◆第15話「それぞれの“艦長”」
①「配属シャッフル」
「えー、静粛に。今日は特別訓練の発表がある」
教官・クレメンスが手元の書類をバサッと掲げると、艦隊演習室のざわめきがピタリと止まった。
リリィは、ペンを手にメモを取りながら(また何か嫌な予感しかしない…)と内心でため息をつく。
その予感は――的中だった。
「明日から三日間、艦隊内シャッフル訓練を実施する。内容は、各艦の艦長代理・主戦力・支援担当をローテーションで他艦に派遣。
つまり――全艦、他人の艦を動かせ」
「ええええええ!?」
部屋中がどよめいた。もちろん、その中心にはC艦隊のぽんこつメンバーがいる。
「し、シャッフルってことは……艦長も入れ替え!?」
「うち、艦長の代わりって……だれがやるの!?」
「てか、他の艦がうちの艦長やるって、それ艦つぶれない!?」
慌てふためくクルーたちの中、ミレイユは一人、顔面蒼白で書類に目を落としていた。
そしてクレメンスが、にやりと笑いながら発表した。
「クラウゼ号には……F艦隊より、ロラン=ベレズィ少尉が“艦長代理”として乗り込む」
「……………………誰ですって?」
「ってあの!あの“風が気持ちいいので斜めに飛びます”のロラン艦長!?」
「やばい!自由の化身来ちゃう!」
その瞬間、クラウゼ号のクルーたちは見事に全員、同時に天を仰いだ。
「私、明日は有給取っていいですか……」とエレナ。
「艦が燃えなきゃいいけどな!」とマルグリット。
一方、シャッフルの割り振り表を見たリリィも、別の意味で頭を抱えていた。
「わ、私……B艦隊!? あの……マニュアル至上主義って噂の……?」
C艦隊で自由すぎる日々を送っていたリリィには、B艦隊の“完全なる規律”が一番の天敵だった。
「り、りりぃ……大丈夫かなぁ……」
「どっちかっていうと、B艦隊が大丈夫かどうか……」
ミレイユは、書類を読み返しても不安げなままだった。
「艦長代理不在、って……つまり、クラウゼ号の指揮はロラン少尉に全面的に任される、ということ……?」
ちらりと見る仲間たちは、すでに覚悟を決めたような(諦めたような)顔。
「やるしかない、か……」と呟くミレイユ。
C艦隊、最大の試練――“艦長シャッフル”が、こうして幕を開けた。
②「他艦の空気」
――翌朝。
リリィは、B艦隊所属艦《サン=リュミエール》の艦橋に立っていた。がちがちに緊張した顔で。
「艦長代理、リリィ=アイゼンシュタット、配属いたしました……で、でありますっ……!」
「声が小さい!」
「報告は簡潔に!」
「姿勢が崩れているぞ!」
いきなり三連続の指摘を浴びて、リリィは肩をすぼめるしかなかった。
B艦隊は、噂に違わぬ“軍規の鏡”だった。
艦内に響くのは、機械のように正確な号令と報告。
「本日航路、第一ルート・風速2.3を受けて微修正完了」
「整備完了。燃料搭載率98.4パーセント。損耗箇所なし」
「索敵班、感知なし。視界良好」
無駄のない、冷静沈着なやり取り。
誰も慌てず、誰も笑わず、誰もつまずかない。
(すごい……完璧……でも……)
リリィは、艦橋の隅でそっと眉をひそめた。
なんだろう、この違和感は。
その答えは、すぐにやってきた。
「接近物あり!雲間にて、気流変動発生!」
「航路を変更しましょうか?」とリリィが思わず声を上げる。
「いえ。マニュアル第18条C項により、現航路を維持。回避は推奨されていません」
「えっ!? でもでも、この角度なら逸れた方が安全じゃ――」
「マニュアル通りです!」
三人の士官が声を揃えた。まるでリリィが間違いを口にしたかのように。
リリィは(えええ~~!?)と心の中で悲鳴を上げるしかなかった。
C艦隊では当たり前だった「状況判断による即時回避」は、ここでは“規律違反”扱いだったのだ。
結局、強風にあおられ艦体がぐらりと揺れたときも――
「マニュアル想定内の揺れです」と記録係が平然と告げていた。
(すごいなぁ……完璧すぎて、逆にこわい……)
艦が揺れ、リリィの心も揺れ続ける。
やがて午後の演習時間。
堅牢な陣形の中で、リリィは小さな声でつぶやいた。
「なんか……艦が生きてる感じ、しないなぁ……」
そして気づく。
この艦には“誤差”がない――だから“ゆるし”も“支え”もないのだ。
C艦隊の、あのドタバタで頼りないのに、なぜか沈まない――あの奇跡のような連携。
それが、少し恋しくなっていた。
③「クラウゼ号の混乱」
その頃、クラウゼ号では――見事なまでの混乱が巻き起こっていた。
「えーい、もっと舵を切ろう!風が語っている!今日の空は“斜めに飛べ”ってさ!」
舵輪を華麗にスピンさせながら叫ぶのは、自由すぎるF艦隊の艦長、ロラン=ベレズィ少尉。
今日から三日間の“艦長代理”としてクラウゼ号に乗り込んできた彼は、到着から十数分で艦の操縦哲学を“改造”し始めていた。
「……えーと……艦長命令は絶対、だけど……この人、うちの艦長じゃないんですよね……?」
操縦士のエレナが操舵席で困惑の声を漏らす。
「い、一応命令に従うべきなんだろうけどさ……“風と対話して進路を決める”って、どう解釈すれば……?」
通信士のレーネも眉をひそめる。
