9節 宰相のお仕事 其の二 ⑤
魔王城の勤務時間は、昼の部の始業時間は九時、そして定時は十八時半である。休憩は昼の一時間と、好きなタイミングで合計三十分。そして夜勤が、十八時から九時までを二分割した、計三つのブロックに分かれている。といっても、エイジがスケジュール管理しやすいからと設定しただけであり、実際守られているところはデスクワーク系など少数派。
魔族は食事が必須な者は少なく、また通勤に時間も掛からない。入浴する者は少ないし、丈夫ゆえ大して休みは必要ない。そのため、定められた時間以上に働けるのだ。ただ、過労ゼッタイダメなエイジが、基準を設けることに余念がなかっただけのこと。
因みに__
「そういえば、この勤務時間ですと終業後は結構暇な時間が長いように感じるのですけれど、どうしてですの?」
「それは……オレがそうしたいと思ったから。確かに、十時間寝ても時間余るくらいだが、言うほど暇でもないんだぜ? 娯楽も無いし、その間オレは鍛錬や勉強をしているのさ。他には、緊急の仕事があれば、オレ以外解決できないから出張るしかなくなるし。こんなことやってると、時間がいくらあっても足りやしない」
「わお、ストイックですわね〜」
エイジが定時間だけしか働かないなりにも、こんな訳があった。
さて、魔王城勤務の魔族達の仕事は、言ってしまえば公務員のようなもの。魔王城は官公庁と考えていいかもしれない。つまり、仕事をすればするだけいい一般企業とは少し異なるのである。
しかし、そのままでは折角の魔族の能力を持て余し、労働力が無駄になる。故に、多くの魔族は進んで残業に励んでいる。それでは、その時間に一体何をしているかというと、エイジが掲げる次なる目標に向けて少しでも準備が楽になるようにと指示した、木材や鉱石などの資源の採集とその加工である。それ以外には魔術の研究や、畑仕事をしていることもあるらしい
曰く魔族は、安らぎたる夜の神でもある闇神によって変革し、生み出された存在らしい。その為、夜間の方が力が高まるのだとか。一応昼でも活動できるので、その間は屋内で頭脳労働。それが終わった頃から調子が良くなるので屋外で肉体労働をするらしい。だからこそ、そんな彼らの希望に合わせて、夜勤の制度も細かく作ったわけだが。
そんなに頑張って働いたところで、貨幣や給料のシステムはないので、手当や残業代などのメリットはない。つまり、お国のためのボランティアでしかない。のだが、魔王国が発展して皆が幸せになれるなら、そしてやるべきことが明確化してモチベーションが上がったなどの理由も相まって、やる気は充分以上。急ぐエイジにとってもそれはありがたいし、勤怠による賃金管理の必要もないので、本業に支障がないならばと容認している。
そんな彼らにトラブルがあった時のために、夜中も総務は運営している必要があった。とはいえ、夜中に舞い込んでくる仕事など、大半は結局エイジが叩き起こされては処理に奔走する羽目になるので、深夜の総務はほぼ必要ないとされて、最近は午前二時以降は閉まっているが。
さて、件の宰相であるが__
「よし、再開といこうか」
執務室に居た。退室してから速攻布団と合体、長いこと一つになっていたのだが、日付が変わる頃に目が覚めてしまい、することがないからと仕事部屋に戻ってきていた。完全に生活リズムが崩壊したようで、昼夜逆転生活の始まりだ。
執務室は魔王国の頭脳、CPUとも言える。そのため、防犯に物理的な鍵と魔術的な鍵の二種で厳重にかけられている。因みに、普通に解くと警報が鳴ったり、別の魔術が発動するなどするため回りくどい解き方をする必要があるなど、対策は万全である。例えば、解除するには五段階の術式を解かなければならないのだが、難易中易難の構成のうち、中で一回、特定のタイミングでミスをしなければならなかったりするのだ。このセキュリティ、玉座以上に固いまである。
