69.見えていなかった世界
~~ ツバイク Side続き ~~
そうして父上の執務室に入ると、当然仕事中の父上が忙しそうにしながらこちらをチラリと見た。いや正確にはアル兄を見た、だな。
「待っていたぞアルファス。済まんが早速取り掛かってくれ」
「はい」
アル兄は特に説明されるでもなく、書類が山積みになっている机へと向かって行った。この様子からして今日が初めてではないのだろう。
「ん?今日はツバイクも一緒か。何か急ぎの用でもあったのか?」
「え、あ、いえ」
「父上。ツビーは僕が呼びました。
ここに来る途中で偶然会ったので、父上の仕事姿を見るのも良い勉強かなと思いまして」
「ふむ」
言いながらアル兄も父上も凄いスピードで書類を捌いていた。あれでちゃんと書類の内容は読めているんだろうか。
って、ちょっと待て。さも平然としてるけどアル兄は一体何をしているんだ?まさかここに来て父上のマネをして書類をペラペラ捲って遊んでいるだけ、なんて事はないだろう。ということは、父上の仕事を手伝っている?
俺がアル兄に驚いている間に父上は結論を出したようだ。
「よし、ではツバイクはアルファスの補佐をしなさい」
「は、はい」
控えていた文官が椅子を用意してくれて、それに座りながらアル兄の作業を見る。
アル兄は左の書類の山から順に1枚取り出してはその書類の右上に〇を書き加えて右の山に積んでいく。かと思えば時々何かを書き加えて別の箱の中に入れて行く。そっちは入れられた瞬間、すぐに文官が取り出し、内容を確認しては慌てて執務室を出て行く。
補佐と言われたけどさっぱり分からない。少なくともこんな事は教わっていない。
「なあアル兄。これは何をやっているんだ?」
「書類の精査、かな。
ここまで上がってくる間に何度かチェックは入ってるんだけどね。それでも父上まで上げずに判断できるものもあれば、逆にちょっと検討が足りない書類なんかもあるんだ。他にも数字を誤魔化してある奴とか。そう言うのはこうして『やり直し!』って送り返したりしてるんだよ」
「は……?」
そんなのぱっと見で分かる訳無いだろうと言いたい。でも実際に突き返す前の書類を見せてもらって「ここの木材の仕入れ値段。0が1個多いの分かる?」とか「これはきっと私的利用したお金を経費に上乗せしてるよ」とか言われても、普段から数字を見慣れてないと分からないし、言われるまで気付くのは難しいだろう。
「あ、これはツビーにも関係のある書類だ」
「え?」
そう言って渡されたのは王国内の魔物による被害状況の報告書のようだった。ようだったというのは地名と魔物の名前と被害の内容が乱雑に並べられててぱっと見何を書いてるのか読み取れない。
「こういうのは書式を整理させないと仕事が増えるいっぽうだよね」
「あ、うん。それでこれはどう読めばいいんだ?」
「それは、あ、そうだ。こっちに来て」
椅子から立ち上がり壁に掛けられている地図の前に俺を連れて来たアル兄は、書類の内容と地図を指差しながら内容を説明してくれた。
「王都がここで、この前まで僕がお世話になっていたバックラー伯爵領が王都から西に行ったここ。
で、この書類によるとどうやら西側はウェアウルフを始めとした狼系の魔物を中心に増えてるみたい。
対して北側はゴブリンで、東側は熊系の魔物。多分ここまで明確に分かれたってことはきっとボスが発生してると思う。
それさえ倒せれば後は自然淘汰される部分もあるから被害はだいぶ抑えられるんじゃないかな。
要約するとこんな感じ」
「この汚い文章にそこまでの情報が詰められてるのか」
俺の呟きに苦笑いのアル兄。一転、にっこり笑って問いかけて来た。
「じゃあここから僕らの考えるお仕事だ。
この大量発生している魔物、どうやって退治しようか」
「え、そりゃあ騎士団を派遣してボスを討伐すれば良いんじゃないか?」
「うん。その為にはどれくらいの兵力が必要?」
「え、えっと。全軍を挙げてじゃダメだよな」
「そうだね。全軍を動かすとなると莫大な費用が掛かるし、その間王都の護りはどうするのかって問題もある。
今は静かな隣国だけど、当然間諜は潜んでいるだろうし、王都が空になるという情報を手に入れたら一気呵成に宣戦布告して攻め込んでくる可能性も無くは無い。
そうすると国境守備軍が頑張って時間稼ぎをしてくれても王都が陥落する前に騎士団が戻ってこれるかは賭けだと思う。
他にもこの盾の王国は各土地持ちの貴族は自前の騎士団を創っている。これは名目上は魔物や盗賊を相手にする為なんだけど、下剋上を狙って王都に攻め入る可能性は、これもゼロではない。むしろ隣国が攻めてくるよりもあり得るかな。
そんな訳で全軍出撃は無理なんだ。少なくとも近衛軍と1騎士団くらいは残さないといけない」
「な、なるほど……」
他国が攻めてくるのは何となく分かるけど、自国の中も注意しないといけないなんて。そんなこと考えたことも無かった。
「それにやり方によっては騎士団の動員は最小限で良いかもしれないよ」
「え、どうするんだ?」
「一つは魔物ハンターギルドに依頼を出す。
懸賞金をちょっと多めに出せば上級ハンターの人達が動いてくれるよ。
他にも、こう、東側の魔物を北に追い立てて、北側の魔物と相討ちをさせるとか」
「そんなことできるのか?」
「風向き次第だけど、南側で熊の嫌がる臭いの煙を炊いてやって北二誘導してあげれば行けるかも。
でもかなり地味な作業だし確実性は低いからおすすめはしないかな」
「そっか」
先生から学んだ兵法だと、戦いはまず相手よりも多くの兵士を動員出来るかどうかで勝敗は半分決まるって言われたけど、それだけではないんだな。
「それでここからが本題なんだけど。
ツビー。どっちを担当したい?」
「……は?」
どっちって。それじゃあまるで俺とアル兄で分担して対応するように聞こえる。あ、そういえば近々騎士団で遠征があるって言ってたけどこの事か。
ただどっちと言われても検討材料が魔物の種類しかないし何とも言えない。
「えっと、アル兄はどっちが良いとかあるのか?」
「出来れば東側かな。僕の仲間にゴブリン王国出身の子が居るし。
ちなみにゴブリンを相手にするなら個の強さよりも数で攻めるのがお勧めだよ。
それこそ第二騎士団総出で行って短期決戦で蹴散らしてくるのが良いんじゃないかな」
「そっか。ゴブリン相手なら俺だって戦えるしな」
熊の魔物を相手に出来るかと言われたら、多分正面からだと無理だろう。その点ゴブリンなら体の大きさも俺とそれほど変わらないはずだし1対1ならきっと勝てる。
「という感じの話を第二騎士団の人達と話し合って決めてきて欲しい。
行くのはほぼ確定だから、どれくらいの規模でとか、いつ出発するのか、とかその辺りを詰めてきてね」
「わ、わかった」
アル兄に見送られながら執務室を出てきた。その瞬間、どっと疲れが出てきて思わず膝をついてしまった。
それをみて扉の前で待っていてくれたドングルが慌てて声を掛けて来た。
「つ、ツバイク王子。大丈夫ですか?」
「あ、あぁ。済まない。大丈夫だ」
ほんの1時間だけどこれだけで分かったことがある。今の俺じゃあアル兄の足元にも及ばないってことだ。




