11 歓迎会(公式)
週末の終業後。
魔導災害局のソフィアの歓迎会が始まった。
局長、次長、各課が全員集まった。
座敷で足が痺れるのは嫌だが、掘り炬燵ならいい――という局長の希望と、全員が入れて魔導省から近く、料理が美味しいこと。
条件が揃うと、行き先は自然に決まる。
「またジョンの実家か」
そう言いつつ、誰も否定しない。
なんなら皆が個人でも通っている。
大宴会場を貸し切っての開催だった。
席は課ごとに並ぶ。
乾杯が終わり、料理の皿が行き来し始めると、最初の秩序は次第に薄れていった。
グラスだけ持って立ち上がり、好きなところへ移動する。
畳の上を行き交う足音と笑い声が重なって、宴会場の熱が少しずつ上がっていく。
アストリッドはその流れの中で、ふと一昨年を思い出した。
自分が主役だったとき。
あのときはロイが、あれこれ世話を焼いてくれた。
――既婚者だからって安全じゃない。
――余裕がない奴は焦って詰めてくる。
――余裕がある奴は隙を伺ってる。
笑いながら言うのに、どれも妙に具体的だった。
当時のアストリッドは真面目に頷くしかなかった。
「ロイばっかりずるいぞ!」
「俺はお兄ちゃんだからいいんだよ」
「そんなこと言ったら俺らはみんなアストリッドよりお兄ちゃんだろ」
「うちのアストリッドに変な真似するなよ」
笑い混じりの声が飛び、周囲がどっと沸いた。
牽制が冗談の形をしているだけで、言いたいことは分かりやすい。
あの頃も、こうして保護者が増えていった。
そして今夜は、主役がソフィアに変わっただけだ。
アストリッドの隣にはロイがいる。
いつもの位置だった。
ソフィアはその二人のところへ、まっすぐやって来た。
頬が赤い。
けれど目は冴えていて、言葉だけが少し早い。
さっきまで輪の外で笑っていたのに、ここに来ると急に息をつけたみたいに見えた。
「先輩、聞いてください」
ロイが眉を上げる。
アストリッドは手元のグラスを置き、ソフィアの顔を見る。
ソフィアは掘り炬燵の縁に膝をつき、身を乗り出した。
「元カレが、最悪で……」
その一言に、周囲の空気が寄ってくる。
いつの間にか、アーロンとディランが近くに腰を下ろしている。
ノエルも、つられるように寄って来た。
ロイの隣から、自然に輪ができていく。
「学院時代の彼氏と昨日、別れました」
「……理由は」
ロイが先を促す。
ソフィアは一度だけ頷いた。
「魔導省に入省できなかったから、です」
「は?」
「ないわ」
「なんだそいつ」
「冗談だろ」
声が重なる。
誰も笑っていない。
ソフィアは苦笑して、指先でグラスの縁をなぞった。
「ずっと一緒に勉強してました。一緒に入ろうねって言ってたのに」
「……落ちたのか」
「落ちました」
ソフィアの声は淡々としている。
淡々としているからこそ、腹の底に残っているものが伝わる。
「落ちてから、どんどん不屈になって。俺を差し置いて入省とかありえないって、私を否定するようになって」
ノエルが露骨に顔をしかめた。
アーロンは頬杖をついて、ディランは目を細める。
ロイは笑いもせずに、ソフィアを見ている。
「長く付き合ってたのに、そんな一面があるなんて知らなかったんです」
「知らなくて当たり前だ」
「隠してたんだろ」
「そんなの、ソフィアのせいじゃない」
慰めというより、判決みたいな言い方だった。
ソフィアは一瞬だけ目を瞬かせてから、少し笑った。
「結婚する前に知れて良かったです」
その言葉に、男たちが一斉に頷く。
頷き方が揃いすぎていて、逆に可笑しい。
ソフィアは笑いを飲み込み、肩をすくめた。
「でも、腹立ちます」
「腹立つ」
「腹立つな」
「腹立つに決まってる」
今度は同意が重なる。
それぞれの声が、やたらと保護者じみていた。
そのとき、局長の席の方にいたユリウスが、こちらへ来た。
局長と話していたらしい。
グラスを手に、輪の端に座る。
「なんの話だ」
「ソフィアの元カレが最低だった話」
「最低の話です」
ノエルとソフィアの声が続いた。
ユリウスは一度だけ瞬きをして、目線をソフィアに合わせる。
「別れて正解だ」
短い。
だが、それで十分だった。
ソフィアは肩の力を少し抜いた。
アーロンが身を乗り出す。
怒りの勢いを、そのまま質問に変える。
「その元カレ、今はどうしてんの?」
ソフィアは少し考えた。
答えるのが癪なのか、整理しているのか。
それから、淡々と口にした。
「魔導省は落ちたけど、総合職は受かったので。どこかの省庁にはいると思います」
「いるのかよ」
「いるのか」
「それでその言い草かよ」
「無いわ」
また声が重なる。
お兄ちゃんムーブが加速する。
ソフィアは笑っていいのか困っている顔で、アストリッドを見た。
アストリッドは小さく頷く。
「仕事で会ってしまっても大丈夫です。みんなでソフィアを守ります」
ソフィアは一瞬きょとんとして、それから顔を赤くしたまま笑った。
勢いよくアストリッドに抱きついた。
「先輩!大好き!!」
一拍遅れて、周囲がどっと沸いた。
さっきまでの険のある空気が、あっさり宴会の熱に溶けていく。
別の卓からも笑い声が跳ね、座敷の熱はまだ上がっていった。
ソフィアは赤いまま顔を上げ、次の言葉を探すみたいに口を開く。
宴は続く。
むしろ、ここからだった。




