第10話【表】「雨で予定が全部なくなったのに、なぜか今日が一番楽しかった件」
1 スレ主
温泉旅行中なんですけど
雨すごいです
2 名無しの一般人
山の天気は変わりやすいからなあ
3 名無しの淑女
風邪を引かないようにしてくださいね
4 名無しの魔王
山雨か
5 名無しの掃除屋
足元にはお気をつけて
――
朝。
窓の外は、
雨だった。
かなり本格的。
ざあざあ降っている。
「わあ……」
私は布団の中から、
ぼんやり窓を見た。
今日は、
温泉街を散歩する予定だった。
景色も見たかったし。
お土産屋さんも回りたかった。
でも。
これは無理そう。
――
6 スレ主
今日は散歩予定だったんですけど
無理そうです
7 名無しの一般人
残念だなあ
8 名無しの淑女
そういう日もありますわ
9 名無しの魔王
雨音を聞きながら入る湯も良い
10 名無しの掃除屋
旅館でゆっくりするのも贅沢ですよ
――
私は小さく息を吐いた。
少し残念。
でも。
仕方ない。
――
「リーナ」
お母様が部屋へ入ってくる。
「朝ごはん行きましょう?」
「はーい」
私は浴衣のまま、
のんびり廊下を歩いた。
――
朝食会場。
窓の外では、
雨が降っている。
でも。
中は暖かかった。
焼き魚。
お味噌汁。
湯気の立つご飯。
なんだか、
すごく落ち着く。
「美味しい……」
お兄様が頷く。
「それは良かった」
妹は、
私のお茶が減るたびに注ぎ足してくる。
「そんなに気を遣わなくても大丈夫だよ?」
「……ん」
でも。
また減ると注ぎ足す。
真剣だった。
――
朝食後。
外はまだ雨。
お兄様が窓を見る。
「止みそうにないな」
お父様も頷く。
「今日は館内で過ごすか」
「むう」
私は少しだけ唇を尖らせた。
その時。
お祖母様が笑う。
「じゃあ、
みんなで遊びましょうか」
「遊ぶ?」
お祖父様が将棋盤を持ってきた。
お母様はカードを持ってきた。
お兄様は、
なぜか本気の顔をしている。
「負けん」
「お兄様、
遊びですよ?」
――
最初は将棋。
お祖父様が強すぎた。
「お祖父様、
強すぎません?」
「普通だ」
「絶対違います……」
お兄様は真剣。
妹は無言。
お父様は途中から考えるのをやめていた。
お祖母様だけが、
ずっと楽しそうだった。
――
次はカードゲーム。
お兄様が弱かった。
「なぜだ……」
「顔に全部出てますよ」
お母様が笑う。
お兄様はかなり悔しそうだった。
妹は、
ずっと私の隣。
でも。
カードより、
私の反応を見てる気がする。
「妹?」
「……楽しい?」
「うん。
すごく楽しい」
妹は、
少しだけ安心した顔をした。
――昼――
旅館の広間。
雨音。
温かいお茶。
ぼんやり外を眺める。
誰も喋ってない。
でも。
なんだか、
居心地が良かった。
お父様も、
今日は書類を開いていない。
お兄様も、
見回りへ行っていない。
妹も、
何も測っていない。
ただ。
みんな、
同じ場所にいた。
――
「……平和ですね」
私が呟くと。
お祖父様が小さく笑った。
「そうだな」
お母様も頷く。
「こういう日も悪くないでしょう?」
「はい」
本当に。
悪くなかった。
――夕方――
雨は、
まだ降っていた。
でも。
私はもう、
あまり気にならなかった。
卓球したり。
温泉入ったり。
お菓子食べたり。
だらだら喋ったり。
それだけなのに。
なんだか、
ずっと楽しい。
――夜――
部屋。
窓の外では、
静かな雨音。
私は座布団へ寄りかかりながら、
ぼんやりお茶を飲んでいた。
お兄様は、
もう警戒していない。
お父様も、
仕事を見ていない。
妹は、
私の隣でうとうとしている。
お母様とお祖母様は、
楽しそうに話していた。
お祖父様は、
静かに酒を飲んでいる。
なんでもない時間。
でも。
私は、
ふと思った。
「……今日が、
一番楽しかったかもしれません」
部屋が静かになる。
「散歩もできなかったのに?」
お母様が少し驚いた顔で聞く。
私は頷く。
「はい。
みんなと、
ずっと一緒にいられたので」
誰も、
すぐには喋らなかった。
ただ。
お兄様が少しだけ目を逸らして。
お父様が静かにお茶を飲んで。
妹が、
そっと私へ寄ってきた。
雨音だけが、
静かに部屋へ響いていた。




