1-7 特訓
宿に着き、いつも通りの金を払い、いつもの部屋へ向かう。
安い宿のため、階段が――ぎし、ぎし、と嫌な音を鳴らす。
その音を聞きながら、慣れた部屋の扉を開ける。
(さて、まずはその棒を地面に置いてくれ)
扉が閉まる前に、アヴァがそう言う。
(わかった)
と同時に扉を閉め、数歩室内を進み、部屋の中央に青い棒を置く。
(お主の能力は念動力じゃな。下層に行くにあたって、まずはこの棒を思い通りに操る必要がある。引っ張るなどの一方向の動きなら今でもできるかもしれんが、三次元的に動かしてもらおう)
そう言うと、わずかに魔力が減った感覚とともに、空中に人の形をした煙が現れた。
(少し魔力を使わせてもらったぞ。これを棒だけで消し去るのが第一目標じゃ。
一旦、宿代と魔力が無くなるまでこれを続けるぞ)
宿代が尽きるまで、あと数日。
とりあえず言われた通りにやるため、置いた棒を能力で持ち上げる。
だが、いつもより長く、しっかりした作りのせいか、なかなか上がらない。
それでも数分挑戦し続けると――
――ふわり。
棒が浮いた。
(はぁ、はぁ……とりあえず持ち上がった!)
(まぁこれぐらいは序の口じゃな。次は動かしてみろ)
(疲れたから休憩していい?)
(ダメじゃ。そのまま続けろ)
休憩の提案も却下されたため、しぶしぶ続ける。
本来であれば、成長している一番楽しい時期のはずなのだが。
初めは単純な動きしかできなかったが、構造を理解するにつれて、雑巾がけのように上下へ動かしながら煙を消していく。
(固有術式とはいえ、成長が早すぎるな。本来であれば二日はかかると踏んでいたが、数時間とは……ほんとに才能だけか?)
アヴァは内心でそう考えるが、結論が出ないと悟り、すぐに思考を切り替える。
魔力を帯びた棒を煙に当て続けること、数時間。
(よし、全部消えたぞ!)
(いいぞ。次じゃ)
そう言って、再び人型の煙を出す。
(今のお主の動き、直線すぎる。もっと捻れ)
(捻れ?)
(今のは棒を上下に動かしただけにすぎん。動きというのは、もっと三次元的に動かなければ意味がない)
(なるほど……こういうことか)
アヴァの説明と同時に、棒の手前側を固定し、先端だけを動かす。
まるでハンマーのように振るいながら煙を叩く。
(いい感じじゃ。その調子で、次は――)
その瞬間、
――どさっ。
空中に浮いていた棒が、糸が切れたかのように地面へ落ちた。
(はぁ、はぁ……何が起きた?)
突然、魔力の制御が崩れ、棒への供給が途切れる。
(魔力切れじゃ。なったことはないのか?)
(魔力切れ? これがか)
アヴァはわずかに怪訝な表情を浮かべるが、すぐに切り替える。
(魔力切れぐらい、幼少期に経験しておるものじゃがな……まぁいい。そのまま続けてみろ)
(切れてるのに続けるのか?)
(そうじゃ。それにまだ限界ではない。これ以上は危ないと身体が勝手に線を引いているだけじゃ。
魔力切れに慣れておかないと、実戦で突然使えなくなって死ぬリスクが上がる。自分の限界もわからんし、魔力量の向上にもつながらん)
(そのために――ほれ)
落ちている棒を指さす。
(これを持ち上げるんじゃ)
(もう疲れたよ……はぁ、はぁ)
本能が拒否する。
やりたくない、と。
(ダメじゃ。やるのじゃ)
休もうとする青年に、容赦なく言葉を重ねる。
(ここでやめるなら、儂は手伝わん。その場合は――一生、底辺暮らしじゃろうな)
今までの優しい老人とは思えない言葉に、アユムは困惑する。
(ゆっくりやればいいじゃないか)
本能に逆らえず、思わず反発する。
(これは儂の生きていた時代では当たり前のことじゃ。なんなら、お主より若い者が終えている通過儀礼のようなもの。
それすら出来ないとなれば、この先もできん。腑抜けの相手を、よちよち見守るつもりはないからな)
その言葉に、本能へ逆らう。
(やるよ。なんかおかしいんだ。やりたくないはずだ、みたいな感覚になってる。別に俺はやりたくないわけじゃないのに。
だから、これからも同じことを言うかもしれないけど、その度に厳しく言ってくれ)
(ほほ、いいぞ。サボりたがる生徒を、バシバシ鍛える熱血教師になってやる)
笑い合いながら、再び魔力を行使し始める。
数十分後。
煙を消し続けていたアユムの魔力が完全に尽き、そのままベッドへ倒れ込んだ。
――どさり。
そのまま、一日が終わる。
二人ともが感じていた、わずかな違和感を残したまま。




