第9話【表】「家族旅行が久しぶりすぎて、全員ちょっと不器用だった件」
1 スレ主
温泉って楽しそうですよね
2 名無しの淑女
まあ
3 名無しの魔王
良いぞ
4 名無しの掃除屋
疲れも取れますからねえ
5 名無しの一般人
温泉いいなあ
――
夜。
私はベッドの中で、
ぼんやり端末を見ていた。
温泉。
ちょっと気になる。
お祭りのあと、
みんなでお出かけの話になってから、
なんとなく考えていたのだ。
温かいお湯。
のんびり景色。
美味しいご飯。
すごく、
幸せそう。
――
6 スレ主
ゆっくり景色見ながら
のんびりしたいです
7 名無しの淑女
素敵ですわね
8 名無しの一般人
わかる
9 名無しの魔王
雪見風呂も良い
10 名無しの掃除屋
海辺の宿も捨てがたい
――
私は少し笑った。
なんだか、
想像しているだけで楽しい。
――
11 スレ主
家族みんなで行けたら楽しそうです
――
掲示板が、
一瞬だけ静かになった。
――
12 名無しの淑女
ふふ
13 名無しの一般人
家族旅行っていいよな
14 名無しの掃除屋
それは素敵ですねえ
15 名無しの魔王
うむ
――
私は小さく欠伸をした。
今日はもう眠い。
温泉。
本当に行けたらいいな。
――翌朝――
朝食の席。
珍しく、
家族全員が揃っていた。
父もいる。
兄もいる。
妹もいる。
祖父は新聞を読み。
祖母はパンへジャムを塗っていた。
その時。
父が咳払いする。
「リーナ」
「はい?」
「今週末だが、
学園の予定はあるか?」
「え?
特にはありませんけど……」
「そうか」
父は一度、
家族を見回した。
「では、
温泉へ行かないか」
私は目を瞬かせた。
「……みんなで?」
兄が頷く。
「休暇を取った」
妹も小さく頷く。
「……行く」
母が微笑む。
「たまには、
家族旅行も良いでしょう?」
私は、
しばらく言葉が出なかった。
父も忙しい。
兄も忙しい。
妹なんて、
いつも何か作業している。
だから。
こうして、
みんな揃って出かけるなんて、
久しぶりだった。
「……行きたいです」
気づけば、
少し笑っていた。
祖母も嬉しそうに笑う。
「温泉まんじゅう買いましょうねえ」
祖父だけが、
新聞の向こうで小さく笑っていた。
――
王都は、
妙に騒がしかった。
「街道整備!?」
「温泉街の警備増えてない!?」
「高級旅館の予約全部消えたぞ!」
私は馬車の窓から、
ぼんやり外を見る。
なんだろう。
最近の王都、
ずっと騒がしい気がする。
――
温泉街へ到着した瞬間。
「わあ……」
思わず声が漏れた。
山。
川。
湯気。
空気まで柔らかい。
しかも。
旅館がすごかった。
綺麗。
広い。
お庭まである。
――
「リーナ」
母が手を振る。
「こっちよ」
私は少し驚いた。
父が、
普通に荷物を持っている。
兄もいる。
妹までいる。
なんだか、
少し不思議だった。
――
部屋へ入る。
畳。
大きな窓。
その向こうには、
綺麗な山。
「すごい……」
私は窓際へ駆け寄った。
妹も来る。
そのまま、
隣へ座った。
「……綺麗」
「ね」
妹は小さく頷いた。
でも。
次の瞬間には、
窓の隙間風を確認し始める。
「寒くない?」
「大丈夫だよ?」
「……ん」
まだ、
少しだけ心配そうだった。
――夕方――
露天風呂。
空が赤い。
湯気が揺れる。
「あったかい……」
思わず、
力が抜けた。
隣では。
祖母と母が、
のんびり話している。
少し離れた場所では。
妹が、
真剣な顔で温度を測っていた。
「何してるの?」
「確認」
「ふふ」
本当に、
真面目なんだから。
――夜――
宴会場。
料理が並ぶ。
湯気。
笑い声。
祖父が酒を飲み。
兄が真顔で鍋を取り分け。
父は途中まで仕事の書類を見ていたけど。
母に没収されていた。
「今は駄目です」
「……少しだけだ」
「駄目です」
兄も頷く。
「今日は休め」
「お前に言われたくない」
その兄は、
さっきから周囲を警戒している。
「兄様」
「何だ」
「温泉です」
「分かっている」
「全然分かってなさそう」
私は吹き出した。
なんだか、
おかしかった。
――
食後。
部屋へ戻る。
窓の外には、
静かな夜空。
妹が隣へ座る。
兄は廊下を見回りに行った。
父は、
結局こっそり書類を持ち込んで、
母にまた怒られている。
祖父は酒。
祖母は温泉まんじゅう。
みんな、
いつも通りなのに。
でも。
一緒にいるだけで、
なんだか少し嬉しい。
その時。
窓の外で、
ぽつりと雨音が鳴った。
「雨?」
兄が窓を見る。
「明日は崩れるかもしれんな」
「ええー……」
私は少しだけ肩を落とした。
でも。
祖母がお茶を淹れて。
母が笑って。
妹が隣へ寄ってくる。
なんだか。
それでも楽しい気がした。




