02 歓迎会の誘い
午後のフロアは、午前より静かだった。
紙の音と打鍵が続いている。
アストリッドは封筒を開け、分析結果の束を取り出した。
外部機関の書式は癖がある。
数字は揃っていても、読み方がそろっていない。
事故番号、件名、提出先。
指が迷わない欄から埋めていく。
要旨は短くした。
『残留反応は限定的。周辺への影響は現時点では小さい』
そのまま本文に入る。
数値を拾い、必要な項目だけを書式へ落としてから表を作り、添付を整える。
読む側の目線を想定して、段落を切る。
途中で一度、原本と突き合わせる。
桁の確認。
単位の確認。
違いがないことを確認してから、提出に進める。
アストリッドの権限で出来る範囲はここまでだ。
画面の表示が変わり、報告書が「承認待ち」になる。
アストリッドは封筒を一つ片付け、次の束に手を伸ばした。
ふと、二つ先の魔導通信課の島で、ノエルが新人の横に立っているのが見えた。
ソフィアは手元のメモを見ながら業務をこなしている。
どうやら順調そうだった。
明日は現場の追加調査が入る。
採取予定の検体の種類と、受け取りの手順。
課長、班長の確認有無。
必要な範囲だけ箇条書きに落とす。
「採取検体:冷却水/付着物/封じ込め材」
「容器:遮光・二重封」
「保存:低温」
「搬送:魔導工学→魔導薬理 直送」
それを書いてから、確認依頼を回す。
そのとき、フロア入口がざわついた。
魔導工学課と魔導環境課が戻ってきたらしい。
就業前、ぎりぎりの帰投だ。
フロアの空気が少しだけ動いた。
業務中は静かなロイがお帰りと出迎えた。
「ユリウス、ディラン。どうだった?」
「施設の魔導コア、経路が塩害で止まってた」
「湾岸だもんな」
「汚染は?」
「想定の範囲内だった。薬理が出るまでもない」
「それは良かった」
会話はそれで終わった。
この同期たちは揃うとあんなに賑やかなのに、仕事では少ない会話で完結する。
言葉は少なくても連携が取れるのは魔導省全体でよくある事だが、彼らは馬が合うのかいつも一緒に居る。
フロアは、帰投した魔導工学課と魔導環境課がそれぞれの席に戻り、また静かになっていく。
アストリッドは椅子に座り直し、翌日の検体のラベルを用意する。
検体名、事故番号、日付。
印字して、明日に備える。
就業まで、やることは減らない。
◇
終業前、魔導通信課の島の方で人が集まった。
椅子が引かれ、立つ音が続く。
「アストリッド先輩が来るなら、行きます」
「アストリッドは薬理だろう」
「でも、来てほしいです」
それを聞いていたアーロンが、魔導構造課の島の端から声を投げる。
「じゃあ俺も」
魔導環境課の島からディランも続く。
「なら俺も」
魔導薬理課の島でロイがニヤリと笑いながら手を挙げる。
「部下が行くなら、俺もだろう」
「……増えるな」
ノエルがあからさまに困った顔で眉間を押さえる。
ロイは構わず隣の島へ目を向ける。
「ユリウスも来い」
ユリウスは書類から目を上げた。
「承認を終えたら」
「来るってことだな」
アーロンが勝手にまとめる。
ノエルは小さく息を吐いた。
「魔導通信課と、いつもの同期と、アストリッド。……大所帯じゃねえか」
ノエルの部下、ジョンは無駄のない動きで人数を確認している。
「こうなると思いまして。席、人数分押さえてあります。移動はまとまって行きましょう」
「読まれてた」
「出来る男だな、ジョン」
「もっと褒めてください」
アストリッドは名前が出て来たがなんとなく成り行きに任せていた。
ソフィアがアストリッドの席までやって来て袖を小さく引く。
「先輩、来てくれますよね」
ソフィアは必死だった。
あの濃い人達の中に新人のソフィアを一人にするのは可哀想に思ってしまった。
「いいですよ」
「ありがとうございます」
「まだ仕事が残ってます。また後で」
「はい!先輩ありがとう!」
アストリッドは未処理のチェック欄を潰していく。
終業のベルはまだ鳴らない。
代わりに、フロアの空気が切り替わる。
誰かがコートを手に取る音がした。
椅子が揃って戻される。
荷物が静かにまとめられていく。
アストリッドは最後に、承認待ちの一覧を確認した。
今日の業務はここまで。
画面を落とし、鞄を持つ。
「よし行くぞ!」
魔導工学課の課長席でユリウスが立った。
環境課の島でもディランが上着を取る。
アーロンが先に通路へ出る。
ロイが後ろから合流する。
結局、いつもの塊が出来る。
ノエルが前を歩く。
「……俺、通信課の歓迎会だって言ったよな」
「言いましたね」
「なんでこうなる」
「仲が良いってことですよ」
ジョンが淡々と答える。
ノエルは返事をしない。
照れ隠しをしつつも否定しない。
ソフィアがアストリッドの横で歩く。
足取りはまだ硬いが、午前よりは迷いがない。
フロアの扉が閉まる音が、背後で小さく鳴った。




