。
「オリヴァーさんが戻ってきたら、お返しします」
「うん。それまでは、ここにいて」
ユリウスが微笑んだ。アストリッドも笑みを返し、持ってきたグラスを彼の隣に置いた。




