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婚約破棄されたので掲示板に愚痴ったら家族が全員いた件【連載版】  作者: あゆと
第一部

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4/23

第2話【裏】「ただのランチの愚痴が、悪徳商会殲滅戦に発展した件」


 王都の裏通り。



 灯りの消えた倉庫で、

 男が一人、椅子に座らされていた。



 周囲には、

 黒服の男たち。



 その中央で。



 夜の掃除屋は、

 手袋を外していた。



「さて」



 低い声。



「どこまで話すかね」



 椅子の男が震える。



 その時。



 机の上の魔導端末が、

 淡く光った。



 夜の掃除屋の視線が動く。



――


匿名掲示板


スレ主:

「最近、学園のランチが美味しくないです」


――



 空気が止まった。



「……失礼」



 夜の掃除屋は、

 椅子の男から視線を外した。



 そして、

 端末を取る。



――


15 名無しの掃除屋


食材ルートを弄られたかもしれませんね


――



 黒服たちは何も言わない。



 慣れている。



 この男が、

 スレ主の書き込みを最優先にすることに。



「王都の食品流通を洗え」



 黒服の一人が頭を下げる。



「全域ですか」



「全域だ」



「学園関係のみでは」



「全域だ」



「承知しました」



 夜の掃除屋は、

 もう一度だけ端末を見る。



――


22 スレ主


学園のご飯ですよ?


――



 男は小さく笑った。



「ええ」



 指先で、

 ゆっくり文字を打つ。



――


23 名無しの掃除屋


ええ


ですので問題なのです


――



 椅子の男が、

 震える声を漏らした。



「あ、あの……」



「静かに」



 夜の掃除屋は微笑んだ。



「今、

もっとも大事な話をしている」



――



 父の執務室。



 机の上には、

 食品納入業者の名簿。



 父は端末を見て、

 眉を動かした。



――


12 名無しの大黒柱


業者変更の時期か


――



 数秒後。



――


18 名無しの掃除屋


最近、

王都の食品流通が少し荒れておりまして


――



 父は短く息を吐く。



「裏から来たか」



 側近が控える。



「監査局へ」



「はい」



「食品商会を洗え。学園納入分からでいい」



「学園納入分のみで?」



 父は端末を見た。



――


30 名無しの掃除屋


今夜、

少し『掃除』しておきましょう


――



「……いや」



 父は書類を閉じる。



「王都全域だ」



――



 兄の詰所。



 騎士たちは夜間訓練をしていた。



 兄は端末を見る。



――


28 名無しの掃除屋


お嬢さん


――



「誰だこいつ」



 眉間に皺が寄る。



――


30 名無しの掃除屋


今夜、

少し『掃除』しておきましょう


――



 兄の顔が険しくなる。



「掃除?」



 剣を取る。



「俺も行く」



 副官が慌てる。



「団長、どちらへ」



「商会だ」



「はい?」



 そこへ。



 通信端末が光る。



「懐かしいですね」



 低い男の声。



「坊ちゃんは、

 昔から気が短い」



 兄の顔が歪む。



「……お前か」



「お久しぶりです」



 兄は舌打ちした。



「勝手に動くな」



「無理ですね」



「チッ」



 副官だけが、

 会話についていけなかった。



――



 妹の部屋。



 端末の光だけが揺れている。



 妹は無言で資料を開いた。



 納入業者。



 仕入れ価格。



 食材の質。



 差額。



 指が止まる。



「……抜いてる」



 短く呟く。



――


34 名無しの魔導師


ルート確認する


――



 送信。



 次の瞬間、

 複数の帳簿が複写される。



 違法取引。



 産地偽装。



 横流し。



 出る。



 出る。



 かなり出る。



 妹は無表情で、

 父へ送った。



――



 夜。



 王都の食品商会本店。



 扉が叩かれた。



「監査局です」



 裏口。



 黒服が立っていた。



「夜の掃除です」



 屋根の上。



 兄が立っていた。



「逃げるな」



 商会長は、

 三方向を見た。



 前。



 後ろ。



 上。



 逃げ道はなかった。



――



 別の通り。



 荷馬車が止められる。



 箱が開く。



 中身は、

 粗悪な食材。



 さらに奥。



 隠し帳簿。



 そのさらに奥。



 賄賂の記録。



 黒服が淡々と積み上げる。



「掃除屋様」



「何かね」



「思ったより汚れています」



「なら、よく磨きなさい」



 夜の掃除屋は、

 端末を見た。



――


35 名無しの淑女


ほどほどにしてくださいね?


――



 少し考える。



――


36 名無しの掃除屋


善処します


――



 送信。



 黒服が尋ねる。



「ほどほどに、ですか」



「言葉だけだ」



「承知しました」



――翌朝――



 学園の食堂。



 食堂のおばちゃんは、

 入口で固まっていた。



 目の前には、

 山ほどの食材。



 見たこともない肉。



 光るほど新鮮な野菜。



 王室御用達の香辛料。



 その隣に、

 白い服の料理人たちが並んでいた。



「本日より、お手伝いに参りました」



「ど、どちら様で……」



「ただの派遣です」



 料理人は笑う。



「お嬢さんに、

 温かい昼食を」



「お嬢さん?」



 誰も答えない。



――昼――



 父の執務室。



 兄の詰所。



 妹の部屋。



 裏通りの倉庫。



 全員が、

 同じスレッドを見ていた。



――


41 スレ主


なんかすごいことになってます


――



 父が端末を置く。



「間に合ったか」



――


42 名無しの剣士


そうか


――



 兄は腕を組む。



「当然だ」



――


44 名無しの魔導師


改善確認


――



 妹は小さく頷く。



――


45 名無しの掃除屋


お口に合えば幸いです


――



 夜の掃除屋は、

 葉巻に火をつけた。



 そして。



 新しい通知が光る。



――


47 スレ主


今日すごく美味しいです


――



 空気が止まった。



――


48 名無しの剣士


そうか




49 名無しの大黒柱


良かった




50 名無しの淑女


まあ!




51 名無しの魔導師


栄養状態改善確認




52 名無しの掃除屋


……それは何よりです


――



 倉庫の空気が、

 少しだけ緩んだ。



 血の匂いが残る場所で。



 黒服たちが、

 静かに息を吐いた。



「お喜びに?」



「そのようだ」



 夜の掃除屋は、

 端末を見つめる。



 ほんの少しだけ、

 目元が柔らかい。



「では」



 葉巻の灰を落とす。



――


56 名無しの掃除屋


細部も確認しておきましょう


――



 スレ主が返す。



――


57 スレ主


細部?


――



 夜の掃除屋は、

 静かに微笑む。



――


58 名無しの掃除屋


独り言です


――



 黒服が頭を下げた。



「細部は」



「夜までに」



「承知しました」



――夜――



 裏通り。



 最後の荷馬車が消えた。



 王都の食品流通は、

 妙なほど綺麗になった。



 監査局は書類を得た。



 騎士団は逮捕者を得た。



 食堂は食材を得た。



 そして。



 スレ主は、

 美味しい昼食を得た。



 それで十分だった。




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