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魔導省魔導災害局  作者: すもも


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14/16

閑話 歓迎会(公式) その後

駐車場の冷えた空気が頬を刺す。

ユリウスは少し離れた位置から、アストリッドが一度だけ周囲を見回すのを見ていた。


少し遅れて、黒塗りの車が静かに寄せてくる。

運転席から降りてきたのは、見覚えのある男だった。

アストリッドの兄だ。


アストリッドの背後からソフィアが覗き込み、勢いよく手を挙げた。

今夜のソフィアは、少なくとも酔い潰れてはいない。

ただ、頬にはまだ熱が残っているように見える。

緊張と高揚の名残だろうか。


アストリッドは兄に会釈し、ソフィアにも小さく頷いた。

二人は連れ立って後部座席へ乗り込み、ドアが閉まる。

その音が、夜の静けさの中で妙に大きい。


ユリウスはそれを見送った。

胸の奥に残っていた違和感は、夜気に触れても消えない。

彼女——アストリッドの言葉の端が平らだったこと。

自分の曖昧な返事が、彼女の中で別の意味に固まった気がすること。


「行くぞ」


ロイの声に、ユリウスは視線を戻した。

並んで歩き出す。

いつも通りの速度。

いつも通りの距離。

それが今夜に限って、息苦しい。


車へ向かう途中で足を止めたとき、ロイが横目で言った。


「お前、何かあったのか」

「なぜそう思う」

「勘だよ。帰ったら反省会だ」


冗談めいた単語なのに、声が冗談ではない。

ユリウスが何か返す前に、ロイは車へ乗り込む。

ユリウスも後に続いた。



ユリウスの家の玄関灯が夜の中で静かに光っている。

敷地内の駐車場で降りると、ロイは迷うことなく後に続いた。

勝手知ったる歩き方だった。


執事が出迎え、ロイの顔を見て一瞬だけ目を瞬かせる。

しかしすぐに礼を整えた。


「お帰りなさいませ。ロイ様も」

「悪いな、急に」


ロイは軽く手を挙げただけで靴を脱ぎ、当然のように中へ進む。


「男同士で語ることがある」


応接間へ入る。

誰もいない時間帯だ。

それでもロイは、ここを自分の場にする。


ユリウスは遅れてソファに腰を下ろした。

ロイは向かいに座り、いきなり核心を撃った。


「それで、何があった」


ユリウスは一度だけ息を吐いた。

短く答えるほど楽ではない。


「……廊下で、アストリッドと話した」


ロイは頷き、続きを促す。

ユリウスは順序立てて言った。


「ずっと見ているだけではだめか、と聞かれた」

「それで?」

「見ていて落ち着くならそれでいい。でも……気づいたときには隣に別の誰かがいるかもしれない、と」


ロイの表情が変わる。

怒りではない。

判断が固まる顔だ。


「それで?」


ユリウスの喉が詰まった。

ロイは待つ代わりに、確かめる。


「想う人がいるか、聞かれたんだろ」


ユリウスは頷いた。


「……『いるのかもしれない』と答えた」


ロイは目を閉じ、こめかみを指で押さえた。

苛立ちを抑える癖だ。


「アストリッドは潔癖だ。曖昧なものを曖昧なまま置けない」

「……」

「お前が『いるのかもしれない』と言った瞬間、あの子は『いる』に変換する。しかも自分に都合の悪い方で。その結果、あの子がどうするかなんて……」


沈黙が落ちた。

リビングの時計が小さく鳴る。


「それで、お前の想う相手っていうのは、誰なんだ?」


ユリウスの喉が鳴った。

答えは一つしかないのに、口が動かない。


「それは……」


言いかけたところで、ロイの声が落ちる。

怒鳴りはしない。

その代わり、逃げ道だけを消す。


「いい加減、腹を割って話せ」


ユリウスは唇を引き結んだ。

逃げる理由が、もう残っていない。


ユリウスは唇を噛み、ゆっくり言った。


「……僕の想う相手は、アストリッドだ」


