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『処刑されたけど、空飛ぶ辺境でまた悪役令嬢してます』 〜飛空艇とバカ王子と、時々、滅亡危機〜  作者: 南蛇井


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◆第11話「完璧じゃないから、守れるもの」

ミレイユ・フォン・カルディナは、クラウゼ号の艦橋に一歩足を踏み入れた瞬間、覚悟を決めた。

(……うん、ここが"あの"クラウゼ号ね。覚悟を決めたって言ったでしょ、ミレイユ。沈まない艦に配属されたって、誇りに思って……)

「――ああっ!? ちょ、そこ触っちゃダメだってばーっ!!」

通信席から叫び声。続いて、バチッと何かが弾けたような音。

「エレナ! また操縦桿がぐにゃって戻ってきたんだけど!?!?」

「それ仕様ですー!!っていうか、もうちょっと優しく扱ってぇぇ!!」

ミレイユの顔面が、数秒で引きつった。

(な、なにこれ……この空気、このノリ……ここ、艦橋よね?)

きれいに整えた金髪ストレートが、違和感の塊として浮きまくっている。

ミレイユは、艦長席に目をやった。

「おお、来たんだね! ようこそ、我がクラウゼ号へ!」

艦長・リリィ・アークフェルドは、にこっと笑って手を振っていた。

笑顔に威厳はなく、制服の袖は片方だけくしゃくしゃで、膝にはスナックの袋。

ミレイユのまぶたがピクつく。

「艦長、作戦概要の報告書を提出いたします。ご確認を――」

「あっ、ありがと! ……えっと、読むの、あとでもいい?」

「だめです。」

リリィがしゅんと肩をすぼめた。

(なんていうか……ぬるい。ぬるいにもほどがある……!)

ミレイユは、書類を差し出したまま艦内のオペレーション状況に目を向けた。

報告は“口頭”、航路確認は“感覚”、戦術会議は“おやつを食べながら”……。

(えっ、艦長の作戦書って“口頭”なんですか!?)

心の声が漏れそうになり、ミレイユは慌てて口を押さえた。

「ミレイユさーん! 今日のお昼、レーネがカロリー調整してくれたんだよ! めっちゃおいしいよ!」

艦長がぴょこぴょこと立ち上がり、弁当のふたを開けて見せてくる。

「見て見て! ちゃんと魚! たぶん魚!」

「……艦長、失礼ですが、あの、それ以前にですね……」

(本当に……ここで私はやっていけるのかしら……)

そのとき、通信席のレーネがふとミレイユを見て、にっこりと微笑んだ。

「大丈夫ですよ、ミレイユさん。最初はみんなそう思うんです。――でも、不思議と沈まないんですよ、この艦。」

ミレイユは、何かを飲み込むように、小さくうなずいた。

("沈まない"って、いったいどういう意味なのかしら)

その答えを、彼女はまだ知らない。

けれど――クラウゼ号は、ゆるく、でも確かに、彼女を仲間に迎え入れ始めていた。


②「衝突:完璧じゃない艦長?」


クラウゼ号の艦橋。時計の針は午後二時を回っていたが、艦内には緩やかな昼下がりの空気が漂っていた。

「作戦会議、始めるよー。とりあえず、おやつある人は出してくださーい」

艦長席のリリィが、軽やかに宣言する。

「はい艦長、ビスケットですー」「干し芋あるよー」「私、いり大豆です!」

艦内のあちこちからお菓子が差し出され、リリィの前におやつの山ができあがっていく。

ミレイユは絶句していた。

(これは……作戦会議……?)

