84.瘴気に蝕まれた人の治療
翌朝未明。無事に領都に到着した僕は騎士団の皆に解散を言い渡した。
「皆お疲れ様。
王都に戻るまでは遠征は終わりではないけど、後は帰るだけの予定だから。
あと少なくとも今日明日は移動しない予定だからその間にしっかり休んで疲れを癒して欲しい」
「「はっ」」
「あ、あのぉ。王子。
私の耳にはここを出たらまた忙しくなるから休むなら今の内だぞと聞こえたのですが」
「えー空耳じゃない?」
日々の訓練を忙しいとは呼ばないだろうし、何か事件が起きなければ大丈夫だと思う。
「それと大丈夫だと思うけど街の人達に迷惑かけない様にね」
「「はい」」
それだけ伝えて僕は領館へと急いだ。担ぎ込まれた重傷者の元に行きたいけどどこに居るかは流石に分からないから、それを知っているだろうティーラは気配からして領館前で僕らを待っているようだ。
「ティーラ!」
「アル様、お待ちしておりました」
「重傷者は?」
「こちらです」
挨拶もそこそこにすぐに怪我をした騎士の元へと案内をお願いした。そして医務室に入った瞬間、むっとするような瘴気の臭い。うーん、これは思った以上に酷い。
重症者は5人。傷そのものはここの治療師が治してるようだけど瘴気はほぼ手付かずか。
「ここの責任者は居ないみたいだけど、挨拶しに行くのも時間が勿体ないな。
ティーラ。僕は先に応急処置を済ませて行くから誰か来たら対応しておいて」
「分かりました」
ざっと見回して一番症状の重い人の元へと駆け寄る。
「これは爪じゃなく肩口を噛み付かれたのか。よく無事だったね」
「うがっ、ぐっ」
「苦しいだろうけどまずはこれ以上悪化しない様にするからもう少しだけ辛抱してて。
『ホーリーシールド』」
患者のおでこと胸に手を当てて魔法の保護膜を作って包み込む。これでこれ以上瘴気に蝕まれて命を落としたり精神を崩壊させたりって心配はなくなる。
そうして次々に患者の元を回り保護していく。
それが終われば次は、っとお客さんか。
「む、おぬしら何をしておる!」
「あ、ザッカ先生。お待ちください」
そう入口から声を掛けてきたのは小柄な老人。見たところあの人がここの主治医だろう。ティーラが止めてくれなかったら僕に飛び掛かって来そうなくらい元気な人だ。
さて応急処置は済んだし挨拶せずに本格的な治療を始めるのはまずいか。
僕は患者から離れてザッカ先生と呼ばれた老人の元へと向かった。
「おはようございます。僕はアルファスと言います」
「ザッカじゃ。その様子では彼らの家族という訳でもなさそうじゃな。
一体なにをしておった」
「彼らの治療をこれからしようとしてた所です」
「治療じゃと? 馬鹿を言うでない。彼らは魔に深く蝕まれている。
すぐに死ぬことは無いだろうが治る見込みもほぼ無い。
家族との別れが済めば安楽死させてやるのが良いだろう」
あ、そうか。今時代の医学では瘴気は自然に抜けるか本人の対魔抵抗力に期待するしかないのか。ちゃんと知識があれば瘴気も魔力の一種だと捉えて対処出来るんだけど。
「それなら、試しに治療してみますので見ててもらっても良いですか?
患者が危険そうだったら止めて頂いて構いませんから」
「む、うむ。無駄だと思うがな。
まあ無理はするでないぞ」
「はい」
じゃあ許可も取れたことだし。僕は一番症状の重い人の元に行き(それを見たザッカ先生は「なるほど目は確かなようじゃな」と呟いていた)、傷口へと手を当てた。
「『吸魔』」
「なんじゃと!?」
患者から僕の手を伝うようにして瘴気が流れてくる。まるで風の魔法で霧を吸い込んでいるような感じだな。びゅうびゅうと、っていうと言い過ぎだけど良い感じの勢いで瘴気を吸い出し、吸い出した瘴気は反対の手のひらの上で真っ黒な球状の石になった。
「なんじゃ今のは」
「見ての通り瘴気を吸い出しただけです。
それより患者の容態を確認してもらえますか?」
「う、うむ」
慌てて頷いたザッカ先生は、患者の脈を測り顔色の確認と数カ所の触診を行って、驚いたように一つ頷いた。
「いや驚いた。治癒師になって50年。瘴気に蝕まれた者が治るなど夢にも思わなんだ」
どうやら無事に治療が成功したとお墨付きを貰えたようだ。僕から見ても呼吸も穏やかになったし、あとは失われた体力が回復すれば元のように活動できるだろう。
じゃあ残りの4人も同様に治療して行こうかな。
そうして大して時間も掛からずそこに居た全員から瘴気を抜き取ることに成功した。なら次は別室にいるであろうもう少し症状の軽い人達も多少なりとも瘴気に蝕まれているだろうから治療して回ろう。
「って、待つのじゃお主!」
部屋を出ようとしたら慌てたザッカ先生に呼び止められた。
「あれ、何か問題がありました?」
「問題は無いがむしろ問題が無いのが問題じゃ」
「んん?」
「お主のその医術、一体誰から学んだのじゃ!?」
ああそっか。こんな子供が恐らく一般的には知られていない瘴気の治療法を知っていることに疑問を持ったのか。まあ当たり前と言えば当たり前か。そしてこういう時の回答は決まっている。
「アルフィリア教の伝道師からです。
あ、一応言っておくと最近の怪しい新アルフィリア教とは別ですからね」
「む、つまり古代医術か。
その伝道師殿は今どこに?」
「さあ。伝道師というくらいですから方々を渡り歩いてるんじゃないでしょうか」
僕がそうだとは流石に言えないしね。悪いけど紹介して欲しいと言われても困る。
「瘴気の治療法であれば、コツくらいなら教えますよ」
「本当か!?」
「はい。といっても、要は瘴気をちょっと澱んだ魔力だと考えるだけです。
先生なら患者に魔力を流したり、外部から患者の魔力を操作したり出来ますよね?
僕は今回吸い取りましたけど、逆に押し出すようにしても大丈夫ですよ」
「澱んだ魔力か。なるほど」
「注意すべき点は抜き取った瘴気の扱いです。
放置しておくと他の患者や先生に憑りついたり、魔物化する恐れがあるので散らしてあげたり浄化したり、僕みたいに魔石の形で固定化してあげる必要があります」
まあ魔石にするのはちょっとコツが要るけどね。
でもこれだけ伝えれば先生なら十分に治療に活かしてくれるだろう。




