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8)もう一度呼んで

 舞踏会から帰還して数日――旦那様が少し優しくなった気がする。

 寝る時も背中は向けなくなったし。

 かと言ってエッチしたわけではない。ぐぬぬ……!

 上向いて寝てくれてるから、横顔見れるけど!!(鼻血)


 で、


 ある時、旦那様の執務室にお茶を届けると……


「アリエン、領地経営の基本を学んでくれ。まずは……」


 え? 今、何て?

 いつも『君』としか呼ばれなかったのに、名前で呼ばれた!?


 思わず「は え ?」とアホ面で返事してしまった!

 旦那様は「蝿なんていないぞ!」と言ったけど、そうでなくてですね!


「旦那様……い、今、アリエンて……私の名前を……? 有り得ん!」


 カタカタ震えながら返すと、旦那様は顔を赤くして目を逸らした。


「……夫婦なんだ。名前くらい呼ぶだろう」


 いや、私『旦那様』呼び強要ですけど?

 けど旦那様からは『クラン呼びに戻せ』と言い辛いのか、もごもごしている。


「……別に……アリエンが嫌でなければ……名前で……その……」


 くそ! セクシーウィスパーボイスで聞き取り辛いぜ!

 仕方ないので、ずいっと近づくと、ずずいっと距離をとられた。


「旦那様、ひどーい!」


 私が泣き真似をすると、旦那様がオロオロしだした。ぐへへ! 上手くいったぜ!

 そして旦那様にしては大きめの声量で語りかけてくる。


「ち、違うんだ。その、あの! アリエンが、僕の名前を呼ぶのが嫌でなければ、また、その、クランと……」

「クラン様♥」


 私が顔をあげ、にこやかな表情とスウィートボイス(努力した)で呼ぶ。

 すると、クラン様は驚いた後にホッとした有様になり、次に顔を赤くして怒りだした。


「泣き真似だったのか!」

「だって~旦那様呼びからクラン様呼びに戻せって、クラン様が、いぢわるするんですもーん」

「いっ、意地悪じゃあない! それについては、すまないと思っている! だが、アリエンの距離の、つめ方が急すぎて僕が戸惑っただけだ!」

「も~! そうやって私の所為にする~♥じゃあ今日からまた、クラン様ですね♥うーれしーい♥」


 クラン様の腕にくっついて大喜びすると、クラン様は照れながらもされるがままだ。

 そうしてクラン様に公爵夫人として領地経営について学ぶように言われたものの……。


 語学・数学の成績共に最底辺の私には、ちんぷんかんぷんだった。

 くそ! 領地経営が肉体言語なら得意なのに!(意味不明)


 クラン様が根気よく教えてくれたけど、その陰の気配に見惚れてしまって、ついつい話を脳が理解する前に耳に留めてしまう。


 クラン様の細くて長い指が書物をなぞり、薄い唇がウィスパーボイスで語りかける。

 これに耐えられるアリエンいる?(いない)


 ぽ~っと見惚れてしまったのがバレたらしく、咎められた。


「聞いているのか? アリエン!」

「ちょ、休憩させてください! 致死量のクラン様を浴びて、心の臓が耐えきれません!」

「どういう意味だそれは!」

「クラン様かっこいいって意味です!」


 そうやって、わちゃわちゃしていると、ドアがノックされた。

 私とクラン様が同時に顔を上げる。


 そして告げられる衝撃の一言。


「お父様。ギニョールです」

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