彼女は綺麗に束ねた紙資料のファイルを胸に抱えたまま、一歩踏み出した。

「艦長。作戦会議は、戦況想定・対応パターン・艦の現状分析などに基づいて進めるべきです。“ビスケットの確認”ではなく。」

リリィはビスケットを口にくわえたまま振り返る。

「え? あっ、ごめん、でもさー、みんな甘いもの食べながらの方が緊張ほぐれるし、意見出やすいっていうか……」

「軍用艦の艦長として、それは正しい判断ですか?」

一瞬、艦橋の空気が止まった。

リリィの笑顔が、わずかに引きつる。

「うーん……私は、みんなのこと信じてるからさ。こういうやり方のほうが、うまくいくと思ってるよ?」

「信じてる、では艦は動きません」

ミレイユの声は冷たく、静かだった。

「艦長は、すべての判断を下す立場です。緊急時に、“勘”で指示を出されては、私たちはついていけません」

リリィの目が泳ぐ。エレナとマルグリットが慌てて間に入ろうとするが、ミレイユは構わず続けた。

「あなたは、戦術訓練をどれほど受けました? 艦隊戦略理論、魔導誘導の基礎理解、魔力干渉の計算式――」

「そ、そんなの、もちろんちょっとは……」

「“ちょっとは”で、沈まない艦の艦長を務めているんですか?」

リリィの顔から、笑顔が消えた。

彼女はビスケットの袋をそっと置き、ゆっくりと立ち上がった。

「……そうだよ。私は、完璧じゃないよ」

艦内がしんと静まり返る。

「でも、みんながいてくれるから、私、艦長をやれてるんだよ」

リリィは目をそらさなかった。

「たしかに私は勘で動く。でもね、それで助かったこともある。間違えたら、みんながすぐ直してくれる。――だから、私、艦長やれてるんだと思ってる」

ミレイユは目を細めた。その答えは、彼女が長年信じてきた“指揮官像”とはあまりにもかけ離れていた。

「甘い。……あなた、それで本当に、戦場に立つ覚悟がありますか?」

リリィは一瞬だけ言葉に詰まり――だが、ふっと、笑った。

「……怖いよ? 覚悟なんて、いつもぐらぐらしてる。でも、沈まない艦にするために、私は艦長をやってる。ちゃんと、ここに立ってるよ」

その言葉に、エレナとマルグリットが、そっと背筋を伸ばした。

ミレイユは沈黙したまま、ゆっくりとその場を離れた。

彼女の中で、何かが少しずつ揺らぎ始めていた。

③「訓練任務:要人護送演習」

「本日の演習任務は、指定艦を模した“要人輸送機”の護送。訓練空域を通過し、護衛と安全運行を評価対象とする――以上だ」

教官の声が訓練艦用の通信に響き渡り、クラウゼ号艦橋の空気がピリッと張り詰めた。

……一部を除いて。

「え、あの箱っぽいやつ守るの? めっちゃ丸出しじゃん」「中に貴族のフリしたダミー人形が乗ってるんだって」「しかもこっちが囮じゃないんだよね? 本気で守る側だよね!?」

エレナとマルグリットが気楽に話しながら、艦の警戒魔導板を調整している。

その後ろで、ミレイユは震える指で筆記具を持っていた。

(あの機体で……護衛任務!?)

クラウゼ号の不安定な航行と、操縦桿から常時軋む音、そして艦長のリリィがすでに緊張で青ざめているのを見ている以上、この任務は"試練"以外の何物でもなかった。

「えっと、作戦開始まであと7分! えーと、進路は……南南東! たぶん!」

「たぶん!?」

ミレイユの絶叫が艦橋に響く。だが、誰もツッコまず平常運転で準備を続けていた。

そして――任務開始。

空は穏やか。雲の切れ間を縫うように、クラウゼ号と要人ダミー艦が編隊を組んで航行を始める。

「リリィ艦長、接近する演習機影を確認しました。10時方向より模擬敵艦!」

「わわわっ……えっと、えっと、旋回旋回! なんか“ぎゅるん”ってして! エレナさん!」

「了解! “ぎゅるん”ですね!!」

クラウゼ号が大きくバンクを取って回避に入る。だが、ぎこちなく、どう見ても素人じみた動き。

ミレイユは操縦席のリリィに近寄って言った。

「――艦長、今のは適切な回避とは言えません。次に同じ方向から敵が来たら……!」

「わ、わかってるけど……っ!」

敵艦が、あざ笑うように再接近する。

リリィは呼吸を荒くしながら、手を震わせ、――けれど、声を絞り出した。

「……エレナ、進路変更。マルグリット、補助スラスタ点火。三秒だけ、ぐいっと右!」

「了解! って、理由は!?!」

「……わかんない! でも、たぶん、今“曲がったほうがいい”気がしたの!」

「艦長ゥゥゥ!」

クラウゼ号が、信じられない方向に突っ込んだ。

その瞬間、演習敵艦が反応しきれず進路を外し――要人艦との接触はギリギリ回避された。

「……やった」

「セーフ! セーフセーフセーフ! いまの完全に運だけどセーフ!!」

「ていうか、なんで当たらないんだこの艦……」

マルグリットが素直に驚き、ミレイユも言葉を失った。

演習は続いた。

敵艦はクラウゼ号の不安定な動きに翻弄され、機動パターンを崩され続ける。

一見、計算も理論もない。それでも、結果として“護送対象は無傷”だった。

任務終了。

艦橋に沈黙が戻る中、リリィがようやく深く息を吐いた。

「……護送成功。みんな、ありがと」

エレナがガッツポーズを取り、マルグリットが床にへたりこむ。

そしてミレイユは――手元のノートに、またひとつ新しい行を記した。

『クラウゼ号の作戦思考:意味のわからない奇跡(2件目)』


④「予期せぬトラブル:進路変更不能」


護送演習の終盤。

ダミー要人艦を伴い、クラウゼ号は帰還コースへと進んでいた。

「ふぅ……なんとか最後まで行けそうですね」

操縦席のエレナが安堵の息をつく。

「やっぱりうちら、運だけはいいよなぁ」とマルグリットが笑い、艦内にはほっとした空気が広がりかけた――そのとき。

バシュン!

