◆第10話「ポンコツ艦に、転属希望者!?」
①「登場:謎の転属希望者、来る」その朝、クラウゼ号の艦内に、妙にピンと張り詰めた空気が漂っていた。
原因はひとつ。
――転属者が来るというのだ。
しかも、ただの転属ではない。
「優等生?」「名門出身?」「いやそもそも、なんでウチに!?」
朝礼前から艦内がざわざわと騒がしい。
やがて、ブリーフィングルームの扉が開き――静寂が訪れた。
タラップを軽やかに昇ってきたのは、まるで士官学校の制服カタログから抜け出してきたかのような少女だった。
金色のストレートヘア。
完璧に整えられた制服と、無駄のない姿勢。
眼差しはまっすぐ、空の一点を見据えている。
「ミレイユ・フォン・カルディナ、転属に参りました。以後、よろしくお願いいたします」
その一礼は美しかった。…というより、もう完成されすぎていて怖いレベルだった。
一同「…………」
そして隣にいた教官が、遠慮がちに尋ねた。
「……ほんとうに、クラウゼ号でいいのかね?」
ミレイユは微笑んだ。まぶしいほどに。
「はい。こちらの艦は“死亡率ゼロ、沈没率ゼロ”との記録を確認いたしました。
統計的に見て最も安全、最も確実に生き残れる艦だと判断いたしましたので」
「…………」
クラウゼ号クルー、固まる。
「えっ……えっ?」とリリィが小声でうろたえる。
「もしかして……“生存だけで名を上げてる”って意味で評価されてる!?」とマルグリット。
「いや、実際その通りではあるけど……!?」とエレナがひそひそ。
そんなざわつきの中、本人は完璧に背筋を伸ばしたまま、艦内をきびきびと見回している。
まるで王宮から迷い込んだプリンセスと、雑多な空飛ぶバラック小屋。
そんな対比が、今、目の前で展開されていた。
「……これはまた、やべぇ風が吹き込んできたな……」と、誰ともなくつぶやいた。
そして始まる――
ポンコツ艦と完璧主義少女の、ちぐはぐな日々が。
②「誤解:奇跡の回避体質!?」
ミレイユ・フォン・カルディナは、今、とても真剣だった。
艦内の観察を終えた彼女は、誰よりも鋭い眼差しでクラウゼ号の航行記録や訓練ログ、損傷履歴をチェックしていた。
「……なるほど。推測通りですわね」
そして、胸ポケットから革製のメモ帳を取り出すと、迷いなくペンを走らせた。
《クラウゼ号:幻の回避式カウンター戦術(仮)》
・被弾率高 → 敢えて“狙わせている”
・損傷多数 → ダメージ蓄積を利用して敵の追撃を逸らす誘導装甲?
・沈没ゼロ → 脱出ルート事前設定による戦術的生存?(要確認)
「……あのっ、ミレイユさん?」
後ろからおそるおそる声をかけたのは、操縦士のエレナだった。
すでに彼女の顔には「嫌な予感MAX」と書いてある。
ミレイユはくるりと振り向くと、誇らしげに言った。
「エレナさん、あなたの“カクカク操舵”……あれは敵の照準アルゴリズムを欺くための回避パターンですよね? 素晴らしいですわ!」
「へ!? いや、あれ普通に怖くて手元ブレてただけで……」
「ふふっ、謙遜なさらないで! 実際に“撃たれても沈まない艦隊”なんて他に存在しませんもの!」
その一言に、艦内の空気が止まった。
マルグリットがマジ顔で「沈まなかったの、マジでエレナの偶然スピンですけど」と小声でつぶやく。
リリィはそっとミレイユの背後を覗きこむと、開かれたメモ帳のページに目を凝らした。
そこにはびっしりと書かれている。
・クラウゼ号は“殴られながら勝つ”逆転特化型?
・艦長の恐怖顔 → 敵を油断させるフェイント(演技力高)
・機関士が爆笑 → 想定外演出による敵混乱(精神撹乱戦術?)
