48.変毒為薬
半狂乱になっていた少女の嘔吐物を浴びせられた僕は、見た瞬間この子も病魔に蝕まれているのは分かったからこうなることもあるだろうなと冷静だった。問題はそれを見ていたサラだ。
「いやぁ! アル様。アル様!!」
「っ!?」
少女が驚いて動きを止める程、絶望した叫び声をあげてサラは嘔吐物にまみれた僕に抱き着こうとしたけど、それはダメだ。
「『バッシュ』」
「ぐふっ」
咄嗟に無事だった左手でサラを突き飛ばした。あ、ちょっと加減を間違えたかな。サラは開け放たれた扉から家の外まで飛んでいってしまった。まぁサラならあれくらいじゃ怪我はしないだろう。ほら、もう立ち上がったし。
って、今の姿を見られたらまた飛び掛かってきそうだな。
「フィディお願い」
「ええ。『ウォーターボール』」
ざばっ
生み出された特大の水球が僕と、ついでに隣の少女まで一緒に洗い流してくれた。全身びしょ濡れだけどまぁ仕方ないか。
「皆の所に戻ろう」
「いいの? その娘は。それにあなたも病気が罹ったんじゃ」
「さあ。とにかく残念だけど僕も死んだ人を蘇らせる方法は知らないんだ」
何も知らない僕が彼女を慰めることも出来ない。それにそんなことをしても手遅れになる人が増えるだけだろう。今ので僕も病気になるかもだけど症状が出ていない今は心配してもしょうがない。
「アル様。アル様!」
「はいはい。大丈夫だから。戻るよサラ」
慌てて駆け寄ってくるサラを押し留めつつ僕らは騎士団の野営地へと戻った。野営地は、もうそれなりに形になってるな。
それに僕らが来たことを聞きつけた、まだ病気になっていない村人たちが集まってきててデルタが彼らの応対に追われていた。
「あんた達、俺たちを助けに来てくれたのか」
「ありがてえ。俺の息子は助かるだろうか」
「うちのお父さんなんてもう3週間以上寝込んでるんだ。このままじゃ死んじまうよ」
「落ち着いてください。みなさん。
私達は皆さんを救うために全力を尽くしますので!」
誰も彼もが自分の家族や友人が病で倒れてるんだ。気が気じゃない。中には既に亡くなってしまった人も何人も居るだろう。それに村の人達ではこの病気がどういうものか分からないだろう。だから明日は自分が発症しているかもしれないという恐怖にも駆られているはずだ。早く何とかしてあげないと。
「ティーラ、薬の準備はどう?」
「は、はい。ご命令の通りに造り続けています。今で酒樽で3つほど。今煮込んでいるのが完成すれば合計4樽分は出来そうです」
視察に出る前にティーラにはテング草とクッコロ茸を指定した割合と水分量と時間で煮込んで薬の作成をお願いしておいた。鍋の中には黒っぽい紫色の液体で満たされている。
僕は薬液の詰まった樽の中身を見て、問題ない事を確認して最後の仕上げとして毒バチの巣を粉々に砕きながら投入していった。よし、これで行けるはずだ。
「手の空いた者は集合してくれ!」
「「はいっ」」
風のように素早く集まった面々に僕はこれからの流れを説明していく。
「薬を配布する前に薬の説明とデモンストレーションとして僕が最初の1杯を飲んで見せる。
その後の事はデルタに指揮を預けるから、出来る限り多くの村人を助けてあげて欲しい。
頼んだよ」
「「はっ!」」
そう言って締めくくった僕の言葉を騎士団の皆は神妙な面持ちで、サラは顔を青くして聞いていた。
「あの、何もアル様が飲まなくても。その薬、かなり危険が伴うんですよね?」
「僕もさっきので罹患した可能性があるからどのみち飲まないと。
それに民に危険を強いて後ろでふんぞり返っている為政者にはなりたくないからね」
僕の言葉を聞いて、納得は到底できないだろうけど、それでもグッと堪えてくれたサラに小さくお礼を言って、僕はバーラさんを伴って演台へと登った。僕の手にはコップが1つ。
今、僕の目の前にはこの村でまだ元気に動ける村の人全員が集まっている。先ほど僕に嘔吐物を吐いた少女もまだ症状が軽いみたいで集団の最後尾の方に立っているのが見えた。みんな子供と老婆が代表として出てきたことになんなんだという顔をしている。
