第五話 『開放』
「あなたは間違えたんだ」
その言葉と共に、フォッと風を切る音が響いた。
火奈はその音に聞き覚えがあった。むしろ慣れ親しんだ音である。
「火眼……どうして?」
「守る。そう、欧州と約束したから」
背を向けたまま話す火眼。その背中には傷一つなく、どこか切られた様子も見受けられなかった。
火奈は全く状況を把握できていなかった。今日のことでわかった。予想できないことが起こると真っ白になってしまうことを。
そんな火奈に火眼は力強く言う。
「安心して。火奈だけは生きて帰すから」
「えっ……私だけ?」
「どういうことだ? お前は最初に片付けたはずだが……」
男は言葉に似合わず、動揺も一切感じさせず、無感情であった。
火眼は欧州を一瞥した後、男に目をやり睨み付ける。
友の命と友の涙、それは火眼の心を共強制的に怒りへと変え、怒り以外の感情にはなりえない状況であった。
「あたなが言ったんですよ。同じことを二度も言わせるなと」
「何を言って――」
「間違えたって言ったんだよ! てめぇは間違えたんだ。俺が一番弱いと判断して、一撃で消せると思って不意打ちしたんだろうが。一番強いのはこの俺だ。大切なものをこんな目にあわせやがって、覚悟しろよ」
怒りは人を変貌させる。火眼の言葉は明らかに荒れていた。
男よりも火奈が一番驚いている様子であった。
「覚悟、それはこっちのセリフだ。やられたフリをしてれば良かったものを。わざわざヒーロー登場みたいなタイミングで出てきやがって」
「飛刀『一』を破られたこと、忘れてないよな」
「まぐれ、偶然、たまたま。大したことじゃない」
「試してみるか?」
火眼は促すように剣を構えた。余程自信があるのだろう。
飛刀『二』、挑発に乗っかり無表情に横に剣を振る男。だが――
一瞬にして、顔色が変わった。眉間にしわを寄せ、無表情が崩れた。
「何をした?」
火眼はまたしても飛刀を破ったのだ。
その剣は横に振られ、相手の剣と同じ角度であった。
「何って。飛刀の攻略法だろ」
「攻略法?」
「本人は分かるよな?縦には縦、横には横。それが攻略法」
「それは……」
火眼は見抜いていた。そのためにやられたフリをしていた。
「分かっていたなら、どうして……?」
誰もが思う疑問。それを火奈は口にした。
問わずにはいられなかった。目の前で欧州があれだけやられるのを見ていたから。
そんな火奈の方には振り向かず、真っすぐ前を見ながら、
「約束したからな。手を重ねて誓い合った。火奈を守るって。それに欧州がまずは俺に任せろってアイコンタクトを送ってきたから」
「アイコンタクト?」
欧州はあの時気づいていた。火奈が火眼の名を叫んだ後、火眼に目をやった時。いや信じていた。一撃で火眼がやられるはずがないと。だから男に気づかれないように合図した。そしてそれは正しかった。
「今度は俺の番だ。俺が命をかけて火奈を守る」
「何が命をかけるだ。お前らガキに守ることなど十年早い。守る意味すら知らない癖に」
「意味ってなんだ? そんなのどうだっていい。ただ、大切なものを失わないようにするだけだ」
「それじゃ、守るって言わないよ!」
「火奈?」
「さっきからずっとそう、私ばかり生かすことを考えてる。守るっていうなら、自分自身を含めてよ。三人一緒に帰るんだから。一人かけても意味ないよ」
火奈は唇を噛め、俯いた。
自身の無力さが招いた結果だということは分かっている。それでも自分だけ生き残ってしまうことに耐えられなかった。
火眼は思う。それじゃ、戦えないと。
『一つのためだけに戦う』――煙に教わり、その言葉に火眼はひどく共感した。必要不可欠とさえ思える位に。
「話していても、それこそ意味はないな。来いよ、守り切ってやる」
「さっきまでのガキといい、お前ら普通じゃない。……だからこそ、ここで消しておかないと」
