第8話【裏】「足が痛いと愚痴ったら、移動インフラが全部過保護仕様になった件」
朝。
侯爵家。
兄は、
掲示板を見た瞬間に立ち上がった。
――
1 スレ主
昨日歩きすぎたせいで
まだ足が痛いです
――
「歩かせたのか」
低い声だった。
副官が困惑する。
「祭りですからね……?」
「人が多かった」
「はい」
「地面も硬い」
「はい」
「馬車を出す」
「はい?」
兄はもう歩き出していた。
――
父の書斎。
父は端末を見ながら、
静かに眉を寄せていた。
――
9 スレ主
歩いて20分くらいです
――
「遠いな」
側近が顔を上げる。
「普通では?」
「娘が歩いている」
「はあ」
「改善が必要だ」
父はさらさらと書類へ署名した。
「南通りの再整備を前倒ししろ」
「……今日中にですか?」
「今日中だ」
側近は遠い目をした。
――
妹の部屋。
少女は、
すでに計算を始めていた。
歩幅。
疲労。
筋肉負荷。
石畳の硬度。
通学路の傾斜。
全部表示されている。
「……負担が大きい」
指が動く。
次々と、
新しい術式が組まれていく。
振動軽減。
衝撃分散。
疲労緩和。
姉が歩く前提そのものを、
消そうとしていた。
――
北の城。
元魔王は、
難しい顔で腕を組んでいた。
――
18 名無しの魔王
輿でもよいぞ
――
「山道が悪いな」
部下が震える。
「ま、魔王様」
「何だ」
「輿とは」
「運ぶのだ」
「誰を」
元魔王は真顔だった。
「あの子を」
部下たちは、
もう何も聞かなかった。
――
裏通り。
掃除屋は、
石畳を見下ろしていた。
「硬いですね」
黒服が頷く。
「転倒時の危険性もあります」
「削りましょう」
「全部ですか?」
「全部です」
黒服たちは、
無言で動き始めた。
――
昼前。
王都南通り。
「何だこの工事!?」
「昨日まで普通だっただろ!?」
役人たちが叫ぶ。
だが。
騎士団。
監査局。
商会。
魔導技師。
全部、
許可済みだった。
しかも。
誰が始めたのか、
誰も知らない。
――
兄は、
馬車を見ていた。
「揺れは」
「問題ありません」
「段差は」
「全て補修済みです」
「そうか」
兄は頷く。
そして。
小さく呟いた。
「痛かっただろうな」
副官だけが、
少し気まずそうな顔をしていた。
――
妹は、
学園入口の映像を見ていた。
――
41 スレ主
なんか絨毯あります
――
少女は数秒沈黙した。
「……悪くない」
転倒率が下がる。
衝撃も減る。
理論上、
かなり優秀だった。
――
夜。
侯爵家。
家族全員が、
掲示板を見ていた。
――
61 スレ主
でも
本当は普通に歩いて
みんなと一緒に帰るのも好きなんですよね
――
沈黙。
かなり長い沈黙だった。
兄が最初に口を開く。
「……またやった」
父が目を閉じる。
母が小さく笑う。
妹は固まっていた。
――
「快適性を優先しすぎたわねえ」
祖母が編み物をしながら言う。
「リーナは、
一緒に帰りたかったのよ」
誰も反論できなかった。
――
祖父が茶を飲む。
「お前ら、
昔からそうだ」
兄が眉を寄せる。
「どういう意味だ」
「守るのに必死で、
一緒にいるのを忘れる」
静かな声だった。
かなり刺さったらしい。
誰も喋らない。
――
その時。
新しい通知が光った。
――
66 スレ主
今度は
みんなでのんびりお出かけしたいです
――
兄が顔を上げる。
「行く」
妹も頷く。
「行く」
父は予定表を開いた。
「時間を空ける」
母は笑う。
「温泉が良いかしら」
祖母も頷く。
「海も良いわねえ」
祖父だけが、
呆れたように笑っていた。
「最初から、
そうすりゃ良かったんだ」




