29 漏出を止める
2026.10.26 修正
29 漏出を止める
貯蔵区画の前で測定を終えたとき、敷地の入口からタンクローリーが入ってきた。発電所の職員が車両を誘導し、損傷した壁から離れた位置で停める。
アストリッドは採取した空気を簡易分析器にかけた。移送前の値を記録していると、オリヴァーがロイのもとへ来た。
「移送設備の確認が済みました。配管は使えます」
「分かった。タクトさんに開始を伝える」
ロイが通信端末を取り出す。アストリッドは分析結果を保存し、作業場所の測定値と照らし合わせた。
防護服を着た職員たちが、車両からホースを延ばした。貯蔵槽の配管へ接続し、取り付けた箇所を順に確かめる。準備が整うと、一人がロイへ顔を向けた。
「最初の槽から始めます」
「お願いします」
ポンプが動き始めた。アストリッドは採取容器を持ち、エミールとともに先ほどの測定地点へ移動した。
「開始時刻を記録しました」
「この位置で採取します」
エミールが地点の番号と容器の番号を端末へ入力する。アストリッドは試料を密封し、ケースへ収めた。
壁の穴から見える貯蔵槽には、ホースが接続されている。その脇で、職員が抜き取った量を確認していた。槽の周囲にはコンクリート片が散り、床にも液体が残っている。
槽の中身を取り除いても、付着した媒質は残る。中和剤を使うのは、抜き取りを終えてからだった。
ロイが職員から移送量の記録を受け取り、アストリッドたちのところへ戻った。
「一槽目は順調だ。中和剤も届いた」
「散布前の試料は、区画内のものも必要ですね」
「ああ。入れる場所を確認してから取ろう」
アストリッドは壁の穴と、崩れた壁材の位置を見た。穴の近くへは寄れない。発電所の職員と通路を確かめ、出入口側から採取できる場所を図面に記した。
抜き取りが進む間、アストリッドは採取した試料を分析した。エミールが測定値を時刻順に並べ、移送開始前の値と比較する。
「穴の前は少し下がっています」
「次も同じ位置で確かめましょう」
車両が入れ替わり、職員が次の槽へホースをつなぐ。ロイは作業の進み具合と測定結果をタクトへ伝えた。アストリッドたちは場所を変えずに測定と採取を続けた。
最後の槽から抜き取る頃には、日差しが傾いていた。天井を失った隣の建屋から、工具を置く音と職員の声が聞こえる。
発電所の職員がポンプを止め、槽の中を確認した。
「抜き取りは終わりました」
ロイが残量の記録を確かめる。アストリッドも記録を受け取り、設備図にある槽の番号と照合した。
「全槽、確認できました」
「タクトさんに伝える」
ロイの連絡を聞きながら、アストリッドは散布前の試料を採取した。測定器の数値は下がっていたが、媒質の反応はまだ残っている。
エミールが床へ視線を向けた。出入口から見える範囲にも、濡れた跡が残っていた。
「残った分を処理しないといけませんね」
「はい。こちらの試料も取りましょう」
アストリッドは区画内に残った液体を採取し、容器に地点を記した。エミールが床や槽の周囲の状態を撮影する。
まもなく、中和剤を積んだ台車が運ばれてきた。職員たちが散布器具を用意し、ロイが図面で作業範囲を示す。
「壁の近くは、この通路からお願いします。床に残っている分と、槽の外側も確認してください」
散布が始まった。職員が区画内を順に処理し、アストリッドは作業の済んだ位置を図面に書き込んだ。
床だけでなく、外壁の穴の周囲や敷地内の飛散箇所にも中和剤が撒かれる。損傷した壁のそばでは、職員が位置を変えながら器具を向けていた。
アストリッドは中和後の試料を採取した。簡易分析器へ入れ、結果が表示されるのを待つ。
「床の試料には、まだ媒質の反応が残っています」
「場所は?」
「二番の地点です。ここをもう一度お願いします」
ロイが職員へ伝え、処理を追加する。アストリッドは結果を保存し、次の試料へ移った。
散布が済んだ場所から順に、エミールとともに空気中の濃度も確認する。移送前に高い値が出ていた壁の穴の前でも、数値は大きく下がっていた。
「ここは基準値を下回っています」
「区画内も確認しよう」
ロイと測定地点を確かめ、アストリッドは出入口へ向かった。処理後の床と槽の周囲から採取した試料を調べる。追加の処理を行った地点も、再検査では媒質の反応を示さなかった。
ロイがタクトへ結果を報告する。
「抜き取りと区画内の中和処理は終わりました。作業場所の濃度も基準値を下回っています」
『分かった。周辺の検出箇所でも散布を進めている。次の測定結果も確認するから、記録を持って戻って』
アストリッドは試料をケースに収めた。エミールが記録を保存し、三人で敷地の外へ戻る。
除染を済ませ、防護装備を外した。テントの机には周辺の地図が広げられ、消防の担当者が中和剤の散布を終えた場所へ印を付けていた。
タクトに測定記録と分析結果を渡すと、少し離れたところにいたユリウスが端末を持って近づいてきた。オリヴァーも隣に立つ。
「局長、炉の爆発について分かったことがあります」
ユリウスの声に、ブルーノが地図から顔を上げた。アストリッドも机の横で足を止める。
端末には爆発した魔導炉の写真が表示された。外側の部材は大きく裂け、周囲に残る魔導回路も途中で断ち切られている。
「炉も回路も激しく損傷しています。現物の確認と、運転記録の照合を進めていました」
「原因は分かったのか」
「はい。炉の臨界点を超える魔導エネルギーが、一度に流れ込んだことによる爆発です」
ユリウスが画面を切り替え、運転記録の一部を拡大した。示された箇所では、爆発の直前に流入量が急激に増えている。
ロイが表示された時刻を確かめた。
「その流入と爆発の時刻は一致するんだな」
「うん。設備の記録でも確認できた」
ブルーノが記録へ視線を戻す。
「なぜ、それほどの量が流れ込んだ?」
「そこはまだ分かっていません。接続していた回路と、残っている記録を調べる必要があります」
タクトが周辺の地図を机の端へ寄せた。ユリウスは炉につながる配管と回路の図を開き、確認を終えた箇所を示した。
アストリッドも図面へ目を向けた。炉へつながる回路は複数あり、ユリウスが示した箇所にも接続先が記されている。オリヴァーがその位置を確かめ、端末へ書き込んだ。