「…………」
「……どこからツッコめばいいの……」とリリィが顔を覆う。
「え、なんか全部すごいことになってない……?」
「いや、うちはただのポンコツと運だけで回ってるって……」
だがミレイユは真剣だった。完全に信じきっていた。
「……この艦は、奇跡の回避体質そのもの……“勝てないが沈まない”という、美学の極地……!」
「ちがうんだってばあああ!!!」
一斉にC艦隊が叫んだが、彼女の理想の中に届く声ではなかった。
こうしてまた、クラウゼ号に新たな“誤解と混乱”が加わったのであった。
③「現実:ドタバタ艦の正体」
「では、訓練開始!」
号令とともに、クラウゼ号のエンジンが――うなった。
いや、うなったというより、唸った。もしくは呻いた。
ズギュウウゥン……と不安しか感じない音を立てて艦が空に浮き上がる。
ミレイユは最前列で艦橋の様子を見守っていた。完璧な敬礼姿勢のまま。
(さあ、ついにこの目で“幻の回避戦術”を――)
「艦長ー!進路が……進路がぁあああ!!まっすぐ行かないぃぃぃっ!!」
エレナの絶叫が空気を切り裂いた。
操縦桿がぶるんぶるん震え、艦は右へ、さらに左へ、急旋回、そして謎の一時停止。
遠心力でクルーが軽く横滑りする。ミレイユも軽く3歩吹っ飛ぶ。
「なんですのこれはあああ!? 高等操艦技術とかではなく!?!?」
「通信っ……また切れてます!」「再接続中ですけど“しばらくお待ちください”って出てます!」
通信担当が叫ぶ。
「エンジン3番、圧力低下! 4番、煙ですけど香ばしいです!」
整備班の報告もめちゃくちゃだ。
機関室では、マルグリットが火花の中で笑っていた。
「よしっ、ここまで来たら気合いで回すぞ!スパナ投げろ!」
カンッ!
飛んだスパナが見事に回転してバルブにヒット。煙が少しだけ静まる。
「トマトソースの匂いするのは燃料タンクだな! ま、燃えなきゃセーフ!」
「セーフじゃないですわぁああああ!!!」
ミレイユの叫びが艦内にこだまする。
そして、彼女の視線は――操縦席のリリィに向けられる。
そこには、操縦桿を握りながら、小刻みに震える少女の姿が。
「ひ、ひぃぃぃ……こわいこわいこわい……でも、でもいま引いたら落ちるぅ……!」
小声で震えるその背中に、ミレイユは絶句した。
「……こ、これは……」
「沈まない艦なんじゃなくて……」
「……沈みそうでギリギリ持ちこたえてるだけじゃないですのーー!?」
ミレイユ、ついに崩れる。
理想の“完璧回避戦術艦”は幻だった。
目の前にあるのは――騒音と火花と悲鳴に包まれた、カオスの空飛ぶポンコツバラックである。
一筋の涙すら浮かべながら、彼女は呟いた。
「……これが……生存率100%の正体……なのですわね……」
訓練はまだ終わっていなかった。
が、ミレイユの心の中では、ひとつの戦いが静かに終わっていた。
④「転:沈まない理由って…」
訓練終了後、ミレイユは迷いなく教官詰所へ向かっていた。
靴音はきびきびと、顔には決意。
(今なら間に合う。正式配属の書類はまだ手続き前。……そう、いまなら)
彼女の中には、さきほどのドタバタと火花の記憶がまだ生々しく残っている。
(私は名門で鍛えられたはず。このままこの艦にいては、成長機会を逃すかもしれない)
そう思いながら、クラウゼ号の格納ドッグを通りかかった瞬間――
耳に、笑い声が届いた。
「ハッチ溶接はーじまーるよー! 逃げろぉぉ!」
「マルグリットさん、ちゃんと溶接面してくださーい!」
「エレナ、工具返して!それドライバーじゃなくておやつのフォーク!」
