80.魔物と魔獣と横やり
ティーラ達と別れてからまる1日が経った。僕たちは今、山の中腹にほど近い所まで来ている。
「昨夜、麓の方から人の叫び声のようなものが聞こえて来たけど何だったんだろうね」
「アル様の言いつけを破ってティーラさんが山に入ったとは考えにくいですよね」
「むしろ魔物が釣れなくて暇だからって騎士団員に特訓させてたりして」
「あぁそれはありそうだ」
いやでも夜中に特訓は、出先では流石にしないだろう。不定期に魔物の襲撃もある訳だし。とすると考えられるのは子爵の所の騎士団か?意外と早く着いたなというのと、何を思って夜の森に入ろうと考えたのか帰ったら確認しておいた方が良さそうだな。
「グオオオオッ」
「ガアアアッ」
「「!?」」
山の間を抜けて聞こえてきた雄叫びに僕らは顔を見合わせる。
続く振動は恐らく大型の魔物同士が激戦を繰り広げた結果か。その振動は断続的に今も続いている。
「行ってみよう」
「はいっ」
声のした方に急ぎ駆け抜けた僕らが見たのは、全長3メートル近い熊と、それより更に大きい熊のぶつかり合いだった。
彼らが腕を振るう度に地面が揺れ、巻き添えを食らった大木が木っ端のように吹き飛んでいく。
僕らはある程度距離を空けてその様子を窺う事にした。
「なんだ、同士討ちか?」
「熊は縄張り意識も強いですから、どちらかが境界を踏み越えてやってきたと見るべきでしょうね」
言っている間に小柄な方の熊が吹き飛ばされた。やはり同種族だし大きいイコール強いという構図はそう簡単に崩れないか。それでも大きい方もそれなりにダメージを受けている辺り、スキルという意味では小柄な方が勝っているのか。
……いやそうとも限らないか。
「それでアル様。もうすぐ決着が着きそうですし、あれの決着が着いたら勝った方を私達で討伐しますか?」
「いや。すぐに介入しよう」
再び吹き飛ばされた小柄な熊は、何とか立ち上がろうとして藻掻くも足に力が入らないようだ。それを見て勝利を確信した大きい熊が悠然と近づいていくと、いつの間にか1メートル程の子熊が2匹その足に体当たりをしていた。
しかし体格差があり過ぎる。子熊たちはあっさりと蹴り飛ばしてしまった。
「ギャイン」
「ギャイン」
「グオオォン」
吹き飛ばされぐったりとする子熊たちを見て必死に立ち上がろうとする小柄な熊。しかし無常にもすぐ近くまでやってきた大きい熊がその丸太のような腕を振り上げ、頭目掛けて振り下ろした。
パキィン!
山に響いたのは甲高い音。それは今しがた振り下ろされた熊の爪が砕けた音だ。
「ごめんね。これが自然の摂理だというなら見て見ぬふりをすべきなんだろうけど。
残念ながら僕は誰かを護ろうとする人の味方なんだ。
ま、今回は人じゃなくて熊だけど」
子供を護りたいという親の心は人だろうと熊だろうと変わらない。
それと近くに来てみて分かった事だけど、この2体の熊は似ているようで状態がちょっと違った。小柄な方はまだ理性が残っている魔獣で、大きい方は完全に瘴気に飲まれた魔物になってしまっている。だからと言って見逃してあげる訳じゃないけど。
「さてここからは選手交代だ」
「グルルルッ、ガアッ」
僕に対して連続して拳を振るい続ける魔物。まるで空から巨大な岩が降ってくるような衝撃だ。それが5回6回と繰り返す頃には血しぶきが舞っていた。それはもちろん僕のではない。殴っている魔物の腕が砕けた結果だ。
しかし魔物は痛みを感じないかのように繰り返し殴り続けてきた。
「続ければ僕の防御を突破出来るかもって考えてるのかもしれないけど、残念だけど僕に与えられた衝撃はほぼ全て地面に逃がしている。
君が山すら吹き飛ばす剛腕の持ち主ならともかく、今のままじゃ勝ち目はないよ。
まあ言っても聞こえていないか」
そして遂にはボギッと鈍い音と共に肩が砕け腕が使い物にならなくなった。
腕が使えなければどうするか。残念ながら魔物に逃げるという思考回路を持つ者は少ない。なら当然攻める。相手は自分から比べれば子供みたいな大きさだ。自身の巨体で押し潰すのもありだし、何よりまだ武器は残っている。
「グガアッ!!」
大きく口を開けば噛み付くどころか丸飲みに出来そうだ。だけどそれは同時に弱点の頭部を僕に近づけるという実に危険な行為だ。そしてそれを見逃す気はない。
「『浸透勁』」
踏み込み、魔物の下に自分の身体を潜り込ませる。そして丁度真上に来た奴の顎を持っていた盾で叩き上げた。すると魔物の身体がぐるりと後ろに反り返り倒れた。数秒待ってみても起き上がる様子はない。
「アル様。ご無事ですか?」
「うん、こっちは今終わった所。そっちは?」
「はい、子熊たちは無事です」
サラとキャロには吹き飛ばされた子熊たちの救助をお願いしてたんだけど、どうやら大したダメージは受けていなかったようだ。今はキャロの肩に担ぎ上げられるようにしてこっちに運ばれて、っと親熊が見えた途端慌てて飛び出してきた。あの様子なら元気そうだな。
「それで、アル。こっちの魔物は動かないんだけど倒したのか?」
「まあね」
キャロが足で魔物を突いて様子を見ている。腕以外はほぼ無傷だからね。さっきの攻撃は上手く衝撃を頭蓋骨の内側に纏めたからぱっと見、寝ているようにも見えるけど頭を切り開けばその中身はぐちゃぐちゃになっている事だろう。
そっちの解体はキャロに任せて僕は熊の親子へと向き直った。
「さてと」
「グォ」
「クゥン」
「クゥン」
力なく倒れたままの親熊とその身体にすり寄る子熊2頭。僕が近づいても警戒する余裕も無いようだ。あー親熊はもう風前の灯火だな。このままじゃまず助からないし、治癒魔法ではもう間に合わないと思う。さっきまでは子熊を護る一心で繋ぎ止めていた意識も一番の脅威が去ったことで安心して眠ろうとしている。
だけど子供を残して親が死ぬなんて僕の前では許したくはない。
『熊さん。僕の言葉は分かる?』
「グォン」
以前、白狼にやったように言葉を魔力に乗せて送れば無事に僕の伝えたい事は伝わりそうだ。
よし、なら。
『今の僕には君の命を救う方法が1つだけある。
だけどそれをすると君の尊厳や大事なものを幾つも奪う事になるんだ。
それでも助かりたい?』
「グォ?」
『うん、子供たちには何もしない。
命が助かった後は今まで通り君と一緒だ』
「グァ」
子供たちは助かると聞いた親熊は1も2もなく頷いた。
よし後は僕が頑張るだけだな。
「サラ。ナイフを貸して」
「はい、どうぞ」
「ありがと」
僕は魔力を練り上げながらサラから受け取ったナイフで自分の腕を切った。
ボトボトと流れ落ちる血が親熊へと降り注ぎ、同時にその身を僕の魔力が包み込む。周りの皆が何が起きてるのかと固唾を飲んで見守る中、僕は1つの魔法を発動させた。
「『眷属転生』」
「グオオオオン」
魔法の発動と共に光に包まれた親熊は、みるみるその姿を小さくしていき、それでも2メートル足らずの巨体なんだけど、光が収まった時には怪我ひとつない元気な姿に生まれ変わっていた。
「…………まさかゴリアン?」




