24 恋愛相談
2026.10.26 修正
24 恋愛相談
翌日のお昼前、アストリッドはロイと一緒に魔導災害局を出た。二人が持っている保管ケースには、今日現場で採取したサンプルが入っている。魔導薬学係で一次確認を終え、詳しい分析を魔導生物工学局へ依頼することになっていた。
同じ魔導省の庁舎内を移動し、魔導生物工学局の魔導薬学課へ向かう。分析室へ入ると、セシリアが端末を見ていた。
「セシリア」
声をかけると、セシリアが顔を上げた。
「アストリッド。ロイさんも」
「分析をお願いしたいものがあります」
ロイが保管ケースを作業台へ置く。
「現場のサンプルだ。依頼書は送ってある」
「ああ、これですね」
セシリアが端末を操作する。
「現場では何か出ました?」
「簡易検査では基準値以下だった。ただ、症状が出た職員がいるから念のため詳しく見てほしい」
「分かりました」
セシリアはケースの識別番号と依頼書を照合した。アストリッドも横から確認する。
「保存条件は記載どおりです」
「はい。受け取ります」
必要な確認を終えると、セシリアはケースを分析台の端へ移した。
分析室にいるのは三人だけだった。アストリッドは少し迷ってから、セシリアを見る。
「セシリア」
「何?」
「少し、相談したいことがあるんです」
セシリアの手が止まった。
「何の話?」
「ちょっと気になることがあって」
セシリアがアストリッドの顔を見る。
「ユリウスさんとうまくいってないの?」
「そんなことはありません」
すぐに答えた。セシリアが目を瞬く。
「じゃあ何?」
アストリッドは少し言いにくくなった。
「休みの日にでも、聞いてほしいんですけど」
「今聞く」
「今ですか?」
「だって気になる」
「でも、仕事中です」
「分析を始めたら聞けないから、今の方がいいでしょ」
セシリアは当然のように言った。アストリッドはロイを見る。ロイは依頼書を確認していた。
「昼休みでもいいですよ」
「昼休みは人が多いじゃない」
セシリアが分析室を見回した。
「今なら三人しかいないし」
「でも、ロイさんがいます」
「俺のことは気にするな」
ロイは端末を見たまま言った。アストリッドは少し考えた。ロイならいいかもしれない。学院の頃から知っている。研究院では同じ研究室にいた時期もある。ユリウスとも昔から親しい。
「……ロイさんなら、いいです」
「俺は許可を取られる側なのか?」
ロイが顔を上げた。セシリアが笑う。
「じゃあ、何?」
アストリッドは作業台の前に立ったまま、口を開いた。
「昨日の総務省との合同会議で、ユリウスさんに以前から好意を持っている女性がいることに気づいたんです」
「あの女か」
ロイが言った。アストリッドはロイを見る。
「ロイさん、知っていたんですか?」
「前からユリウスにちょっかいを出してるだろ」
「そうだったんですか」
「お前、気づいてなかったのか?」
「以前は気にして見ていなかったので」
ロイは納得したように頷いた。
「まあ、そうか」
セシリアが二人を見る。
「それで?」
「その方が、昨日もユリウスさんを誘っていました」
「ユリウスさんは?」
「断りました」
「じゃあ、何もなかったんでしょ?」
「はい」
「それで何が気になるの?」
アストリッドは少し黙った。
「また誘うつもりみたいなんです」
「それが嫌?」
「はい」
答えると、セシリアは少し間を置いた。
「それ、焼きもちじゃない?」
「妬いているんだと思います」
「分かってるの?」
「それくらいは分かります」
「じゃあ、何に困ってるの?」
アストリッドはそこで言葉に詰まった。
「……どうしたらいいのか分からないんです」
セシリアも黙った。数秒経ってから、首を傾げる。
「ユリウスさんは断ってるんでしょう? なら、いいんじゃないの?」
「そうなんですけど」
二人で顔を見合わせる。少し離れたところで、ロイが息をついた。
「単純な話じゃないか」
アストリッドとセシリアが同時にロイを見た。セシリアが尋ねる。
「ロイさんは分かるんですか?」
「分かるも何も、そのままだろう」
ロイは端末を作業台へ置いた。
「好きな男に別の女が寄ってきたら、面白くない。それだけだ」
「でも、ユリウスさんは何も悪くありません」
アストリッドが言う。
「誰もユリウスが悪いなんて言ってない」
「私もそう思っています」
「じゃあいいだろ」
「よくありません。嫌なんです」
「だから、それが焼きもちだろ」
アストリッドは黙った。妬いていることは、自分でも分かっている。
「では、どうすればいいんですか?」
「ユリウスに言えばいい」
「何をですか?」
「嫌だったって」
「でも、ユリウスさんは断っています」
ロイが少し眉を寄せた。
「それとこれとは別だろ」
「別ですか?」
「別だ」
ロイは即答した。
「何かしてほしいから言うんじゃなくて、嫌だったなら嫌だったって言えばいい」
アストリッドはロイを見る。
「言うだけですか?」
「そうだよ」
「それでどうするんですか?」
「どうもしなくていいだろ」
今度はセシリアが口を挟んだ。
「そういうものですか?」
「お前まで聞くのか」
ロイがセシリアを見る。
「だって、そんな経験をしたことないです」
ロイが額に手を当てると、セシリアは笑った。
「でも、アストリッドが焼きもちを焼くなんて思わなかった」
「私も思っていませんでした」
「ユリウスさんには言ってないの?」
「まだです」
「どうして?」
「何を言えばいいのか分からなかったので」
アストリッドは少し考える。
「ユリウスさんは何も悪くありませんし、もう断っています。それなのに私が嫌だったと言って、困らせないでしょうか」
ロイは少し間を置いた。
「ユリウスなら困らないだろ」
「そうでしょうか」
「少なくとも、黙って一人で考えてる方があいつは気にすると思うぞ」
昨日の帰りの車で、ユリウスに声をかけられたことを思い出す。少し静かだったことにも気づかれていた。
「……そうかもしれません」
「だったら話せばいい」
ロイはそれだけ言うと、端末を取り上げた。
「で、相談は終わりか?」
セシリアが不満そうにロイを見る。
「もう終わりなんですか?」
「仕事中だからな」
「今すぐ聞くって言ったのはセシリアですよ」
アストリッドが言う。
「だって、アストリッドが恋愛相談するなんて初めてだもの」
セシリアは少し笑った。
「また聞かせて」
「またですか?」
「今度は休みの日に」
アストリッドは迷ってから頷いた。
「分かりました」
分析室を出る前に、アストリッドはもう一度ロイを見る。
「ロイさん」
「何だ?」
「嫌だったと、言うだけでいいんですよね」
「いいんだよ。きっとユリウスは悪いようにはしない」
ロイは迷わず答えた。アストリッドは頷いた。それなら、自分にも言えるかもしれない。
魔導災害局へ戻る廊下を歩きながら、今度はユリウスに何と話すかを考え始めた。