ロイは驚かなかった。

確認するように頷くだけだ。


「知ってる」

「なら、なぜ」

「お前が言わないからだよ」


正論だった。

ユリウスは何も返せない。


「僕は、あの場で言うべきじゃないと思った」


ロイは頷かない。

続きだけを待つ。


「歓迎会だった。皆がいた。ソフィアもいた。アストリッドは憧れの人がいると言った」

「そうだな」

「そこに僕の感情を落としたら、あの子が困ると思った」


ロイはソファにもたれ直した。

指先で膝を軽く叩く。

思考の癖みたいな動きだ。


「お前が言うべきじゃないと思ったのは分かる。でも、お前が言ったのはあの子の……潔癖なあの子の、一番の地雷だ」


ユリウスは握った手をほどき、掌を見る。

熱が残っている。

だがその熱は、彼女に届かない場所で空回りしている。


「僕は……怖いんだ」


口に出すと止まらない。


「断られるのが。距離を取られるのが。今の関係が壊れるのが」


ロイは鼻で小さく息を吐いた。


「壊れただろ、今夜」


ユリウスの胸が沈む。

壊れた。

まだ形になっていないだけで、ひびは入った。


「で、どうする」

「……分からない」


言った瞬間、自分でも情けない。

ロイが片眉を上げる。


「分からない、じゃない。そうやってお前は十九年も拗らせてんだよ」

「……拗らせてない」

「拗らせてる」


「当時初等部だった世代は知ってる、アストリッドの懐中時計」


ロイはそこで一度言葉を切り、ユリウスの顔を正面から見た。

軽口の形にしない、確かめる目だった。


「……あれを直したの、おまえだろ」


ユリウスは息を止めた。

小さな手。

壊れた蓋。

直したあとに向けられた、まっすぐな目。


ロイは続けた。

声は低いが、突き放す冷たさではない。

逃げ道を消す温度だ。


「今でもあの子が大事に使ってるのを知ってる」


否定しかけた唇が、動かない。

ロイはその沈黙を見逃さず、わずかに肩をすくめる。


「それをお前が、こっそり見てるのもな」


見ているつもりはなかった。

気づけば視線が行ってしまうだけだ。

ふとした拍子に覗く銀の縁。

それを追ってしまう自分を、誰にも悟られていないと思っていた。


ロイは言葉を重ねる代わりに、短く息を吐いた。

その仕草だけで、知っているのは“偶然”ではないと分かる。


「一目惚れして、三年前にあの子が局に来るまで接点もないまま、ずっと引きずって」


ロイはそこで少し視線を逸らし、壁の一点を見た。

苛立ちを整える癖のように。


「この二年の間に好きだと言えず、こんなことになってる」


ユリウスは指先を握りしめた。

反論が浮かばない。

浮かばないのではない。浮かぶ言葉は全部、言い訳になる。


ロイは声を落とした。


「鈍感なお前は気づいてないだろうが、アストリッドがうちの局に来たの、お前がいたからだぞ」

「……僕?」

「初等部の五、六年と研究院の四年しか被ってないのに。それでも、あの子はずっとお前を見てた」


その言い方が、妙に現実的だった。

ユリウスは喉の奥で息を詰める。


ロイが、確認するように問いを置いた。


「アストリッドの憧れの人、誰だと思う」


即答はない。

代わりに、ロイの視線がユリウスを捉えたまま動かない。

それから、静かに言った。


「さっきまで、お前だったんだよ」


断定だった。

胸の奥が遅れて熱を持ち、同時に冷えた。

廊下の会話が一本の線で繋がる。

自分の曖昧さが、彼女の中で結論になった。


「……僕が、潰したのか」


独り言に近い。

ロイは否定しない。

否定しないことが答えだった。


「拗れた十九年の続きは、お前が終わらせろ」

「……明日、仕事の後に話す」

「それがいい」


ユリウスは息を吸って吐いた。

明日、仕事の後に話す。

曖昧にしない。

彼女が綺麗に諦めきる前に。

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