12 歓迎会(公式)2
「先輩! 大好き!!」
アストリッドに抱きついたまま、ソフィアはぐいっと顔を上げた。
勢いのまま、質問が畳みかけられる。
「先輩、彼氏は?」
「いませんよ」
「好きな人は?」
「いませんね」
「じゃあ、憧れの人は?」
「それは……」
アストリッドが濁した瞬間、ソフィアの目がきらりと光った。
「いるんですね!」
「いる、絶対いる」
「本人が無自覚なやつな」
ソフィアとノエルとアーロンの追撃に、アストリッドは言葉に詰まった。
誤魔化すのが下手だと、自分でも分かっている。
「恋愛対象ではないんです。私も、きっとあちらも」
「その言い方が、もう怪しいです」
「逃げ道作ってるつもりでも、声が揺れてる」
「年齢は?」
「……」
「じゃあ、せめて!名前の頭文字だけ!」
「……もう、いいでしょう」
「ほら、今の間!先輩、隠すの下手!」
ノエルが笑いを噛み殺しながら頷き、アーロンが肘でロイをつつく。
「ロイのチェックが厳しすぎて、言えないだけじゃねえの?」
「俺のチェックを通れない奴は、悪い男ってことだ」
「ほら出た。過保護なお兄ちゃん」
アストリッドは諦めたように息を吐いた。
ここで一度、話を流したい。
だが、その前にディランが淡々と口を挟む。
「アストリッドは、好きな相手から告白されたら付き合うのか?」
「……相手も、私と同じくらいの好きでなければ、断ります」
「軽い気持ちで付き合うのは嫌だってことだろう。いいことだ」
その一言で、追及の熱が一瞬だけ落ち着いた。
ソフィアはぱちぱちと瞬きをしてから、また勢いを取り戻す。
「じゃあ先輩、告白されるまで待つタイプですか?」
「……そんなこと、考えたこともないです」
言い切ったはずなのに、声の終わりがわずかに揺れた。
アストリッドは恥ずかしそうに頬を染め、視線を彷徨わせる。
ふいに視線を感じて、顔を上げる。
一瞬、目が合う。
アストリッドは反射みたいに、そっと目を逸らした。
そのやり取りを、ソフィアは見逃さなかった。
声もない、ほんの一拍。
けれど、あれは見間違えようがない。
――本人に自覚はない。けれど、たぶん。
アストリッドが口にしていた「好きなタイプ」が、頭の中で静かに並ぶ。
背が高くて、優しくて、気遣いができて、穏やかな人。
今、この場にいる。
言えるわけがない。
本人がここにいるのだから。
ソフィアはわざと大きく息を吐いて、場に向けて肩をすくめた。
「分かりました。先輩が頑なになるの、皆さんのせいです」
近くにいた男たちが「は?」と顔を上げる。
ソフィアは笑ったまま、言い方だけを整える。
「先輩、真面目で繊細なんです。無理に茶化すと、余計に言えなくなるので。男性陣はあっちのテーブルで猥談でもしててください」
「猥談って言うな!」
「慎み!」
「まあ……でも、確かに」
ぶつぶつ言いながらも、誰も本気で逆らわない。
それもそうか、と渋々立ち上がり、グラスを持って席を移しはじめる。
畳を擦る音が遠のき、こちらのテーブルは静かになる。
ソフィアは一度だけ周囲を確かめると、声を落として耳元にそっと囁いた。
「……憧れの人の前では、話しにくいですよね」
アストリッドは答えない。
答えないまま、呼吸だけが浅くなる。
ソフィアは勝手に結論へ走らない。
代わりに、少しだけ角度を変えた。
「背が高くて、優しくて、気遣いができて、穏やかな人。そこは前に聞きました」
「……言いましたね」
ソフィアは少し迷ってから、けれど逃げない声で続ける。
「もし、その人にキスされたら、嫌ですか?それとも、嬉しいですか?」
「……軽い気持ちなら、嫌です」
言い切ったあとで、アストリッドは自分の声の震えに気づいて唇を噛んだ。
拒むための言葉には、なりきれていない。
ソフィアは小さく頷く。
「でも、その人が軽い気持ちで触れてくると思いますか?」
「そんな人じゃ……」
言いかけて、アストリッドは言葉を飲み込んだ。
否定の形にすればするほど、肯定に聞こえてしまう。
ソフィアは急かさない。
ただ、当たり前のことを確かめるみたいに言った。
「そうですね。先輩がいちばん分かってる」
胸の奥が、静かに熱を持つ。
アストリッドは返事をせず、小さく頷いた。
「続きは、また今度。女子会しましょう」
そう言い残して、ソフィアは軽い足取りで席を離れた。
アストリッドは息を整える。
この熱と視線の中に、今の話題のまま座っているのが少しだけ苦しい。
誰にも告げず、静かに席を立つ。
掘り炬燵の縁を抜けて宴会の輪の外へ出た。
襖を開けて廊下に出ると、空気が冷たい。
深呼吸をひとつ。
今はもう少しだけ、一人でいたい。
アストリッドはそのまま、そっと宴会場を後にした。




