1-9 変調
防具屋で有り金をすべて使ってしまったため、今日の宿代を稼ぐためにダンジョンへ向かっている途中、気になっていたことをアヴァに話しかける。
(このマントはどういう呪いなんだ?)
(呪いというより、自分で動かせるマントといった感じじゃな)
(動かせる?)
(そうじゃ。ただ、動かし方にコツが必要でな。魔力を通して、身体の延長線上のように扱うのじゃ。それができないと、勝手に魔力を吸い取る少し頑丈なマントだと認識されて、呪いのアイテムということになるじゃろな)
(へぇ……アヴァはそれを一目で認識できたのか)
(儂はある程度のものなら、見て判別できる能力があるんじゃ)
(ああ、そういえばこの棒も能力付きって分かったもんな)
(そうそう。まぁ、儂の知識の範囲内じゃがな。昔はこういうアイテムが結構あったんじゃ)
(なるほどな)
一通り雑談をしていると、ダンジョンに着き、前回と同様に奥へ進む。
(さっき潜った時に魔力も結構使ってしまったな。今日の宿代分だけ、さっさと狩るか)
そう思いながら進むが、一体もスケルトンに出会わない。
(おかしいな。こんなにいないことあったっけ)
(分からんが、前はもう少しおったはずじゃな)
(仕方ない。もう一層下に降りるか)
(そうじゃのう。さっきの武器持ち程度なら、まだ余裕じゃろう)
違和感を覚えながら、下層に降りて探すが――
(……ここもいない。おかしいぞ)
(確かにのう。さっきまでのペースでいけば、もう十体は何かしらに遭遇しておるはずじゃ)
どうするか、考える。
このまま帰れば、今日は宿なしになってしまう。
しかし奥に進めば、リスクはある。
ただ、強いといっても、ソルジャーより防具と武器を装備しているナイトが出てくる程度のはずだ。
ソルジャーを完封できることを考慮すれば、戦えはする。
ナイトを倒せれば、いつもの宿なら二日くらいは泊まれる余裕も出るはずだ。
(野宿はしたくないな)
その気持ちが勝ち、奥へと足を進める。
(分からんが、何かあった時のために警戒しておくんじゃ)
(ああ、アヴァも索敵頼む)
(任せておけ)
警戒を保ちながら進む。
だが、誰にも会わないという問題は杞憂に終わった。
(……そこの角を曲がった先に、人が一人いるようじゃ)
(人? こんな時間にか?)
(ああ、人じゃ)
警戒しながら角を曲がると、ソルジャーと戦う金髪の男――イラがいた。
イラは火で形成された弾を飛ばし、ソルジャーを一方的に攻撃している。
「ちっ、まだ死なないのか。こいつは他の奴より硬いな」
そう言って撃ち続けていると、首に直撃したのか、骸骨は崩れて魔石になった。
(イラが全部狩っていた? それにしては少なすぎる気がするが……)
考えていると、イラがこちらに気づく。
一瞬だけ罰の悪そうな顔をしたが、すぐににやけた。
「へぇ、アユムじゃないか。こんなところで奇遇だな」
先ほどとは違い、取り巻き二人がいない。
「お前どうしたんだ? そんな装備して。まさか魔物を狩るってつもりか?」
「昼にも話しただろ。この辺の魔物なら、もう狩れる」
「ふーん。昼に言ってたのも嘘じゃなかったのか」
「じゃあさ、どんなふうに狩るのか見せてくれよ」
そう言って、イラが魔力を強める。
「お前、ダンジョン内で俺とやりあうっていうのか?」
「怖いのか? 今度は止めてくれるあいつらがいないしな」
(アユム、変じゃ)
(変? あいつが変なのは今に始まったことじゃない)
(いや、ダンジョンがじゃ)
その瞬間、ダンジョンが揺れた。
両者とも立っていられず、片膝をつく。
(変調か!)
(なんだ、変調って)
(ダンジョンの構造が変化するときの前触れだ! 一旦外に出るぞ!)
