1-1 出会い
ここはダンジョン都市。
変わらない日常が、今日も続いている。
「ダンジョン行くんだろ? いつもみたいにこれ捨てといてくれ」
そう言って、中くらいの大きさのゴミ袋が投げつけられる。腐臭が鼻を刺した。
俺はそれを両手で受け取り、背中の籠に放り込む。
――いつものことだ。
「ゴミ屋、臭くてたまらないんだよ。さっさと行け」
肩を押され、後ろへよろける。
ゴミ袋を投げつけた男は、一緒に小さな銅貨も投げ、すぐに家の中に戻る。
「……」
ゴミ屋。それが俺の仕事だ。
“才能”のない俺に残された、唯一の仕事。
生活で出るゴミをダンジョンへ運び、喰わせる。
ただそれだけの役目だ。
そのせいで、身体には腐臭が染みついている。どれだけ洗っても取れない。
歩くだけで、周囲の視線が集まる。
露骨に顔をしかめる者、距離を取る者。
――慣れたものだ。
ダンジョンに着くと、門番にさえ露骨に嫌な顔をされる。
それでも追い返されることはない。
ここが都市のインフラの一部だと、理解はされているからだ。
「……通れ」
最低限のやり取りだけで、中へと通される。
奥へ進み、階段を下りる。
二層へ入り、すぐの扉の前で足を止めた。
ゆっくりと、それを開ける。
――瞬間。
鼻を焼くような臭気が、全身を貫いた。
慣れていない者なら、それだけで吐き出すだろう。
そんなレベルの腐臭だ。
「はぁ……これで明日までは凌げるな」
背負っていたゴミを放り込み、息を吐く。
ここまで運んでも、得られるのは一日分の日銭だけ。
出しすぎれば、俺たちゴミ屋の仕事がなくなる。
だから報酬は最低限に抑えられている。
「さてと……今日も何かないか、探すとしますか」
そう呟き、慣れた手つきでゴミの山を軽く漁る。
自分と同じぐらいの高さで、奥行きは十メートルはあるであろうゴミの山。
「……お?」
指先に、違和感。
小指ほどの大きさのそれを摘み上げた瞬間――
ぐにゃり、と。
まるで意思を持つように形を変え、
青年の右手の人差し指ほどの大きさへと膨らんだ。
「……魔具か!!」
思わず声が漏れる。
これを売れば、これまでギリギリだった日銭に、最低でも一週間分の余裕ができるだろう。
中に刻まれている魔法の内容が良ければ――
もっと楽ができるかもしれない。
「今までは、綺麗な石ばっかだったのに……探してみるもんだな」
その時だった。
部屋が、低く揺れ始める。
「……来たか」
ダンジョンがゴミを飲み込み始める前兆だ。
消化部屋のみが揺れ、部屋の中のものはすべて消えてしまう。
そう、この巨大な一室に溜め込まれたものは、分解され、エネルギーへと変換される。
そしてそれは、魔物として再構築される。
その魔物を狩ることで得られるのが――魔石。
都市は、それによって回っている。
部屋の中に残っていると吸収されて死んでしまうため、揺れ始めたらすぐに退散するのが鉄則だ。
ダンジョンを出る。
外の空気は、あの腐臭に比べればまだましだ。
だが、身体に染みついた臭いまでは消えない。
通りを歩けば、すれ違う人間が露骨に顔をしかめる。
視線を避けるように、大通りから一本外れた路地へ入る。
その時だった――
「おい、ゴミ。こんなところで何してる?」
声をかけてきたのは、金髪の男を中心とした三人組だった。
先頭の金髪の男――ラス。
短く刈り上げた金髪に鋭い目つき。学生服を靡かせ、仁王立ちしている。
その後ろには、痩せた長身の男と、小柄で軽薄そうな男が並んでいる。
元同級生のラスと、その一味だ。
見慣れた顔だ。
「……もう帰るだけだ。何か用か?」
「はっ! 俺がお前に用があるわけないだろ」
金髪のラスが鼻で笑う。
「ただゴミ屋らしく、実験台にしてやろうと思ってな」
「……実験台?」
問い返す間もなかった。
ラスの掌に、火が灯る。
次の瞬間には、それは片手ほどの大きさの火球へと膨れ上がっていた。
「このサイズを人間にぶつけたら、どうなるんだろうな?」
言い終わると同時に――放たれる。
「っ!」
咄嗟に左へ飛ぶ。
火球はすぐ横をかすめ、背後の壁に叩きつけられて弾けた。
だが、その勢いのままバランスを崩し――
顔面を壁に強打した。
「ははは! 本気で当てるわけないだろ。冗談だよ、冗談」
笑い声が響く。
「文句あるなら、やり返してみろよ?」
鼻から血が流れる。
三人はそれを見て、満足げに笑っていた。
――心底、むかつく。
だが、やり返せない。
これがこの世界の理だ。
火を生み、操る“才能”。
それを持たない俺には、何もできない。
「あんまり近づくなよ、臭いがうつる」
「そうですよ、あんな鼻血野郎ほっといて、あっちで遊びましょうよ」
「ああ。ゴミも、俺の前に立つなよ」
三人は好き勝手に言い残し、笑いながら通りの向こうへ消えていった。
ぼろぼろの宿に着き、今にも壊れそうな悲鳴をあげる階段をのぼり、部屋に入ってすぐ、軋むことを忘れたベッドに身体を投げ出す。
「なんで、才能が無いだけなのに……こんな仕打ちをされるんだ」
悔しさが込み上げ、涙が溢れる。
しばらくして、泣き疲れた頃。
ふと、思い出す。
「……そういえば、魔具拾ったんだ」
右手のポケットから取り出したのは、人差し指ほどの大きさに変化した銀色の指輪。
「ただサイズが変わるだけの指輪か……価値あるのかな?」
試すように、それを右手の人差し指にはめる。
――瞬間。
強烈な寒気が、俺の全身を貫いた。
「っ……!?」
「……今は、西暦何年だ?」
反射的に振り向く。
そこには、白髪で長い髭を蓄えた老人が立っていた。
「おい、聞こえているのか? 今は西暦何年だ」
「……西暦って、なんだ?」
「今は、帝国史482年だけど」
「……西暦ですらないのか」
男は小さく舌打ちする。
「それじゃあ、何年経っているかもわからんな」
いるはずもない場所に、音もなく現れた男に対して、冷静ではいられなかった。
だが、会話を挟んだおかげで、少しずつ頭がクリアになっていく。
「あなたの名前は?」
そう聞くと、白髪の老人は微笑む。
「状況を理解したようだな。頭の回転が速い者は好きだぞ。私の名前はアヴァだ」
「アヴァか……聞いたことない名前だな」
そう言って、俺は相手の足元を見つめる。
足元を見つめ、確信する。
足が地面についていない。空中に浮いている老人を見て。




