第12話「 届けられなかったクッキーを家族へ渡したら、みんな妙に感動していた件」
52 名無しの一般人
匿名配送、敗北
53 名無しの魔王
無念
54 名無しの掃除屋
難しい時代ですねえ
55 名無しの一般人
お前らまだ諦めてなかったのかよ
――
昼。
自室。
私は焼き上がったクッキーの箱を見つめながら、
小さくため息を吐いた。
結局。
掲示板のみんなへ渡す方法は、
思いつかなかった。
匿名掲示板だし。
当然なんだけど。
「うーん……」
ちょっとだけ残念。
せっかく、
ありがとうを伝えたかったのに。
――
56 スレ主
でも
クッキー作るの楽しかったです
57 名無しの一般人
それは良かった
58 名無しの淑女
素敵ですわ
59 名無しの魔王
また作ると良い
60 名無しの掃除屋
気持ちが大切ですよ
――
私は少し笑った。
そうかもしれない。
その時。
コンコン。
「リーナ」
お母様だった。
「皆でお茶を飲むけれど、
来る?」
「あ、行きます」
私はクッキー箱を抱えて、
立ち上がった。
――
談話室。
お父様。
お母様。
お兄様。
妹。
お祖父様。
お祖母様。
全員揃っていた。
なんだか最近、
こういう時間が増えた気がする。
私は、
少し嬉しかった。
――
「それは?」
お父様が箱を見る。
「あ、
クッキーです」
お兄様が反応する。
かなり速かった。
「クッキー」
「はい」
私は少し笑う。
「本当は、
掲示板のみんなへ
お礼として作ったんですけど」
空気が止まった。
本当に止まった。
「匿名だから、
渡せなくて」
私は箱を開ける。
「なので、
良かったら家族の皆へどうぞ」
沈黙。
かなり長い沈黙だった。
「……お兄様?」
なぜか。
お兄様が顔を覆っていた。
――
妹は、
クッキーをじっと見つめていた。
かなり真剣に。
お母様は、
扇子で口元を隠している。
お父様は、
静かに目を閉じていた。
お祖母様は、
めちゃくちゃ微笑んでいた。
お祖父様だけが、
酒を飲みながら笑っている。
「お前ら、
分かりやすすぎるだろ」
私は首を傾げた。
なんだろう。
でも。
みんな嬉しそうだった。
――
「食べないんですか?」
私が尋ねると。
お兄様が、
ものすごい勢いでクッキーを取った。
「食べる」
かなり必死だった。
――
「美味しいですか?」
「美味い」
即答だった。
妹も頷く。
「……美味しい」
お母様は優しく笑う。
「とっても美味しいわ」
お父様も、
静かに頷いた。
「そうか」
なんだか、
ちょっと照れる。
でも。
嬉しかった。
――夜――
自室。
私はベッドへ寝転がりながら、
掲示板を開いた。
――
81 スレ主
クッキー
結局家族に食べてもらいました
82 名無しの一般人
それはそれで良い話
83 名無しの淑女
素敵ですわね
84 名無しの魔王
良き判断だ
85 名無しの掃除屋
きっと喜ばれたでしょう
――
私は少し笑った。
本当に。
今日は、
良い日だった気がする。
――
86 スレ主
家族とお茶してました
掲示板の皆さんも
いつもありがとうございます
――
書き込んだ瞬間。
返信が一気に流れた。
――
87 名無しの剣士
当然だ
88 名無しの淑女
ふふ
89 名無しの魔王
良き時間を
90 名無しの掃除屋
こちらこそですよ
91 名無しの金髪
またお話を聞かせてください
92 名無しの影
……ん
――
私は少し笑う。
家族も。
掲示板のみんなも。
みんな優しい。
それだけで、
十分幸せだった。
――
談話室。
家族全員が、
無言で端末を見ていた。
――
86 スレ主
家族とお茶してました
掲示板の皆さんも
いつもありがとうございます
――
沈黙。
かなり長い沈黙。
兄が、
静かに顔を覆う。
妹は停止していた。
母は笑っている。
父は目を閉じた。
祖母は優しく微笑み。
祖父だけが、
酒を飲みながら呟く。
「まったく。
幸せな阿呆共だ」
誰も、
否定できなかった。
ここまで読んでくださって、
本当にありがとうございます。
第一部、
これにて一区切りです。
婚約破棄から始まったはずなのに、
気づけば、
お茶を飲んで、
掲示板で雑談して、
家族とクッキーを食べる話になっていました。
でも、
たぶんこの作品は、
「すごい事件」
より、
「誰かと一緒にいる時間」
の方が大事な物語なのだと思います。
リーナは最後まで、
何も気づいていません。
でも、
気づいていないからこそ、
あの子はずっと幸せでいられるのかもしれません。
そして、
家族も、
掲示板のみんなも、
そんなリーナが大好きです。
第一部では:
・守る
・快適にする
・一緒にいる
までを描きました。
第二部では、
たぶんまた、
皆が勝手に暴走します。
匿名配送は諦めていません。
本当に諦めていません。
ここまで読んでくださった皆様、
感想、ブックマーク、評価、
いつも本当にありがとうございます。
皆様の反応を見ながら、
作者も毎回にこにこしています。
それでは、
また次のお茶会で。