そこには――さっきまでの修羅場が嘘のような、穏やかで活気ある光景があった。
ボロボロの艦体を囲みながら、クルーたちはそれぞれの仕事に集中し、時折笑い合いながら修理を進めていた。
誰かが焦っても、誰かが笑って返す。
誰かが落とせば、誰かが拾い、誰かが励ます。
その中心に――艦長・リリィの姿があった。
「……今日も無事に帰れたね。みんなのおかげだよ。ありがとう」
その言葉は、どこまでも自然で、どこまでも静かだった。
だが、それを受けたクルーたちは、口々に返す。
「艦長こそ、お疲れさまでした!」
「次はもっとまっすぐ飛べますって! 多分!」
「艦長の“ひぃぃ”があったから回避できたんですし!」
ミレイユは、そのやり取りを物陰からじっと見つめていた。
騒がしい。でも、温かい。
雑だけれど、壊れていない。
ぼそりと、彼女は呟いた。
「……でも、この艦……確かに“無事”には帰ってるのよね……」
その瞬間、背後からひとつの声がした。
「沈まない艦には、それなりの理由があるものさ」
びくっとして振り向くと、そこには――いつのまにか立っていた教官、クレメンスの姿。
(……なんでいつも忍者みたいに現れるのかしら)
と心の中で思いながら、ミレイユは声を失ったまま頷いた。
クラウゼ号は、確かに完璧ではない。
でも、なぜか沈まない。
そして、その理由は、戦術や戦力では測れないところにある――
そんな“何か”が、彼女の中に静かに芽生え始めていた。
⑤「ミレイユ、沈まない意味を少し理解する
夜の格納庫には、冷えた金属の匂いと、工具の軽やかな音だけが響いていた。
ミレイユ・フォン・カルディナは、静かに立ち尽くしていた。整備中のクラウゼ号の前で、目を見開いたまま。
「……まるで、幽霊船ね」
艦体のあちこちには、応急処置の痕がまだ生々しく残っていた。焦げた外板、擦れた塗装、繋ぎ合わせたような翼――
完璧を追い求めて育ってきたミレイユにとっては、見るに堪えないポンコツだった。
だが――
「そっち、パイプ通ったよー!」
「オッケー! 次、魔導圧チェックいきまーす!」
艦の周囲では、クルーたちが笑いながら整備作業に励んでいた。
ひとつひとつの動きに、慣れと連携があった。
そしてその中心には、艦長――リリィ・アークフェルドの姿があった。
小さな体で工具箱を抱え、ぎこちない手つきでパネルを支える彼女。
笑いながら仲間に感謝の言葉を伝え、時にはドジをして周囲に突っ込まれながらも――そこにいた。
「……今日も、無事に帰れた。みんなのおかげ」
その一言が、自然に、穏やかに口をついていた。
誰に聞かせるわけでもなく、誰かを鼓舞するでもなく。ただ、そう思っているから言葉にした、というような。
ミレイユの足が、ほんの少し前へ出た。
(あの艦は、確かに、沈んでいない。だけどそれは、戦術でも奇跡でもない)
(――この人たちが、“一緒に戻る”ことを、当たり前にしてるから)
「……でも、この艦……たしかに“無事”には、帰ってるのよね」
ぽつりと、誰にも聞かれない声が漏れたそのとき――
「おや、目が肥えてきたな」
後ろからぬるりと現れたのは、例の教官・クレメンス。
いつからいたのか、その不気味な笑みを浮かべながら、帽子のつばを軽く触った。
「沈まない艦には、それなりの理由があるものさ。なにせ――そのへっぽこ艦長が、“逃げる”を命じた時、誰ひとり迷わなかったからな」
ミレイユは黙って、クラウゼ号を見上げた。
その機体は、どう見てもエリート艦ではなかった。
けれど。
心の奥に、小さくて温かい火がともるような気がした。




