2-16 セリー
小鳥の囀りが聞こえる中、アユムは目を覚ました。
(おはよう、アヴァ。本はどう?)
(おはよう。まだちらっと見ただけじゃが、内容はだいたい酷似していそうじゃのう)
まだほとんど読めていないのだと受け取り、アユムは話を変える。
(アヴァ、マリアさんとの約束があるから早めに出ようと思うけど、大丈夫か?)
(大丈夫じゃ)
そう言うと、アヴァは名残惜しそうに、少ししか読み進められていない本を閉じた。
(ありがとう。また帰ってきたら読んでくれ)
(ほほほ、楽しみが増えたのう)
会話をしながら用意を終え、扉を開けて部屋の外に出る。
居間のソファーには誰も座っておらず、昨日の喧騒が嘘のようだった。
昨日は色々あったため深く観察できなかったが、校舎はアユムの想像より大きくなかった。
図書館を横に二つ並べた程度の広さだった。
これなら、元いた都市の学校と規模はほとんど変わらないのではないかと思ってしまう。
(帝国一なのに、思ったより小さいのう)
昔を知るアヴァでも、そう感じるらしい。
(確かに小さいよな)
そう話しながら、アユムは重厚な扉を開ける。
昨日は外に出るための道であり、さらに先導者もいたため気にしていなかったが、逆に校長室へ向かうとなると新鮮であった。
一般的に教室と呼ばれるような部屋は多くない。
その代わりに、武器や防具などが並べられている部屋が、扉の窓から見えた。
そんな部屋を横目に二階への階段を上り、正面の扉の前に立つ。
扉の上には、昨日は気づかなかった「校長室」と書かれたプレートがあった。
コンコンコン。
三回ノックをし、返事を待つ。
「どうぞ」
女性の返事があったため、中に入る。
「おはようございます。昨日言われた通り来ました」
「律儀ね。そういう子は好きよ。もう一人の子……えっと」
そう言って、マリアは机の上に散らばっている書類へ目を通そうとする。
「グルナです。彼女は別の宿舎だったので一人で来ましたが、呼んできた方がよろしかったでしょうか」
「それなら別にいいわ。そこに座って頂戴」
マリアは、三人は並んで座れそうなソファーを指で示す。
「失礼します」
アユムが腰かけると同時に、マリアが口を開く。
「まずはこれにサインして頂戴」
そう言って、マリアは座った姿勢のまま紙をこちらへ飛ばしてくる。
紙は空気抵抗を知らないといった様子で、アユムの目の前の机の上にぴたりと止まった。
風系統の魔術か。
そう驚いたアユムに対して、マリアは何でもないことのように言う。
「魔力をコントロールしているだけ。そんな大したことじゃないわよ」
マリアにとっては、当たり前の技術なのだろう。
だがアユムにとっては新しい発見だった。
そんなこともできるのかと目を見開きながら、書類に必要事項を記入していく。
書類に記入している間、無言の時間が流れる。
やがて、マリアと呼ばれていた女性から声がかかった。
「ねぇ、あなたはなんであの人から推薦を受けたの?」
アユムは返答を考える。
あの人というのは、あのプレクシアのことでいいはずだ。
だが、自分は推薦を受けていない。
そのことを再確認しながら、アユムは口を開いた。
「実は、自分はおまけで、一緒にいたグルナが推薦されたんです」
「どういうこと?」
昨日あったことを、アユムは簡潔に説明する。
「ふーん。あなたも大変なのね」
マリアが心底同情していそうな声でそう言った時、扉が三回鳴った。
コンコンコン。
「どうぞ」
「失礼します! グルナちゃんを連れてきました」
現れたのは、グルナと、約二年ぶりに見る旧知の少女だった。
青い髪は以前よりもまっすぐ長く伸びており、背丈はアユムより少し低いくらいまで成長している。
「グルナ、おはよう」
「あ、アユム。おはよう」
その声に、青髪の少女がこちらを向いた。
「ほんとにアユムなんだ。私のこと、覚えてる?」
そう言いながら、少女はアユムが座っているソファーのそばへ近寄ってくる。
「ああ、覚えているよ。久しぶりだな、セリー」
「……! ほんと久しぶり、アユム!」
今にも飛び跳ねそうな声で会話を続けようとするセリーに、マリアが声をかける。
「セリー、ありがとう。今は二人に用事があるので、あなたは下がっていいわ」
その言葉に、セリーのテンションは露骨に下がった。
一瞬だけ不満そうに眉を寄せたが、態度とは裏腹に、素直に頭を下げる。
「分かりました。失礼します」
そう言って、セリーは部屋を出ていった。
「校長先生、私も座っていい?」
「ええ、どうぞ」
グルナは、アユムとテーブルを挟んで反対側にある、同じ形のソファーへ腰を下ろす。
「昨日から思ってたけど、このソファーふわふわで座り心地いいね」
呑気そうなグルナの声に、少し張りつめていた空気が和らぐ。
マリアはアユムの時と同じように、書類をこちらへ飛ばし、テーブルの上に置いた。
「グルナちゃん、それにサインして頂戴」
「はーい」
そうして三人は、それぞれ手元の書類を読み、サインをしていく。
しばらく、紙をめくる音だけが部屋に響いていた。