そんな扉を、設計者たるエイジは慣れた調子でさらりと開け、真っ暗な部屋の壁にある松明型魔導照明をつけて奥へ進む。
「よしよし、しっかりされてるな」
机の上は片付き、床上に目に見えるゴミはなく、書架の中も整えられ鍵もかけられていたことに満足しつつ、ある机の資料を幾つか手に取り読んでいく。
「よし、これだ」
それらは夕方、自分がいなくなったことで片付けきれなかった書類だ。それをどうするかというと、勿論__
「久しぶりの、残業タイムといこうか」
別に優先度は低いので無理してやる必要もないのだが、やっておいて損はない。どうせ昼間だと多くの邪魔が入るから。
そんなこんなで、机について二時間強。
「あれ、もうこんな経っていたか」
壁掛け時計を見て驚く。普段は人の出入りや話し声で騒がしく、緊急の案件を直接持ち込まれたり秘書と雑談したりと、作業を中断したり集中を妨げたりする要素が結構あるのだが、深夜で普段閉まっているからかとても静かであった。では、何故そんなに集中していた彼が手を止めたか。それは、俄に城内が騒がしくなったからである。
「昼夜問わずかよクソッタレが‼︎」
昼間の件もあり、とっても嫌な予感を察したエイジ。しかし、今回は考え無しにここを飛び出すわけにはいかない。まずは落ち着いて作業の終わったものとそうでないものを分別し、片付け、照明を落とし、部屋から出て鍵をかける。事件に対応しているうちに、反乱分子に部屋をぐちゃぐちゃにされたら、絶望どころの騒ぎではなくなるからだ。
「さて、騒がしいのは……二階と……地下?」
地下といえば倉庫階である。重要な物資が多く眠っているそっちは本気で何も起こらないでいてくれ、と強く願いながら下へ向かう。
地下の方が重大であるが、取り敢えず近い二階で情報収集をしようと一時停止。昨日の二件は、どちらも幹部がその場にいない状況で起こっていた。しかし、幹部の誰かは自分より先に対応にあたっていたから、今回も誰かが既に動いているかもしれない。
ところで、この騒ぎは幹部が裏で手を引いていた、つまりマッチポンプである可能性も少し考えたが、すぐに棄却した。フォラスは研究室の設備を非常に大事にしているし、メディアも本が好きと聞く。メディアはエイジへの好感度が怪しいが、嫌悪しているというよりは興味ない感じで、証言によると事件の三十分前から城内散歩をしていたらしく、事件発生と聞くとなかなか慌てた様子で、魔導書の対応も焦りからか危なっかしいところもあったという。なにより、彼女にとってそれほど苦労するだけのメリットがないのである。
と、エイジの方へ駆け足で向かってくる人影を見つける。輝かしい金髪、胡散臭い儀礼服。そんな奴、一人しかいない。
「おい、ノクト、何があった?」
「おお、エイジクンか。こんな時間に珍しいね、どうしたの?」
「どうしたの、はこっちのセリフだ。この騒ぎはなんだ」
「うん、それがね……保守用、及び労働用のアンデッドとゴーレム達が、僕らの制御下を離れて暴走を始めたんだ。原因は不明。僕はこれからそれらを止めに行くとこ」
「何かオレに手伝えることはあるか」
「う〜ん、だったら僕の代わりに止めてきてくれないかい? そのうちに原因を調査して、制御し直せるか試してみる」
「場所は」
「地下の倉庫と城の外回りが主だね。人手は二分したけど、まだ混乱してる。レイヴンとエリゴスがまだ来てないんだ」
「では、地下をやろう。んで、そいつら倒したり破壊してもいいか?」
「してもいいけど、出来るだけ抑えて? 誰かや物に被害が出そうだったり、やむを得ない限りは。貴重な資源だからね」
「了解。対応開始する」
質問を終えると踵を返し、エイジは颯爽と階段を降りて行った。
「ふふっ、頼もしくなったなぁ。……おっといけない、僕もやるべきことをやらないとね?」