ダンジョンに魔物が極端に少なかった理由を理解し、来た道を戻ろうとすると――
「おいおい、どこに行くんだ」
目の前に、先ほどまでなかった火の壁が立ちはだかる。
「なにやってんだ!? 変調が来てるんだぞ!」
理解できない行動に、思わず怒鳴る。
「最初の揺れなら、すぐには変化しねぇさ。それよりよ、俺を目の前にして逃げるっていうのか?」
「逃げるも何も、もともと俺とお前が戦う理由がないだろ」
「ちっ……お前はそうだよな」
「せっかく才能なしと認定されて、ゴミ屋まで落ちぶれてくれたのに」
「また俺の前に現れる」
「本当にうざったくてしょうがないんだよな!!」
そう言って、両手大の火の玉を作り出す。
「おいおいおい! 本気かよ!」
言い終わると同時に、火の玉が飛んできた。
ぶつかる直前、左に転がって回避する。
「今度は壁にぶつからずに避けられたじゃないか」
(アヴァ、一人なら余裕って言ってなかったか?)
(ああ、一人なら余裕じゃ)
(なら力を貸してくれ。さっさと倒して帰るぞ)
(ふふん、アユムも言うようになったのう)
(誰かに鍛えられているからな)
そう言って臨戦態勢をとる。
「その目がむかつく……才能なしが、俺に本気で勝てると思ってんのかよ」
イラが火の玉を大量に作り始める。
(まずは、いつも自分に有利な状況を作ることじゃ。奥の石を後ろから軽くぶつけてみろ)
言われた通り、石を加速させ、背後から金色の髪に向かってぶつける。
「っ!? 誰かいるのか?」
先ほどまで誰もいなかった場所から攻撃とも言えない攻撃を受け、イラの意識が逸れる。
(ほれ、隙ができた)
その言葉に、踏み込む。
イラも気づき、すぐに火の玉を作り始めるが、もう遅い。
アユムは右手に持っている青い棒を振り込み、イラの左脇腹めがけて叩き込む。
「ちっ!」
火の玉では間に合わないと察したイラは、咄嗟に腕で受ける。だが想像以上の威力に、そのまま流れるように右へ転がり、ダメージを軽減させる。
「がっ……!」
転がった体勢から膝を立てて立ち上がった瞬間、目の前に青い棒が突きつけられていた。
「これで俺の勝ちだ。もう関わってくるな」
アユムはそう言って勝ちを宣言し、背を向けてその場を去ろうとする。
イラの目は現実を受け止めきれていない。
歯を食いしばりすぎて、口元から血が滲む。
「こ、この俺が……! お前なんかに……!」
身体が、赤く染まっていく。
勝負は終わったと思いきっていた慢心。
対人戦闘への経験の少なさ。
そのまま目を離さなければ何も起こらなかったはずだが、背を向けてしまったが故に、反応が遅れる。
(いかん、さっさと気絶させろ)
アヴァの忠告を聞くや否や、即座に振り向き、棒を顎へ向けて振り抜く――
だが、遅れてしまった分、棒がイラに届くことはなかった。
イラの身体から魔力が溢れ出し、そして……魔力が爆ぜた。
――――
「ううっ」
(起きろ! 早く起きるんじゃ!)
その声で目が覚める。
記憶を整理しながら周りを見渡すが、先ほどまでとは似ても似つかない場所に変わっていた。
(一体、どれくらい気絶していた?)
(一時間程度じゃ。ついさっきダンジョンがうねりをあげて変化し始め、お主はそれに飲まれて地下に落ちたんじゃ。マントを使って落下ダメージはある程度いなしたが)
そう言われてから、自分の左肩が痛むことに気づく。
動かないほど痛いわけではないため、マントとアヴァに心の中だけで感謝する。
(どれぐらい落下したんだろうか)
(恐らくじゃが、落下時間を考慮するに二フロア分だと思う)
(二フロアか……つまり五層らへんってことか)
五層。
そこは中級探検者――才能ある者の中でも一部だけが狩りを行う領域。
普通の探検者では到達できない、一つの壁の先。
探検者になりたてのアユムにとって、それは死地に放り込まれたのと同義だった。




