23 嫉妬の扱い方
2026.10.26 修正
23 嫉妬の扱い方
総務省から魔導省へ戻る車の中でも、アストリッドは先ほどのことを考えていた。向かいでは、タクトとロイが会議の内容を確認している。ユリウスもその話に加わっていた。
総務省の女性に誘われたことは、もう気にしていないようだった。何度誘われても断っているのだから、ユリウスにとっては珍しいことでもないのだろう。
アストリッドは窓の外を見る。自分が妬いていることは分かっていた。ユリウスを疑っているわけではない。あの女性に応じるつもりがないことも、先ほどの態度を見れば十分に分かる。それでも、また今度と言われたことが気になった。また誘うつもりなのだ。それが嫌だった。
そこまで考えて、アストリッドは小さく息をついた。
「疲れた?」
隣に座るユリウスが聞いた。
「いいえ。大丈夫です」
「そう?」
「はい」
嘘ではない。会議で疲れたわけではなかった。
魔導省へ戻ると、それぞれ自分の席へ向かった。アストリッドも端末を開き、午前中に途中まで確認していた事故記録へ戻る。必要な箇所を整理し、ロイから回ってきた案件にも目を通した。仕事をしている間は、総務省の女性のことを考えることもなかった。
午後になって、魔導情報工学課のリタが席を立った。端末を持って魔導先端工学課の方へ歩いていく。
「ユリウスさん、少しいいですか?」
「うん」
リタが端末を見せ、ユリウスが画面を確認する。二人は何か話していた。アストリッドは一度そちらを見て、そのまま自分の端末へ視線を戻した。
リタがユリウスと話していても、何とも思わなかった。少しして、そのことに気づく。仕事の確認に来たのだろう。ユリウスに好意を示しているようには見えなかった。
自分が嫌なのは、女性がユリウスと話すことではない。ユリウスを好きな女性が、何度断られても近づこうとしていることだった。そこまで整理しても、気持ちは変わらなかった。嫌なものは嫌らしい。
アストリッドは少し困った。妬くという感情は、友人の話でも聞いたことがあるし、本でも目にする。けれど、自分が実際にそうなったことはない。どうすればいいのかは分からなかった。
ユリウスに何かしてほしいわけでもない。すでにはっきり断っている。それでも、あの女性のことは気になった。
これ以上、ユリウスに何を求めればいいのだろう。
「アストリッド」
ロイに呼ばれ、顔を上げる。
「はい」
「これ、確認頼む」
端末に一件の記録が送られてくる。
「分かりました」
アストリッドはすぐに仕事へ戻った。その後は退勤まで忙しく、余計なことを考える時間はなかった。
仕事を終えると、アストリッドはユリウスと一緒に庁舎を出た。迎えの車へ乗り込む。隣にユリウスが座る。車が動き出してしばらくすると、ユリウスがこちらを見た。
「アストリッド」
「はい」
「今日の会議が終わってから、いつもと様子が違う気がしたんだけど」
気づかれていた。アストリッドは少し考える。
「考え事をしていました」
「仕事のこと?」
「いいえ」
ユリウスが少し首を傾げた。
「何かあった?」
「大丈夫です」
言ってから、少し違うと思った。大丈夫なのは間違いない。困ったことが起きているわけでもない。ただ、気持ちの扱いに困っている。
「少し、考えたいことがあるだけです」
言い直すと、ユリウスはそれ以上聞かなかった。
「分かった」
「はい」
アストリッドは隣を見る。自分が総務省の女性のことで妬いているとは、ユリウスも思っていないだろう。
言ってしまえばいいのかもしれない。けれど、何と言えばいいのだろう。あの人に誘われるのが嫌です、と言ったところで、ユリウスはすでに断っている。何も悪いことをしていない夫に、自分は何を求めているのか。
こういうとき、普通はどうするのだろう。誰かに聞いてみたいと思った。相談できそうな相手は、セシリア・カエルムだった。学院からの同期で、研究院でも同じ研究室にいた。仕事のことも、研究のことも、これまで何度も相談している。
ただ、恋愛の話をしたことは一度もなかった。当然だった。アストリッド自身、話すことがなかったのだから。
今は違う。アストリッドはもう一度、隣のユリウスを見る。自分が夫のことで友人に相談しようとしている。それが少し不思議だった。
明日にでも、セシリアに聞いてみよう。そう決めても、妬いている気持ちそのものはまだ残っていた。




