第四話『飛刀』
さらに三ヵ月後、三人は家から少し離れた場所に来ていた。
そこは家のある広場同様、森が開けており、最近の修業の場になっている。
煙の話ではこの場所は前に燃やされて出来たとのことだが、詳しくは聞かなかった。
「今日も剣の修業にしようぜ」
「いいよ、今日こそは二人に一矢報いてやるんだから」
「ムリ無理」
「無理じゃないよ。なんたって私は火煙流なんだからね!」
胸を張って答える火奈。そう、火奈にはあの火煙流の血が流れている。
しかし、正直火奈は途中から二人と比べ剣が上達してはいない。
それでも火奈の性格から、諦めるわけにはいかず、鍛錬を続けていた。
「努力は認めるけど、結果が出ないとな……」
「確かに。火奈には火奈の戦い方があると思う」
「火眼までそういうこと言うんだ。私の味方だと思ってたのに」
「いや、俺も敵ではないからな」
そっぽを向く火奈。肩をすくめる欧州。苦笑いを浮かべる火眼。
「まぁ、機嫌直せよ。時間もないし始めようぜ」
「今日はどんな感じにする?」
「そうだな。いつもはさしだから、三つ巴戦は?」
「ふ・ふ・ふ、それは私にとって好都合だね」
「だろ」
なんだかんだ言っても欧州は火奈のことをちゃんと考えていて、その扱いも十分把握している。
三人はそれぞれ同じ距離ずつ離れ向かい合った。
最初に動いたのは火奈だった。
「先手必勝!」
「いつもだよね」
火奈の剣を軽くかわす火眼。
剣の技術だけでなく、駆け引きすら火奈はできていなかった。剣に関してだけは。
「えいっ」
「あっ」
火奈の剣は軽く弾かれ、手は一瞬で空になった。
「火眼、容赦ないな。普段はあんなに甘いのに」
地面に刺さった剣を見ながら、欧州は呆れた顔をしていた。
「ま、まあ。手を抜かれるよりましだしね」
「負け惜しみだな。涙目だしよ」
「うるさい!」
「見てなって。これが剣と剣の戦いよ」
またそっぽを向いた火奈を横目に、欧州は火眼に切りかかる。
火眼は後ろに飛びながらそれを受けとめ、何度か剣をぶつけ合った。
「やっぱり凄い、二人とも」
火奈は気が付いたら、二人の剣を眺めていた。
力強く剣を振る欧州に対し、火眼は上手く見切り、かわしたり受け止めたりしている。
「力だけじゃ、またバテるよ」
「いいさ、これが俺の剣技。これで負けたら仕方ない」
「清々しいね。だからこそ倒しがある」
「……え」
欧州らしくない気の抜けた声が漏れた。
なんと火眼は一瞬にして姿を消したのだ。凄まじい風と共に。
「今のは――」
「飛刀。離れたものを切る力」
「……お前は?」
声の方を見ると、黒髪の男が一人歩いてくる。
細目で黒い瞳。顔には火傷の跡があり、腰から一本の剣を下げている。
「誰でもいいだろう。それよりこの場所を空けてくれないか?」
「今は俺たちが――」
「火眼!」
ようやく火奈は火眼の名を叫んだ。余りの出来事にさっきまで固まっていたのだ。
その声に欧州も目をやるが、火眼は返事どころかピクリとも動かない。
「火眼に何をしたぁ!?」
「だから言っただろ、飛刀だ。そのガキを切ったんだ」
「なんだよそれ……触れてもいないのに」
「だから離れたものを切る力って説明したろ。二度も同じこと言わせるな」
その男は冷酷な目で欧州を見下す。
何の感情も感じ取れないくらい、無表情であった。
「俺の友を切っておいて、何が目的だ」
「だ・か・ら、何でも言わせ――」
「ちげーだろ! ただ場所を空けさせるだけなら切る必要はないはずだ。他に理由があるんだろ」
欧州は鋭く睨み付ける。
恐怖を怒りで押し殺し、その男の真意を問う。
「用意周到なんだよ俺は。もしものために、一対対三から一対二しただけだ」
「分かってるよな。もう話し合いじゃ解決しない状況だってことを」
「俺とやんのか、ガキ二人で。ガキでも知ってる大人と子供の力の差。今出て行けば見逃してやる」
男は不敵に笑った。負けるはずがない、そう言わんばかりに。
火奈は茫然とこの光景を眺めていた。叫んだ以降何もせず、頭の中がどんどんと空っぽになっていく。
その赤い瞳に移るのは、欧州と知らない男だけであった。
「ふざけるな。ここを使いたきゃ、その飛刀で俺も切って見せろ」
欧州は剣を強く握った。額には汗がにじんている。
一瞬目を閉じると覚悟を決めて男との間合いを詰めるが、男がまっすぐ縦に剣を振ると欧州の身体は縦に傷ついた。
「飛刀『一』」
剣を振りながら男が言った言葉。
欧州の傷を確認すると口元を緩め、今度は火奈を方を見た。
「飛刀『二』」
そう言い、火奈に向かって今度はまっすぐ横に剣を振った。
剣を構えることなく立ち尽くす火奈。頭は完全に空っぽとなり、瞬きも忘れ欧州の傷を見つめていた。
「――ッ。ボーっとしてんなよ、俺たちに一矢報いるんじゃなかったのかよ」
「州君……」
欧州の身体は縦横に傷ついていた。火奈を庇い、飛刀をもう一度受けたからだ。傷口は深く、血がドロドロと流れている。息も荒く顔色は真っ青であった。今にも倒れそうな欧州に男はさらに飛刀を放つ。
飛刀『三』。その呟きの後、斜めに剣が振り下ろされる。さっきから目には見えない攻撃。気づくと相手の剣の軌道と同じように身体は傷つき、血が噴き出す。身体は痙攣し、剣を握る手にも力が入らなくなってきた。
「守るために」
(このガキ、まだ倒れないのか)
「たった一つのためだけに」
欧州は気力だけで立っていた。俯くと目に映る黒い土はかすみ、汗がとめどなく流れ落ちる。目を閉じては開くを繰り返し、その際に浮かぶのは固く握られた二つの手であった。
「終われ。弱い者に何かを守る資格はない」
「俺は強――」
「飛刀『四』」
男は剣を円状にグルグルと回転させ始めた。水車のように円を描くと剣の回転を止め、先ほどまで見えていた円の中心を剣で突き刺した。
「ガキには惜しい飛刀だ」
「いやぁぁぁぁぁぁ!」
火奈の悲鳴が広場一面に響き渡った。
欧州の両腕と両脚が傷つき、胴体の中心には剣で貫かれたように前後に傷が出来た。ぐはっと欧州は血を吐き、地面に前から倒れ込んだ。
何が起きたか分からない。ただ火奈は座り込み泣くしかできなかった。
「もう十分与えられただろう。目の前で何もできず、傷付けられるのをただ見るしかない苦しみを。これが最後だ」
「ごめんなさい……」
「飛刀『一』」
火奈は自分の情けなさを知った。弱い者いじめを懲らしめ、自分は強いと奢っていた。こぼれ落ちた謝罪の言葉。それしか言えないことに、止まらない涙に、動かない身体に。
「助けて……」
なにより自分の心の弱さに一番失望した。こぼれ出た二つ目の言葉も他人任せの何にもならない三文字だった。




