第10話【裏】「雨で予定が全部なくなったのに、なぜか今日が一番楽しかった件」
朝。
温泉旅館。
窓の外は、
大雨だった。
兄が空を見る。
「……駄目だな」
父も頷く。
「街道も荒れる」
妹は、
すでに予定表を書き換えていた。
温泉街散策。
景勝地。
食べ歩き。
全部中止。
数秒後。
少女は静かに顔を上げた。
「……どうしよう」
初めてだった。
“外へ連れて行く”以外の正解が、
分からなかった。
――
兄は真剣な顔で窓を見ていた。
「足元が悪いな」
かなり本気だった。
――
父は、
こっそり仕事へ戻ろうとしていた。
だが。
「駄目です」
母が書類を取り上げる。
「……少し確認するだけだ」
「家族旅行中です」
「分かっている」
「分かっていたら、
仕事しません」
父は黙った。
かなり弱い。
――
妹は、
旅館の娯楽一覧を見ていた。
卓球。
将棋。
カード。
読書室。
全部表示されている。
だが。
少女は難しい顔をしていた。
「……退屈する」
姉が。
それが問題だった。
――
その時。
廊下から、
笑い声が聞こえた。
リーナだった。
「お祖母様、
それ反則ですって」
「反則じゃないわよお」
妹が止まる。
兄も止まる。
父も顔を上げる。
――
広間。
リーナは、
祖父と将棋をしていた。
かなり楽しそうだった。
祖母は笑い。
母はお茶を淹れている。
しかも。
特別なことは、
何もしていない。
ただ。
みんな同じ場所にいた。
――
「……楽しそうだな」
兄が小さく呟く。
父も静かに頷いた。
妹だけが、
じっと姉を見ている。
――
カードゲーム。
兄が負ける。
「なぜだ」
「顔に出てますよ?」
リーナが笑う。
兄は固まった。
かなり悔しそうだった。
でも。
少し嬉しそうでもあった。
――
昼。
広間。
雨音。
湯気。
静かな空気。
誰も、
無理に何かしようとしていない。
父も、
仕事を閉じたまま。
兄も、
見回りへ行かない。
妹も、
術式を展開していない。
ただ、
そこにいた。
――
祖父が酒を飲みながら呟く。
「ようやく分かったか」
兄が眉を寄せる。
「何がだ」
「リーナは、
豪華なもんが好きなんじゃない」
父も静かに聞いていた。
「家族と一緒におる時間が、
好きなんだ」
静かな声だった。
誰も反論しない。
できなかった。
――
妹が小さく呟く。
「……喜ばせようとして、
色々やりすぎてた」
母が優しく笑う。
「みんな、
リーナを大事にしたかったのよ」
「……ん」
妹は少し俯いた。
でも。
その隣で。
リーナが、
楽しそうに笑っていた。
――夜――
部屋。
雨音が静かに響く。
リーナが、
座布団へ寄りかかりながら呟いた。
「今日、
一番楽しかったかもしれません」
兄の動きが止まる。
父も、
静かに顔を上げた。
「散歩もできなかったのに?」
母が尋ねる。
リーナは頷く。
「でも。
みんな、
ずっと一緒にいてくれたので」
沈黙。
かなり長い沈黙だった。
祖父だけが、
小さく笑う。
「ほれ見ろ」
兄は何も言えない。
父も黙る。
妹だけが、
そっとリーナへ寄った。
その夜。
家族全員が、
少しだけ理解した。
“守る”と、
“一緒にいる”は、
似ているようで違うのだと。