男の目は冷酷なものに戻った。むしろ怒りが男を無表情にさせているのかもしれない。
男は再び剣を構えた。前に剣を突き出すその構えは今まで見せたことのないものだった。
新たな飛刀。そう火眼は予想して――
「飛刀『五』、それが俺の『能力』だ」
「能力?」
初めて聞いたその言葉に、眉間にしわを寄せ聞き直す火眼。
でもその瞬間、何かが身体に刺さるのを感じた。今まで感じたこのない感覚。それを理解するのに5秒間も要してしまった。それも理解できたのは火奈の、剣が……という言葉のおかげで。
「どうして、剣が身体に刺さって?いやこれは――」
「貫いた。俺の剣がお前の身体をな」
「……それが飛刀『五』か」
頷く男。その面は気持ち悪いぐらいの満面の笑みであった。
ぐはっと血を吐く火眼。意識が遠くなり倒れそうになるが、なんとか気持ちで堪えた。もしここで倒れたら、意識を手放したら、全てが終わる気がしたから。
火奈の目の前では、剣から血が滴り、その剣は火眼の背中から生えている。欧州の次は火眼までも血を流したことに泣くことも忘れ、言葉すら出なくなっていた。
「恨め、火煙流であることを。その血が流れていることを」
「……」
「最初から聞いていた。会話の中でお前が火煙流であると知って攻撃した。絶望を与えるために」
「…………」
「意識もないか。だけど一つだけ教えてやる。俺は加藤流だ。火煙流に復讐するためだけに生きている」
男は火眼達の方へ歩きながら、火眼越しに火奈を見て話をしていた。
火眼はなんとか話を聞いているが、身体に全く力は入らず、体力も段々と消耗していく。
(これしかないか……)
火眼は残りの力を振り絞り、自分に刺さる刀を掴んだ。
手から血が流れるが、構うことなく握り続けた。
「逃げろ……火、奈。少ししか……もたない」
「やだよ」
火奈は無意識に答えていた。火眼の提案を否定し、逃げる様子は全くない。
そんな火奈に対し、火眼は目を伏せ歯を食いしばる。
そして願うように、天を見ながら口を開いた。
「頼む、俺達のために生きてくれ。ここで、恩返しをさせてくれ」
火奈からは見えないが、泣いているようであった。傷の性か涙の性か、火眼の肩は震えていた。
「だから――」
「一つしか守れないんだよ! たった一つのためだけに戦わなければ、強くいられないんだ!だから……うぐ、はぁ、はぁ……火奈の命しか」
火眼はもう限界だった。叫びと共に吐血し、息も切れ、死と生の境目にいた。
それでも火奈は逃げるどころか、むしろ立ち上がると、火眼の背中に手を置き、停止した。
それから深く息を吸うと、言葉を紡んだ。
「だったら、一つで全てを守れるようにすればいいんだよ。約束、約束を守ると言う約束。これなら私と約束したことは全て守れるよ。だって約束を守ることが火眼のたった一つの守るものになるんだから。たった一つのものためなら戦えるんでしょう?」
「それは……」
朦朧とする意識の中、突然の提案。
何も答えられない火眼に対し、さらに続ける火奈。
「約束して、そいつを倒すと。約束して、三人で生きて帰ると。……約束、もう二度と私の前で負けないで」
火奈は約束を三つ並べた。
火眼の頭には火奈の笑顔がぼんやりと浮かんでいた。もっと頭に焼き付けておけば良かった。最後の最後でぼんやりとなんて。
『約束を守るという約束』、そうかそれを本当に叶えることができるなら――
「もう……一つ、約束したい。……コイツを倒したら、生きて帰れたら、もう二度と負けないから……火奈の笑顔を俺にください」
「うん、約束」
火奈は綺麗な満面の笑みを浮かべていた。涙で頬が輝き、キラキラとした笑顔であった。
そんな笑顔が火眼の頭の中にもクッキリと浮かぶと、自分に刺さる剣を引き抜いた。
その時――
ドォ―――――――――――ン
――大きな光の柱に火眼は包まれた。




