02 現地視察
2026.10.26 修正
02 現地視察
地下駐車場へ到着すると、公用車の荷台には視察用の機材が積み込まれていた。
「問題なさそうだな」
ロイは固定ベルトを軽く引き、機材が動かないことを確かめた。その直後、駐車場の扉が開いた。
「許可は下りた」
携行端末を手にしたユリウスが近づいてくる。
「施設にも連絡済みだ。媒質貯蔵槽の処理設備は、視察終了まで停止している」
「出発しよう」
ロイは運転席へ、ユリウスは助手席へ移る。アストリッドとオリヴァーは後部座席に乗り込んだ。扉が閉まり、公用車は地下駐車場を離れる。
アストリッドは携行端末を開き、聞き取りの項目を確かめた。発症した順番、持続時間、当時の作業内容、防護装備の使用状況。
「到着したら、作業員への聞き取りだ。報告書では喉の違和感と指先の痺れだったな」
ロイは前を向いたまま言う。
「その記載だけでは症状の強度が判断できません。詳細確認が必要です」
「本人が、どこまで覚えてるかだな」
喉の違和感が軽い刺激だったのか、強い痛みだったのかは分からない。痺れについても、指先だけだったのか、ほかの部位まで広がったのかで意味が変わる。
「僕とオリヴァーは回路を見る。欠落した数秒を確認する」
「記録が途切れた理由まで分かるといいですね」
窓の外では高い建物が徐々に減り、倉庫や工場が増えていく。やがて、公用車は工業区画へ入った。王都北部魔導供給施設の正門を通過すると、敷地内には太い配管と大型の貯蔵槽が並んでいた。正面棟の前では、管理者章を着けた責任者と作業服姿の職員が待っていた。
「魔導災害局です」
「お待ちしておりました」
責任者が一礼する。
「媒質貯蔵槽の処理設備は事故後から停止しています。空気中の濃度と槽内の媒質は簡易検査を済ませましたが、異常は確認されていません。現在の監視値にも異常はありません」
「作業員の状態は」
「回復しています。本日も出勤しており、会議室に待機させています」
「我々は魔導回路を確認する」
「ご案内します」
建物へ入る前に、ユリウスは振り返った。
「何かあれば連絡を」
「そっちもな」
四人はそこで二手に分かれた。ロイとアストリッドが案内された会議室には、作業服姿の男性が二人並んで座っていた。
アストリッドは二人の顔色と、膝の上に置かれた手を順に見た。指の動きに不自然さはない。ロイは向かい側へ腰を下ろす。アストリッドもその隣に座り、携行端末を開いた。
「報告書では喉の違和感と指先の痺れとあります。発症時の状況を教えてください」
一人目の作業員が答える。
「媒質濃度を計測していたとき、突然喉に強い痛みが出て、咳が止まりませんでした」
アストリッドは端末を操作する手を止めた。報告書にあったのは、「喉の違和感」だった。
「持続は約十分です」
十分。単なる軽い刺激として扱うには長すぎる。隣の作業員が続けた。
「私も同時刻に喉の痛みと咳が出ました」
「その後、右手の指先に痺れが出て、前腕まで広がりました」
報告書に記載されていたのは、指先の痺れだけだった。アストリッドは作業員の右手を見た。
「作業への影響は」
「測定器を落とすほど動作が乱れました」
ロイの表情がわずかに引き締まる。
「他の症状は」
「一時的に力が入りませんでした」
アストリッドは端末への入力を続けた。一時的でも、腕に力が入らなくなったなら、神経系への影響が疑われる。局所的な刺激だけでは説明がつかない。
「診療所ですべて伝えましたか」
一人目の作業員が頷いた。
「喉の痛みと咳は伝えました」
もう一人は首を振る。
「指先の痺れのみです」
前腕まで広がった痺れや筋力の低下が、報告書にない理由は分かった。だが、症状そのものが軽かったわけではない。
「発症時刻は同じですか」
「はい」
「作業位置は」
「貯蔵槽を挟んで反対側です」
貯蔵槽の反対側にいた二人が、ほぼ同時に症状を起こしている。二人に共通する原因が、貯蔵槽の周囲にあったのかもしれない。
「警報は作動しましたか」
「していません。ただ制御盤の表示が一瞬消えました」
アストリッドは携行端末で事故時刻の記録を開いた。回路出力が途切れた数秒。温度と媒質濃度が同時に上昇した時刻。
「症状とどちらが先だ」
「ほぼ同時です」
アストリッドは時刻を記録した。
「報告は」
「しましたが、異常もなく、一瞬のことだったので問題ないと言われました」
アストリッドは測定記録へ目を落とした。温度も媒質濃度も、基準値内だった。
ロイと視線を交わす。どの情報も、それだけでは異常と判断されていなかった。だが、すべてが同じ時刻に重なっている以上、無関係とは考えにくい。過剰励起が起きていた可能性はある。
確認すべきなのは、記録が途切れた数秒間に回路出力がどう変化したのかと、制御盤の表示が消えたにもかかわらず異常記録が残っていない理由だった。




