2-17 模擬戦1
二人は記入した書類を持ち、マリアの机の上に置いた。
マリアはそれを一瞥し、内容を確認する。
「よろしい。では、教室に行ってください。出て右の突き当たりです」
そう指示を出し、さっさと行くようにと手で示す。
それに従い、二人は扉の前に立つ。そこでアユムは、ふと思い出したように声をかけた。
「すみません。一点質問してもよろしいでしょうか」
予想外だったのか、マリアは頭に疑問符を浮かべるような顔をしながら答える。
「ええ、どうぞ。何かしら」
「失礼ながら、帝都一の学園なのに、思ったより大きくないなと思いまして。何か理由とかあるんでしょうか」
「大きさ? そんなのは必要ないからですね。ここに来る生徒の数はご存じ?」
「いいえ。全都市から優秀な者のみが集められる、ということだけしか」
「私が見てきた中でも、一番多くて十人。少ない時は二人とか。そんな人数のために、大きい教室や大きい建物を使ってもしょうがないでしょう」
「なるほど、分かりました。ありがとうございます」
そう言って頭を下げ、二人は扉から出ると、言われた通り右手の通路を進んでいった。
右手の通路を進んでいくと、奥の方から笑い声の混じる話し声が聞こえてくる。
「たぶん、あそこかな」
「うん、多分そうだね」
そう言って、二人は少しだけ足早になる。
声はだんだん大きくなっていく。
扉の前に着くと、中からしていた大きな喧騒はぴたりと止んだ。
扉を開け、中に入る。
中には、三人組と二人組に分かれている男女五人がいた。
「アユム、いらっしゃい」
三人組の方から、旧知の青いストレート髪の少女――セリーの声がかかる。
「へえ、この男の子がアユム君ですか」
トムと二人で座っている小柄な女の子が、こちらをまじまじと見ながらそう言う。
女の子は特徴的な緑色のショートヘアをしていた。それ以上に目を引くのは、背中に生えた小さな羽だ。
一目で、妖精族であることが分かる。
「アユム達はどっち組だ?」
トムがアユムに向かって問いかける。
「どっち組?」
初めて聞く単語に、アユムは眉をひそめる。
「まあ、編入生だからイレギュラー組なんじゃないか。都市の学園から来ていない奴らはそうだしな」
そう言って、トムは自分たちのグループの空いている机を使えと言う。
アユムたちは空いている椅子へ向かい、腰を下ろした。
それと同時に、先ほどアユムたちが入ってきた扉が再び開き、マリア校長が入ってくる。
彼女が入ってくると、ぴたりと私語がなくなり、静寂が教室内を包んだ。
静けさに満足したのか、マリアはそのまま最前の教壇に立ち、口を開いた。
「じゃあ、今日の講義を始めます。その前に、転入生が二人います。もう知っている方もいらっしゃると思いますが、一旦、礼儀という形になりますので、挨拶をしてください」
そう言って、二人に挨拶を促す。
先にアユムが立ち上がり、後を追うようにグルナも立ち上がる。
アユムは小さく息を吐くと、話し始めた。
「マテリアルから来ました。アユムです。よろしくお願いします」
「グルナです。よろしくお願いします」
簡素な挨拶になったが、自分を除く六人のうち五人は事情を分かっているのだから良いだろうと思い、頭を下げてそのまま座る。
「では、魔術操作の講義を始めます。一応あなたたち新入生は分からないと思いますけど、頑張ってついてきなさい」
突然の、突き放すような言葉が刺さる。
昨日、帝都に着いたばかりで必要な道具を何一つ用意していないのだから、当然ではあった。
「講義用の教科書は隣にでも見せてもらいなさい」
冷たい言葉で話を進めていく。
これが帝都の学園かと理解し、アユムはトムに頭を下げながら、教科書を見せてもらう姿勢を取った。
マリアも準備ができ、講義を始められると思った矢先であった。
マリアの隣に、昨日何度も見た次元の歪みが現れ、その中から二人の男が出現した。
一人は昨日見た大男。アユムたちを学園に推薦したプレクシア。
もう一人は、その付き人のラルフだった。
プレクシアは生徒全員に目を通してから、
「揃っているようだな。全員で模擬戦を行う」
そう決定事項のように告げる。
今から講義を始めようとしていたマリアは、大きなため息とともに、校庭への移動を促す。
「ああ、また……まったく。じゃあ、裏庭に移動しましょう。みんな」
理由も分からないまま立ち上がり、外に出ていく人たちの群れに、アユムとグルナはついていく。
移動中に後ろからセリーが声をかける。
「プレクシア様が出てくるなんて珍しいわね」
「そうなのか?」
「あの人、基本は研究棟にこもってて、あんまり出てこないの。興味がある時だけ」
「ふーん。じゃあ、興味があったってことか」
「そうね。おそらく、あなたたちの能力を見たいってところかしら」
