表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔導省魔導災害局  作者: すもも


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/16

02 歓迎会の誘い

課長席の内線が鳴り、タクトが電話を取った。

受話器の向こうの声は早口で、要点だけが切り出されていく。

大企業の魔導炉設備で原因不明の事故が発生した。

魔導薬理課で現地調査に入る。

緊急度は低い。

ただし放置すれば、事故は災害規模になる。


タクトは短く返事をして受話器を置いた。

立て続けに係長席へ声をかけ、次に主任へと指示を回す。

課内の空気が、昼の緩みから業務の緊張へ切り替わった。


事故が起きているのは中和系の槽のうち、強アルカリ側の槽だった。

水酸化ナトリウムの槽で、現場の言い方では「苛性槽」だ。

魔導炉への充填方法は中和反応で、塩酸と水酸化ナトリウムを中和させ、そのときに発生するエネルギーを魔導回路を経由して魔導炉のコアへ流す。

中和後の溶液は塩となり、塩化ナトリウム水溶液を電気分解して水酸化ナトリウムへ戻し、再び中和に回す。

一般的に普及している魔導炉設備だった。


今回の事故は反応槽ではなく、苛性槽側で異常な反応が続いていた。

苛性槽は反応させるための原材料で、通常は反応そのものが起きない。

泡が止まらず、槽温が上がる。

溶液は白濁し、沈殿のようにも見える。

警報は「異物混入」を示していた。

異物混入は即停止案件だ。

現場は供給を止めた。

それでも異常が止まらなかった。

反応が止まらなければ、エネルギーも生み出され続ける。

今は応急処置として、苛性槽から無理やり魔導回路をつなぎ、余剰のエネルギーをコアへ逃がしている状況だった。


現場に不足しているものはない。

定数管理はきちんと行われていた。

補給量も濃度ログも、直前まで帳尻が合っている。

減っていないのに、異常が出ている。

原因不明だった。


アストリッドは机上に並べた資料へ視線を落とし、明日の準備へ意識を切り替えた。

溶液と溶媒に合わせて、持ち出す測定機器を選定する。

課長、係長、主任に続き、今回はアストリッドが主任として現地へ入ることになった。

確認依頼を回し、必要事項を箇条書きにして手元の不足を潰していく。

緊急度は低い。

だが、放置すれば災害規模になる。


そのとき、フロア入口がざわついた。

魔導工学課と魔導環境課が戻ってきたらしい。

就業前、ぎりぎりの帰投だ。

フロアの空気が少しだけ動いた。

業務中は静かなロイが、お帰りと出迎えた。


「ユリウス、アーロン。どうだった?」

「施設の魔導コア、経路が塩害で止まってた」

「湾岸だもんな」

「汚染は?」

「想定の範囲内だった。薬理が出るまでもない」

「それは良かった」


会話はそれで終わった。

この同期たちは揃うとあんなに賑やかなのに、仕事では少ない言葉で完結する。

言葉は少なくても連携が取れるのは魔導省全体でよくあることだが、彼らは馬が合うのか、いつも一緒にいる。


フロアは、帰投した魔導工学課と魔導環境課がそれぞれの席へ戻り、また静かになっていった。

アストリッドは椅子に座り直し、翌日の検体ラベルを用意する。

日付、事故番号、検体名を印字して、明日に備えた。

就業まで、やることは減らない。



終業前、魔導通信課の島の方で人が集まった。

椅子が引かれ、立つ気配が連鎖する。


「アストリッド先輩が来るなら、行きます」

「アストリッドは薬理だろう」

「でも、来てほしいです」


魔導薬理課の島でロイがニヤリと笑い、手を挙げた。


「部下が行くなら、俺もだろう」


魔導構造課の島から、ディランが声を飛ばした。


「なら俺も」


魔導環境課の島でも、アーロンがすぐに続く。


「じゃあ俺も」

「……増えるな」


ノエルがあからさまに困った顔で眉間を押さえる。

ロイは構わず隣の島へ目を向けた。


「ユリウスも来い」


ユリウスは書類から目を上げた。


「承認を終えたら」

「来るってことだな」


アーロンが勝手にまとめる。

ノエルは小さく息を吐いた。


「魔導通信課と、いつもの同期と、アストリッド。……大所帯じゃねえか」


ノエルの部下、ジョンは無駄のない動きで人数を確認していた。


「こうなると思いまして。席、人数分押さえてあります。移動はまとまって行きましょう」

「読まれてた」

「出来る男だな、ジョン」

「もっと褒めてください」


アストリッドは名前が出たが、ひとまず成り行きに任せていた。

ソフィアがアストリッドの席までやって来て、袖を小さく引いた。


「先輩、来てくれますよね」


ソフィアの必死さが、言葉より先に伝わる。

あの濃い面々の輪に、新人のソフィアを一人で放り込むのは気が引けた。


「いいですよ」

「ありがとうございます」

「まだ仕事が残ってます。また後で」

「はい!先輩ありがとう!」


アストリッドは未処理のチェック欄を潰していく。

終業のベルはまだ鳴らない。

代わりに、フロアの空気が少しずつ切り替わっていく。


誰かがコートを手に取る音がした。

椅子が揃って戻される。

荷物が静かにまとめられていく。

アストリッドは最後に承認待ちの一覧を確認した。

今日の業務はここまでだった。

画面を落とし、鞄を持つ。


ユリウスが席を立ち、ディランが上着を取り、アーロンが先に通路へ出て、ロイが後ろから合流する。

結局、いつもの塊ができた。

ノエルが前を歩く。


「……俺、通信課の歓迎会だって言ったよな」

「言いましたね」

「なんでこうなる」

「仲が良いってことですよ」


ジョンが淡々と答える。

ノエルは返事をしない。

照れ隠しをしつつも否定もしなかった。


ソフィアがアストリッドの横で歩く。

足取りはまだ硬いが、午前よりは迷いがない。

フロアの扉が閉まる音が、背後で小さく鳴った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