2-15 図書館
トムを先頭に、アユムはその後ろをついていく形で宿舎を出る。
二人はそのまま、アルカディアの図書館へ向かった。
アルカディアを出て初めて見る帝都は、煌びやかだった。
マテリアルと比べて、都市の規模が大きく違うわけではない。
しかし、建物の大きさは全体的に一回りは大きく、街灯に照らされた舗装路は、足を取られることなどなさそうなほど整っていた。
二人の間に会話はなく、歩く靴の音だけが響いている。
「なぁ、トムはどこ出身なんだ?」
静寂を先に破ったのは、アユムだった。
「俺はビーストの森から来た」
よく見ると、トムは長袖長ズボンで見えにくかったが、首元などは体毛が多かった。
「森って、あそこは学校がなかったよな? どうやってアルカディアに?」
「森で狩りしてたら、うちの長に見つかっちまってな。お前は帝都に行けって強制されたんだよ。俺は別に来たくなかったんだけどな」
そう言いながら、トムは右手で頭をぼりぼりとかく。
「俺の古巣のマテリアルでは、アルカディアに行くことは名誉なこと扱いだったんだが、森では違うのか?」
「森の絶対の掟は、強い奴に従うことだ。それ以外の名誉なんてないな」
トムは足を止める。
「着いたぞ」
帝都の図書館は、宿舎二つをつなげた程度の大きさしかなかった。
(ずいぶん小さいのう)
あからさまに落ち込む老人。
(これって小さいのか?)
(儂の昔いた場所では、これの倍の大きさはあったぞ)
(へえ)
そう言って、扉を開けて中に入る。
入口にはカウンターがあり、猫耳の女性が一人、本を読みながら座っていた。
扉を閉めると、その音に気づいたのか、女性は本を閉じて姿勢を整え、こちらに向き合う。
「あら、トム君。こんばんは。その子は?」
「えっと、今度うちに編入するらしいアユムです」
トムは顔を赤らめながら、下を向いて説明する。
「あらあら、アルカディアに編入? 優秀なのね。私はレイナ。よろしくね」
「アユムです。よろしくお願いします」
「ふふ、かわいらしい子ね」
「かわいらしいっ!?」
トムが過剰に反応するが、レイナはそれを無視して会話を続ける。
「ありがとうございます。歴史系の本が読みたいんですが、ありますか?」
(歴史系でいいんだよな?)
(覚えておいてくれたか。ありがとうのう)
「歴史系はあんまりないのよねー」
そう言うと、レイナは両手を机の上にかざす。
「創造」
レイナが呟くと、その手の先に分厚い本が十冊現れた。
「この図書館にある歴史系統の本は、これだけかな。他に必要だったら声をかけてね」
「これって……」
「私の能力なの。私が読んだことがある本を創れる能力。ただ、一週間程度しかもたないから気をつけてね」
レイナは指を立てる。
「あと、傷をつけたり、水をこぼしたりしても寿命が短くなるからだめだよ!」
めっ、といったポーズを妖艶にしてくるレイナに、アユムは頭を下げた。
「ありがとうございます」
アユムは、レイナの目の前に置かれた十冊の本を両手で持とうとした。
しかし、どれもそこそこの厚さがある。
一度に持ち切れないと判断し、能力で本を浮かせる。
「へぇー。それがお前の能力か」
トムが不思議そうに質問する。
「ああ。これが俺の能力だ」
「なるほどな。俺も数冊持ってやるよ」
そう言って、トムは浮いている本を三冊ほど右手と脇に抱え込む。
「ありがとう、トム」
「トム君、いつもみたいに優しいのね」
「そ、そんなことないですよ! 行くぞ! アユム!」
トムは先に立って扉を開け、外へ出る。
アユムもレイナに一礼し、その後を追うようについていった。
太陽は完全に沈み、街灯だけが道を照らしている。
その中を、二人は歩いていた。
「なぁ、アユム」
初めて名前で呼ばれ、少し驚く。
「ど、どうした?」
「何驚いてるんだよ。明日、俺とサシで戦ってくれねーか?」
「戦う? 別にいいけど、どうして?」
「俺の右ストレート、避けただろ?」
トムは街灯に照らされた道を歩きながら、どこか楽しそうに続ける。
「もともと寸止めのつもりだったけど、あの距離を避けられるとは思ってなくてな。だから本能が言ってるんだ。こいつは強い奴だって」
「本能?」
「強い奴と戦うのは、獣人族の本能みたいなもんだからよ」
「そういうことなら、全然いいよ」
「ありがとうな」
トムの顔は、街灯の灯りの中で、ひときわ輝いて見えた。
宿舎に戻ると、ソファーには誰も座っていなかった。
二人はそのまま居間を抜け、自室へ向かう。
「ほら、じゃあ俺も戻って寝るわ」
そう言うと、トムは抱えていた数冊の本を、アユムが浮かべている本の上に置いた。
「ああ、ありがとうな」
トムと別れ、アユムは自室の扉を開ける。
埃をかぶっている机を軽く手で払ってから、浮かせていた本をそこに置いた。
(ほほ、楽しみじゃのう。アユムが寝ている間に読み進めておくか)
(ああ、面白い内容があったら教えてくれ)
(もちろんじゃ。儂の故郷の話があれば、より詳しく伝えてやろう)
軽い雑談を交わしながら、アユムはベッドに横になり、床に就くのであった。