よし、じゃあやるか。
「ギュッテン村の皆さん。僕はアイギス王国の第1王子アルファスです」
「「!!!」」
僕の第1声にサラとティーラを除く全員が驚いた顔をしていた。そういえばバックラー領に来てから1度もそう名乗った事はなかったか。でもこういう時は肩書って大事だからね。僕のこの肩書が少しでもこの後の話に信憑性を与えてくれるなら使わない手は無い。
「今この村を襲っている病気は黒斑病と呼ばれるものです。
その病気の正体は体内に入り込んだ砂粒のように小さな魔物です」
「魔物だって!?」
「そんな小さな魔物が居るのか」
一言一言、しっかりと村人たちに伝わるように話していく。疑問の声も上がるがこちらは絶対間違っていないと示す為にも自信満々に証拠も伝えて行こう。
「今から1月と少し前、この地域に大雨が降らなかったでしょうか。この魔物はその大雨によって発生するのです」
「確かに降ったな」
「ああ、あれは酷い大雨だった」
正確には大雨によって付近の山に存在する病原体の発生源から流されて村人を襲ったんだけど、そういう細かい話は言っても仕方ないから分かりやすく省略していく。
「この病気を治すには、体内に巣食っている魔物を死滅させる以外にありません。
その為の薬も私達は用意してあります」
「「おおっ」」
「ただし!
薬をお配りする前にお伝えしないといけない事があります。
この薬を飲んでも重症の人、弱っている人の多くは助からないでしょう」
「「そんな!!」」
僕の言葉を聞いて静まり返る広場。だけどここは正直に、誠意を持って伝えなければ。残念ながら全員が助かるなんて言えないし、何も言わずに投薬して死者が大勢出れば恨みを買う結果になるだろう。
だから最悪僕の話を聞いてそんな薬は飲みたくないと言われても僕は強制する気はない。
「今からお配りする薬はテング草とクッコロ茸を混ぜたものです。
ご存じの人も多いと思いますが、これを飲むと三日三晩高熱にうなされます。
その熱で体内の病魔を殺します」
「なんだって!? 俺達に毒を飲めって言うのか!」
「まさか治療だと偽って俺達全員を殺す気じゃないだろうな!!」
「落ち着いてください。話はまだ終わっていません」
暴れ出そうとする村人たちを騎士団の人達で抑えてもらって僕は話を続ける。
「安心してください。僕たちは皆さんを決して見捨てません。
その証拠にまず配る薬ですが、こちらにいらっしゃいます伝説の薬師バーラ様の監修の元に作ったものです。
この方は300年前から続くアルフィリア教の伝道師であり、古来より伝わる秘薬の数々を今に伝える生きた国宝なのです。
この薬も病魔を殺しつつ極力人体には負担がかからない様にと調整して頂きました」
そう宣言すれば隣にいるバーラさんも鷹揚に頷いて見せる。その貫禄と相まって話に信憑性が生まれる。そんな凄い人が作った薬なら大丈夫かもしれないと思って貰えれば儲けものだ。というか実はバーラさんにはこの為だけに来てもらったと言っても過言ではない。
そしてここからが勝負だ。
「僕は、アイギス王国の王家は国民の最強の盾となるべしと言われて育てられてきました。
だから皆さんだけに危ない橋を渡らせるような真似はさせません。
僕が今持っているのは皆さんにこの後お配りする薬の、希釈する前の原液です。
これを飲めば恐らく3日どころか5日は42度を超える高熱に襲われ苦しみで藻掻き続ける事でしょう。それでも、僕は耐え抜き必ず5日後にまた皆さんの前に立ちます。
だから皆さん。皆さんとそのご家族も3日、何とか耐えきって5日後に元気な姿でお会いしましょう」
言って僕は手に持っていたコップの中身を飲み干した。
瞬間、喉を焼くような高熱が腹の中を駆け巡り、僕はそのまま倒れた。
遠くでサラの叫び声やバーラさんが「本気で原液のまま飲む馬鹿があるかい」って怒鳴る声が聞こえたけど、そのまま僕の意識は途切れた。