階段を下り、外に出て校舎の裏手に回る。
そこには、模擬戦を行うことを想定したかのような、大きな大理石の舞台があった。
「一応、ルールを説明しておく。能力あり、武器あり、今回はマリアがいるから致命傷もありだな。俺が勝敗を決めるまで戦え」
「じゃあ、まず初めは――」
指名されたアユムは、大理石の舞台に立つ。
「こんな形で戦えるとは思ってなかったけど、まあ俺は嬉しいけど」
対戦相手に指名されたのは、昨日の長袖姿とは違い、肩までしか隠れていないシャツ姿のトムだった。
腕を隠していないため、獣人族らしく、人より長い体毛がはっきりと分かる。
その姿を少し考慮し、思考時間を稼ぐため、アユムはプレクシアに問いかける。
「一つ聞いてもいいですか」
プレクシアは、さっさと始まらないことが不満なのか、つまらなそうな顔で返事をする。
「なんだ?」
「致命傷を負わせる攻撃の許可とは、どういうことなんですか」
致命傷とは、本来言葉の通り、与えられたら死ぬ傷のことだ。
それを許すというのは、殺し合いをしろということなのか。そういう意図の質問だった。
「見た方が早いか」
そう言って、プレクシアは指を振る。
直後。
アユムの右腕が、綺麗な切断面を残して吹き飛んだ。
あまりに突然のことで、何が起きたのか理解できず、頭が真っ白になる。
胴体から切り離された腕は、痛みが出る前に元に戻っていた。
冷や汗が止まらない。
何が起きたのか、分からなかった。
分かる時間すら与えられなかった。
「マリアの術式で、ある程度の傷であれば即座に回復することができる。まあ、これで分かっただろう。だから思う存分やれ」
冷たく、冷酷な言葉に、アユムの心拍がどんどん上がる。
そして感じる、絶対的な差。
これが、この世界における序列一位。
最強という存在。
(アユム、大丈夫か)
(大丈夫だ)
深呼吸を繰り返し、心臓を落ち着かせる。
目の前の相手に集中する。
そして腰の棒を引き抜き、構える。
「切り替えが早いのはいいことだ。では、楽しませてくれ。始め!」
合図とともに、向かいのトムは地面を抉るように蹴り、爆発的な勢いで距離を詰める。
だが、ここまではアユムも想定していた通りだった。
獣人族が普通の人に比べて身体能力に優れていることは理解している。
そして、昨日の夕方に会った時よりも速い右の拳が飛んでくる。
アユムは軸をずらして身体を避けながら、構えていた棒で攻撃をいなす。
トムはいなされた勢いのまま、アユムの横を駆け抜けていく。
「やっぱり反応いいな。トムのダッシュパンチをいなせるのは」
観客のケインを中心として、全員が感心した様子だった。
「この速度にはついてこれるみたいだな。ギア上げてくぜ」
トムはその場で小刻みに跳ねる。
そして先ほどよりも速い速度で移動を始めた。
それは速いだけではない。
直線的な点の動きではなく、フェイントを混ぜた面の動きになっていた。
だが、いくら速いといっても、目では追える速度だ。
トムがアユムの背後に回り、足払いをかけようとする。
アユムは片足を半分持ち上げ、能力で靴をその場に固定する。
「っ!!」
足払いは失敗する。
固定された靴に速度の乗った蹴りを叩き込んだことで、岩を蹴ったような衝撃がトムを襲い、悶える。
その隙を突き、アユムは構えていた棒でトムを突き飛ばそうとする。
だが、トムの両腕の体毛が伸び、棒を絡め取った。
力を込めるが、相手の能力の方が強いと感じ、即座に棒を手放す。
絡まっていた毛は、すぐにすべてアユムへ襲いかかった。
アユムは腰から剣を引き抜き、追撃として飛んでくる毛を切り裂きながら後ろへ跳び、距離を取る。
「それがお前の能力か」
「そうだ。俺の能力は毛を自在に操れることだ。初見でいきなり対応したことは褒めてやるけど、もう終わりだ」
そう言って、トムは短いシャツの袖をまくり、さらに短くする。
肩が完全に露出したトムは、両肩の体毛を伸ばし、腕のような形にした。
まるで腕が四本生えているかのような光景だった。
体勢を整えたトムは、小刻みな跳躍から再度地面を蹴り、距離を取っていたアユムへ猛スピードで迫る。
走ってくるトムに対し、アユムは剣を槍投げのように構えて投げる。
同時に、自分も前へ走り出した。
「なに!?」
剣が直撃すると感じたトムは急ブレーキをかけ、左肩の腕を固めて剣を薙ぎ払う。
体勢を整え、そのまま身体と右側に固めた体毛でアユムに対応しようとする。
だが――
「終わりだ」
後ろから強烈な鈍痛がトムを襲う。
「!? 一体何が」
背後からの痛みに気を取られ、前方から迫っていたアユムへの意識が逸れる。
その隙に、アユムの左拳がトムの顎を捉えた。
その一撃で、トムは意識を失った。
「そこまで」
プレクシアの声によって、勝者が決まった。




