49.アルフィリアの伝道師
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ゆさゆさと心地よい振動が与えられる。どうやら私の身体が誰かにやさしくゆすられているようだ。
「アルフ。ほら起きてアルフ」
その私の人生の中で最も長く聞き続けてきた声が私をまどろみから呼び覚ます。実はもう起きてるんだけど、この声をもっと聴きたくてベッドの中でのんびりしている事を知られたらきっと怒られることだろう。
仕方ないので私は目を開けて彼女に挨拶を送った。
「おはようフィリア」
「ええおはよう。体調はどう?」
「ああ、少しズキズキするけど問題ない」
「全く。強くも無いのに飲み過ぎるからよ」
昨夜はこの村の人達と快気祝いと弔いを兼ねて盛大に宴会を行っていたからね。私も主賓のひとりとして皆から歓待を受けて勧められるままに酒杯を交わし続けてしまった。それでも二日酔いが起きれない程では無いのは寝る前に飲んだ薬湯のお陰だろう。
「よし、じゃあみんなが酔いつぶれている間に村を出ようか」
「ええ。準備はもう済んでいるわ」
フィリアと2人。自分たちの荷物を背負って宛がわれた小屋を出れば朝焼けに染まる空が綺麗だった。
視線を少し下げれば昨日のどんちゃん騒ぎの跡がまだ残っている。というか酔いつぶれているおじさんとかが多数ゴロゴロ寝ている。まぁ今は夏だし風邪をひく事も無いだろう。
そして。反対側を見ればそこにあるのは墓標。先週まで猛威を振るっていた伝染病で亡くなってしまった人たちがそこで眠っている。
「結局、半数も救えなかったな」
「アルフのせいじゃないわ。
私達が来た時にはもうほとんど手遅れだったもの。
半数救えたのも奇跡に近いのよ」
「そう、だな」
今の世の中、情報の伝達速度はそれ程速くは無い。特にここみたいな小さな村だと近隣の村でも1週間。街とは1月に1回連絡を取るかどうかだろう。病気が発生しても報せが届くころには手遅れなんてことは何度も経験してきた。
「人ひとりではやれることに限界があるか」
「そうね。あ、でもそこはひとりじゃなくてふたりね」
「ああ。いつも頼りにさせてもらってるよ」
実際私一人だったらずっと前にこの現状に絶望して山の奥で一人静かに暮らす道を選んでいたと思う。
「そういえば聞いたか」
「なにを?」
「『アルフィリア慈善団体』の噂」
「あぁ、あれね。まさかこんな小さな村にまで伝わってたのは驚いたわ」
まったく誰が始めたのか知らないけど。
噂の内容を聞けば何故かその団体の永久顧問として私達が据えられているらしい。というか団体名も私達の名前から取ってアルフィリアになったとか。
まぁ良いけどな、名前くらい。別に顔が知られている訳でも無し、何か聞かれても知らぬ存ぜぬで通すだけだ。実際私達がその団体として活動している訳ではないし。
「と、あまりのんびりしていると誰か起き出してくるから行くか」
「そうね。……こんな事を繰り返してるから噂になるんでしょうけど」
「ん、何か言ったか?」
「いいえ何も。愛していますわ無欲な旦那様」
そうして私達は身を寄せ合って村を出て行った。所詮私達はただの旅の薬師だからな。着の身着のまま北へ南へ。二人分の食事くらいならよほど酷いところに行かなければ野草と野獣の肉で事足りる。路銀が心許なければ街に寄って道中で作った薬を販売したり魔物ハンターの真似事をすれば十分だ。
だから、私達に礼金は必要ない。病気を治した対価は患者とその家族の笑顔と相場は決まっている。そのおまけでご飯やお酒を振る舞ってもらう事もあるけど。
そんなふたりの後ろ姿を、村の人達は家の中から静かに見送っていた。手を合わせ涙を流し感謝を口にしながら。
「アルフ様とフィリア様。あのお二人が来なければ私達全員死んでいたのよね」
「ああ。やはり、あのおふたりがアルフィリアの伝道師だったんだろう」
「本当にお噂通り。謝礼を受け取るのもそこそこに、病人がいなくなれば夜明け前に出て行ってしまう」
「私達はまだまだお礼し足りないというのにな」
「だけど引き留めては駄目だぞ。きっとあのお二人を必要としている者はまだまだ大勢居るのだから」
「分かっています。感謝は別の形で。
生き延びた私達は日々を笑顔で過ごし、溢れる感謝を隣人へと送りましょう」
感謝は静かに、けれど確実に広がって行く。村から村へ、そして町へ国へと。
そして時は流れ、アルフィリア慈善団体はアルフィリア教へと呼び名を変え、世界中へと広がっていった。
アルフィリア教の教義はただ一つ。
『溢れる程に幸せになりなさい。そしてその溢れた幸せを隣人にも分けてあげなさい』
幸せの形は人によって違う。だけど確かな事は自分が幸せじゃないと他人を幸せには出来ないという事。だからアルフィリアの信者は自己犠牲ではいけない。自分の幸せを切り売りするような行為も間違っているし、それで相手から同情されるようでは意味がない。
その教えを胸にアルフィリア教の信者は、伝道師に救われた人達は、幸せになる為に日々を全力で生きて行く。それは結果として国を豊かにしていく事となり、幾つかの国では国教として取り入れていった。
ただしアルフィリア教は他の宗教とは異なり教会も建てなければ教皇や司祭やといった役職もない。特定の祈りや儀式も無い。存在するのはその教えと、かつて存在したと言われるアルフィリアという聖者に倣ってその教えを伝え歩く伝道師のみ。




