68.俺がこの国を護ってやる
~~ ツバイク Side ~~
アル兄が王都に帰って来た。
俺の中のアル兄の記憶は5年前のもの。ほぼ毎日のようにベッドに横になっていて、いつもよく分からない分厚い本を読んでいて、そして時々寂しそうに窓から外を見ていた。
アル兄の主治医は手の施しようもなくもう長くはないかもしれない、なんて話していた。たとえ命までは落とさなくても王太子としての激務は無理だろうと。
だから俺はアル兄が安心して休めるように、俺が代わりに王太子になってこの国を護って行くんだと決めた。難しい勉強にも頑張って取り組み、剣術や魔術も全力で取り組んだ。そのお陰もあって最近では魔力強化さえすれば第二騎士団の人達とも互角に剣を合わせられるようになってきた。
「いやぁ流石はツバイク王子。実に筋がよろしい。
これは15歳になる頃には騎士団長からも1本取れるようになるかもしれませんな」
お世辞込みだとは分かっていても褒めれると嬉しいものだ。
そうそう、この国では昔からの慣習で王子の護衛に付く騎士団は第一王子には第一騎士団が、第二王子つまり俺には第二騎士団が付くことになっている。2つの騎士団は上下ではなく対等なライバル関係なのだそうだ。その証拠に第二騎士団にも公爵家の者が多数在籍している。
ここ数年の式典では俺が出席する場合は俺を中心に第二騎士団が配置されていたので、どちらかと言えば第二騎士団の方が目立っていた事だろう。
しかしそこにアル兄が帰って来た。今後はアル兄も式典に参加することだろうし、そうなれば騎士団の出番は2つの騎士団で半々となるのだろうか。
「アルファス王子は今更王都に戻って来て何のつもりなのでしょう」
「そうです。ツバイク王子が居てくだされば王国の未来は安泰でしょうに。
田舎に逃げ込んだのであればそのままで居れば余計な継承権争いなども起きないのに」
「……?」
時々、彼らは訳の分からない事を言っている。アル兄が田舎に逃げ込んだ? 単純に病気療養の為に一時的に閑静な地に移っただけで、元気になれば戻ってくるのは当たり前だろう。
それにまだ現時点ではアル兄が王位継承権第一位だ。だから彼らの言ってることは父上の耳に入ればそれだけで厳罰対象になり得るのだけど分かっていないのだろうか。むしろ放っておくと本当に罰せられそうなので心配になった俺は母上に相談した。すると。
「あなたは優しい子ねツバイク。でも安心して。何も問題ないわ。
あなたほど優秀な子供が居るのですもの。ほんの数か月差の生まれの順で優劣が決まったりしないわ。
生まれてすぐに病気になってしまう弱い子供に王は務まらないもの。
陛下もあなたが成人を迎える頃には誰が王太子に相応しいかご判断される筈よ。
だから心配せずあなたは彼らが将来自分の部下になった時の事を考えてれば良いの。
その為の根回しとかは私の方でやっておくから」
母上がそう言うのだからそうなのだろう。
だけど。先日アル兄がちょうど王都に戻って来たところに会ったけど、5年ぶりに再会したアル兄は見違えるほどに成長していた。あの力強くも優しい眼差しは父上にそっくりだった。俺だってこの5年間、たゆまず努力を続けてきた自覚はあるけど、それでもあのアル兄と自分を比べた時、どちらが優れているのかは正直分からない。
「そういえばアルファス王子といえば余り良くない噂を耳にしますね」
「良くない噂、ですか?」
「何でも療養先から何人も女性を連れてきて城内で囲っているそうよ」
「あ、それなら俺も見ました」
あの時は久しぶりのアル兄との再会だったからそれどころじゃなかったけど、思い返してみれば不思議な風貌の女性が沢山居た。
「しかも今は第一騎士団に所属していた女性騎士まで引き抜いて別宅で遊んでいるそうよ。
そのお陰でタージ騎士団長も相当ご立腹なのだとか。
ツバイクは決してそのようなことの無いように。女性にだらしない者は立派な為政者にはなれませんからね」
「はい、母上」
そうか。最初のあの時以来、アル兄を見かけないと思ったら別宅に移っていたのか。
俺が日々勉学に励んでいる間に遊び惚けているのはちょっと見過ごせないな。一度別宅に乗り込んで家族として一言言ってきた方が良いかもしれない。
そう考えていたある日の午後。俺は城内で見覚えのある後ろ姿を見つけて声を掛けた。
「アル兄!」
「やあ、ツビー。こんにちは」
落ち着いて振り返るアル兄は、やっぱり同い年の筈なのにどこか大人びた印象がある。
「アル兄、別宅に行ってるって聞いたけど、今日はどうしたんだ?」
「うん。これから父上に会いに行くところだよ」
まるで何でもない事のように言うけど、本来父上に会おうと思ったら家族であっても朝晩の短い時間だけの筈だ。
「父上はこの時間、政務で忙しいだろう」
「まあだから行くんだけどね。ってそうだ。時間があるならツビーも一緒に行く?」
この後は後ろに控えている人たちと乗馬の練習をする予定だ。けど、それ以上にアル兄が何をしているのかが気になる。だからその提案に頷くことにした。
「分かった。一緒に行くよ。
そう言う訳だからお前達。済まないが今日の予定はキャンセルだ。
他の者たちにも伝えておいてくれ」
「え、そんな」
「それなら俺たちもご一緒しますよ」
「あ、残念だけどこの中で連れて行けるのはツビーだけだよ」
いつものように媚びるように俺に追従しようとするふたりだったけど、アル兄がピシャリと断った。まあ当然だな。執務中の父上に会いに行くのだ。元々約束していたアル兄と、家族もしくは王族の俺は許されるかもしれないけど、侯爵家の息子と伯爵家の息子では当然門前払いだ。
だけどそれがふたりには気に食わなかったらしい。
「なんだとっ」
「俺たちじゃダメだって言うのか。貧弱放蕩王子の癖、ひぃっ」
言い終える前に突然叫び声をあげて尻餅をつくふたり。
多分だけどアル兄の後ろに居るメイドが何かしたのだろう。笑顔で静かにたたずんでいるだけなのに言い知れぬ圧を感じるし。
「じゃあいこっか」
「あ、ああ」
「部屋の前までお供します」
腰を抜かしたふたりを無視して歩き始めたアル兄に慌てて付いていく。あと第二騎士団から派遣されてきている騎士のドングルも何事もなかったように俺の後をついてきた。




