86.夜の密会ふたたび
打ち所が悪かったのか目を回しているキャロを回収した僕らは王城へと帰ることにした。いつものようにお風呂に入り夕食を食べて自室でゆっくりと過ごす。
そして夜。
もうそろそろ日付も変わる頃にそれはやってきた。
「……」
ベランダから差し込む月明かりがサッと遮られる。そこに立っていたのはタンクトップにショートパンツ姿のキャロだった。その表情は昼間とはまた違った緊張感を孕んでいた。
「こんばんわ、アル」
「いらっしゃい」
短い挨拶と共に部屋の中に招き入れる。
それにしてもキャロといいフィディといい夜中に男性の部屋に忍び込むのは常識なのだろうか。もっとも、本来王子の私室に簡単に忍び込める訳がないので、僕の方から招き入れてるって言う方が正しいのだけど。
「何か飲む?」
「いやいい」
ベッドの近くに立っていた僕のすぐ近くまで来たキャロはじっと僕の目を見つめて問いかけてきた。
「アルは」
「ん?」
「アルはガンガ病というのを知ってるか?」
「うん」
「末期の場合、その治療法は3つあるらしい。分かる?」
「そうだね。
1つはユグドラの秘薬と呼ばれる万能薬を飲ませることだ。エルフに伝わる秘薬なんだけど材料が滅多に見つからないから幻の薬とも呼ばれている。エルフの里に行っても分けてもらえないというよりそもそも残ってない可能性の方が高い。
2つめは病巣を直接切り取ってしまうこと。病巣の位置を正確に把握出来ないといけないけど知識と治癒魔法の心得があれば比較的安全に治療できる」
「うん。あたしのこの脇腹の傷も、昔ガンガ病に罹った時に切除した時の跡。
本当は跡形もなく治療出来たんだけど、その時の感謝を忘れない様にって残してもらったんだ」
「そっか……触っても良い?」
「ああ」
そっと手を伸ばしてその傷痕を触らせてもらう。
つるりとした肌は人間のものと変わりなく、傷痕もちょっと他と色が違うだけで違和感はない。
「これがあの時の」
「うん、あたしはあの時意識が無かったけど、でもこうして触られて流れ込んでくる魔力の感じは覚えてる。
アル。あの時はあたしを助けてくれてありがとう。それと気付くのが遅くなってごめん。
父ちゃんからは『名前に囚われることなく魂で見極めろ』なんて言われてたから」
「ゴブリン族の祖先は無茶な言葉を残したものだよね」
ゴブリン王国を建国した際、王となったゴブリンはゴリアンをこう定めた。
『ゴリアンとは、種族に依存せず、姿形に依存せず、言葉や名前に依存せず、ただただその魂と行いによって認めるものである』
要するにちゃんとその人の本質を見極めなさいよって事なんだけど、そんなの一朝一夕で分かるものじゃないから。
「それで、アル。3つめは何?」
静かにそう聞いてきたキャロからはどことなく期待が籠められていた。
「3つめは、進化することだね。ゴブリンは人間よりも魔族に近い存在だから進化が出来る。
進化してしまえば肉体的には生まれ変わるのと変わらないくらい変化する。
なので必然的に病気も治るって寸法だね」
「この前、熊に施したのもそれ?」
「『眷属進化』だね。あの時の熊はもう他に助かる道が無い程重傷を負ってたし、僕は他に外部から強制的に進化させる方法を知らないから」
単純に魔力を与えて進化を促せたら楽なんだけど、残念ながら他人の魔力を受け入れられる程、魂っていうのはガードが緩くない。自我を保つ為には他者と明確な壁を設ける必要があるからね。その壁を抜けるために必要なのが眷属化。
『これからお前の全ては俺のもの』
という支配によってこちらを受け入れさせるものだ。正直個人の尊厳を奪うことになるので他に選択肢があるなら僕はやりたくない。
「アル。もし今あたしにその『眷属進化』を施して欲しいって言ったら出来る?」
「!?」
「あたしは、本当なら5年前のあの時に死んでいる筈だった。
命の恩人のゴリアンを探すために森を出て、そしたらすぐに悪い奴に捕まって奴隷として売られそうなところをアルに助けてもらって。
最初は名前が同じだけの他人なのかなって思ってたんだ。
だって当時7歳の子供だぞ?あたしを助けた時は5歳って事になる。普通に考えて無いだろう。
だけどずっとアルと一緒に居て、その行動を見てきて、そして自分が倒れるのも構わず熊を助ける姿を見て間違いないって確信したんだ。この人こそがあたしのゴリアンだって。
だからアル。あたしをアルの使徒にして欲しい。
この身も魂も全てアルに捧げたい」
真摯に真っ直ぐに。実にキャロらしい。
本当ならそこまでする必要はないとか、もっと考えた方が良いとか、焦らなくても良いんじゃないかとか色々言って思い留めさせるべきなのかもしれない。
でもやっぱり僕は、真っすぐ来てくれた相手を無下には出来ないようだ。
「サラ、そこにいるね?」
「はい」
声を掛ければすっと部屋の隅から姿を現すサラ。
僕はもう慣れたけど、キャロは……平然と受け入れてる。まぁ付き合いも長くなってきたからね。
「僕は1月か2月ほど寝るから。
その間、騎士団の方はティーラとフィディに任せる。
僕の身の回りの世話はエンジュと協力してやって欲しい」
「分かりました」
「少し心配を掛けるけど命の心配は無いから安心して」
「はい」
静かに応えるサラに頷いて、僕はキャロに向き直った。
「キャロは進化が完了するまでは僕の横から離れない様に。まぁきっとほとんど動けないだろうけど。
起きた後は僕が寝ている間の警護をお願いね。サラ達以外は、父上母上とツビーは近づけても良いけど他は一切寄せ付けない様に」
「うん、わかった。
それより寝るって言うのはどうしてだ?」
「そりゃあ5年前の弱弱しい少女ならともかく、肉体的も魔力的のも成長した今のキャロを進化させようと思ったら相応の対価が必要だからね」
昔だったらゴブリンがハイゴブリンに1段階進化するくらいだったかもだけど、今なら5段階くらいすっ飛ばしてしまえるくらいにキャロは成長している。
クママの時は2、3日魔力切れでダルい位だったけど、キャロだと意識を保つことも無理だろう。それに進化そのものも一瞬でとはいかない。多分キャロもまる1日くらいは指1本動かせないんじゃないかな。
「じゃあ始めようか。
リラックスして僕の全てを受け入れて」
「う、うん。よろしく頼む」
緊張するキャロをそっと抱きしめ、その唇にキスをする。
「『眷属進化』」
「!!?」
唇から大量の魔力をキャロへと流し込んでいき、その魂と確かな繋がりを感じたところで僕の意識は静かに落ちて行った。
予想外にこの章は長くなったので最後は駆け足ぎみでした。