艦体が突如として振動し、甲板下から爆ぜるような音が響いた。

「警告! 補助魔導スラスタ、制御信号消失!」

「え、ええ!? 進路変更不能……!? 舵が……舵が利かないよぉぉおお!」

エレナが泣きそうな声で叫ぶ。

「前方に積乱雲帯あり! このままだと……!」

操舵系の魔導信号が断裂し、クラウゼ号は針路を右へ変えることができなくなっていた。

ただ前に――つまり、危険な雲の中へ突き進む軌道。

「ど、ど、どうしよう! どうするの!? なにか案は!?」

リリィは艦長席で凍りついたまま、両手を固く握りしめていた。

足元が揺れ、艦体が傾く。視界の外に、どす黒い雲の端が近づいてくる。

(ダメだ……このままじゃ、沈む……!)

ミレイユが、凍ったような表情で言った。

「避けられないなら、突っ込むしか――」

「突っ込むなよ!!!」

マルグリットが全力でツッコんだ。

だがその一言で、艦橋にかすかに笑いが走る。

一瞬でも、恐怖をはがすような声。

「……左スラスターに燃料パージ、できる? 片方だけでも“押せ”ば向き変えられるかも」

リリィの声が震えながらも、小さく響いた。

「それ、成功率何%っすか?」

「さあ……でも、失敗しても、なんとかなるかも!」

「根拠ゼロォ! でも嫌いじゃない!」

マルグリットがエンジン調整に走り、レーネが魔導板を連打して指示信号を送る。

エレナは舵輪にしがみついたまま、「艦長がやれって言うならやるー!」と叫ぶ。

ミレイユは――一歩引いた位置で、その光景を見ていた。

(混乱してる。連携もずれてる。だけど――)

(……怖がっても、誰も止まってない)

次の瞬間、左側の補助スラスターがパシュン!と魔導火花を散らして点火。

「進路、わずかに修正! いける、いけるよ艦長!」

クラウゼ号は、わずかに傾きながら積乱雲の縁をかすめ、ぎりぎりで回避コースに滑り込む。

機体がぶるんと大きく震え、視界が晴れた――

「――通過、成功!」

エレナの声に、艦内が安堵の歓声と笑いに包まれた。

艦長席のリリィは、汗だくのまま、そっと手を下ろす。

「……はぁぁぁあああ~~、生きてる~~~……」

その隣で、ミレイユがぽつりとつぶやいた。

「……なんで、ちゃんと避けられるのよ……」

笑いながらバラバラに見える艦員たち――でも、誰ひとり止まらず、諦めず、支え合って動いていた。

それが、“沈まない理由”かもしれない。

ミレイユはその可能性を、ほんの少しだけ、信じてみた。

⑤「結末:守り抜くことは、信じること」

演習空域を抜け、夕日がクラウゼ号の船体に赤く反射していた。

あちこちから煙が上がり、装甲の一部はススで黒くなっている。

それでも――ダミーの要人艦は、無傷のままクラウゼ号の後ろにいた。

「……護送任務、完了」

リリィの小さな声に、艦橋の面々が歓声をあげる。

「やったーっ! また沈まなかったぁぁあ!」

「エンジンはボロボロ! 通信系統は途中で死んだ! 舵は幽霊みたいだった! でも帰ってきたー!」

「しかも護送対象は無傷! 奇跡だね、これ!」

みんなが笑っていた。

汗と煤にまみれながら、心から笑っていた。

ミレイユは、その中央にいるリリィを見ていた。

(あの艦長は、怖がってる。判断も迷いが多いし、操縦はぎこちない)

(でも――最後の最後で、みんなを信じてた)

自分の手で何もかも完璧に動かそうとするのではなく、

自分が不完全だからこそ、他の誰かの力を頼る勇気を持っていた。

それは、ミレイユにとって未知のあり方だった。

リリィがふと、彼女の視線に気づいて振り向く。

「えっと……なんとか、帰ってこられました……!」

頬に煤をつけたまま、リリィが申し訳なさそうに笑った。

ミレイユはその顔を見て、ふと口元を緩めた。

「……本当に、沈まなかったわね」

「へ? あ、はい! 一応……!」

「ふふ……そう。沈まないってことは、守ったってこと。少なくとも、私はそう思うわ」

「えっ……」

「“守る”って、結局“信じる”ことなのね。自分を、仲間を、艦を。全部を信じなきゃ、最後まで立っていられない」

そう言ったミレイユは、いつのまにか自然な笑みを浮かべていた。

彼女の制服はまだ真っ白で、姿勢は相変わらずピンと伸びている。

でも、リリィたちの“泥だらけの努力”に、ほんの少しだけ寄り添う気持ちが芽生えていた。

夕暮れの空に、クラウゼ号の影が、長く長く伸びていく。

それは不格好で、ぐらぐら揺れているけれど、決して沈まない。

そんな影だった。


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