「機関、逆噴射かけろって言われたけど……特に意味なさそうなんだけど?」
整備班のマルグリットはレンチ片手に立ち尽くす。
艦内は見事なほどに混乱し、誰もが**“うちの艦長じゃないのに強すぎる艦長命令”**に困惑していた。
そんな中――艦の後方区画から、金髪ストレートの少女が慌ただしく駆けてくる。
「状況、確認しました!」
ミレイユ・フォン・カルディナ。
もとは名門艦出身、今はC艦隊の一員――そして、リリィ不在時の艦長代理の代理である。
「皆さん、混乱しないでください!艦長代理の権限は確かにありますが、クラウゼ号の運用方針は私たちが一番よく知っています!」
「じゃあ……どうするの、ミレイユちゃん!」とエレナ。
「この艦は“整備が不完全で、操縦もぎこちなくて、でもそれでも飛び続けてきた艦”です!だから私たちが支えないと!」
ミレイユはキビキビと指示を出し、レーネは通信調整へ、マルグリットはブースト調整へ、エレナは舵の補助操作へと動き出す。
そして――
「自由に動くのが一番だって、風が言ってるぞー!」とロランが再び叫んだとき。
ミレイユは静かに言い返した。
「ええ、自由に飛びます――でも、私たちなりのやり方で!」
クラウゼ号は、ぽんこつながらも不思議と調和しながら、少しずつ安定した航路へ戻っていく。
“艦がバラバラなのに、なぜか一つになる”――C艦隊らしさが、そこにはあった。
④「リリィの再確認」
「……これより、旋回。速度減速3、標準回転で対応。全員、指示確認を」
B艦隊の艦《サン=リュミエール》は、正確無比なフォーメーションを維持しながら、風の流れに沿って美しく旋回していた。
艦橋内は静かだった。
誰もが的確に、そして無駄なく動いている。
「……はぁ」
リリィはその中心で、ひとつ息を吐いた。
(すごい……この艦、誰も間違えない。誰も慌てない。完璧)
けれど――何かが足りない気がするのだった。
それは音か。熱か。温度か。
それとも……鼓動のようなものか。
「艦長代理、次の進路指示を」
「えっ? あ、はい!」
急いで手元のマップを確認し、リリィは定められたルートを読み上げる。
「次、風層6を越えて、方位4.2度に……」
「確認。指示通りに進行します」
副官の声は冷静だった。正しい。
でも――その「正しさ」が、なぜか少しだけ、寂しかった。
(私……クラウゼ号にいたとき、もっと間違えてた。うまく言えなくて、みんながフォローしてくれて)
(でも、あのときの声、表情……どれも、ちゃんと届いてた)
マルグリットの豪快な笑い声。
エレナの「こっちはまかせて!」の明るい言葉。
レーネの「また指示間違えてますけど大丈夫ですか?」という生意気なツッコミ。
全部、怖かった空を越えるために――自分の指揮に命を預けてくれた人たちの、確かな鼓動だった。
リリィは、そっと視線を落とした。
(私は、間違えない指揮じゃなくて、みんなで“沈まない”指揮をしてきたんだ)
その違いは、あまりに大きい。
「間違えない」ことが、正解とは限らない。
「沈まない」ことには、理由がある。
それは、誰かを信じること――そして、誰かに信じられること。
そのとき。
艦橋の窓の向こう、ふと、遠くに揺れる煙幕の影が見えた。
……あれは――クラウゼ号?
その方向を見つめ、リリィの口元がわずかにほころぶ。
(……やっぱり、早く帰りたいな)
⑤「それぞれの艦長」
訓練最終日。シャッフル訓練が終わり、各艦のメンバーがそれぞれの居場所に戻っていく。
リリィもまた――
クラウゼ号の甲板に足を踏み入れたその瞬間、懐かしい音と匂いに、自然と肩の力が抜けた。
「おかえりなさい、艦長!」
エレナが大げさに敬礼しながら笑顔で出迎え、マルグリットは「三日で機関五回止めたロランのせいで、燃料弁がバター味になってる」とぼやいている。
レーネはというと、「やっと“意思疎通可能な指揮官”が戻ってきました」とどこかホッとした表情。
リリィは照れ笑いを浮かべながら、通信席の隣に立つ少女――ミレイユ・フォン・カルディナに目を向けた。
「……迷惑、かけなかった?」
「ええ。……まあ、最初はてんやわんやでしたけど」
ミレイユは一歩前に出て、真剣なまなざしで言葉を続けた。
「でも、わかりました。この艦……あなたじゃないと動かないってこと」
「えっ?」
「艦が動くって、機関のことだけじゃないんですね。あの指示も、声のかけ方も、怖がりながらでも前に出る姿勢も……全部、艦の“力”になってたんです」
「……うん」
リリィはゆっくりうなずいた。
「じゃあ私も、この艦でやっていける気がしてきたよ。うまく飛べなくても、沈まなければいい。……ううん、沈ませないように頑張るよ」
二人は、ふっと笑い合う。
遠くには、また新しい雲の流れ。
次の訓練の気配が、そっと空を揺らしていた。
リリィはその空を見上げる。
怖くないわけじゃない。でも――
(この艦と、みんなと一緒なら……また飛べる)
それぞれの艦に、それぞれの艦長がいる。
完璧じゃなくても、強くなくてもいい。
“沈まない艦”を導く者としての覚悟が、また少しだけ強くなる。
クラウゼ号、再び空へ――。




