第7話【裏】「少し退屈だと愚痴ったら、王都で世界規模の大祭典が突如開催された件」
侯爵家。
深夜。
父の書斎。
机の上には、
大量の書類。
その横で。
端末が静かに光っていた。
――
1 スレ主
なんだか最近平和ですね
少し退屈かもしれません
――
父は数秒沈黙した。
それから。
静かに眼鏡を外す。
「退屈……」
低い声だった。
側近が恐る恐る尋ねる。
「何か問題でも」
「娘が退屈している」
「はあ」
「由々しき事態だ」
側近は黙った。
この家では、
それは本当に重大案件だからだ。
――
兄の詰所。
兄は端末を見ていた。
――
8 スレ主
それはそうなんですけど
少しくらいイベントほしいです
――
「イベント」
兄が立ち上がる。
「祭りだな」
副官が混乱する。
「なぜそうなるんです?」
「退屈してる」
「はい」
「祭りが必要だ」
「はい?」
兄はもう聞いていなかった。
――
妹の部屋。
少女は無言で掲示板を見ていた。
――
29 スレ主
屋台あると嬉しいです
りんご飴食べたい
――
数秒。
沈黙。
次の瞬間。
空中へ、
大量の地図が展開された。
王都。
屋台配置。
導線。
混雑予測。
避難経路。
魔導通信網。
少女は、
無表情のまま処理を続ける。
「……りんご飴」
最重要事項だった。
――
社交界。
母は夜会の最中だった。
だが。
端末を見た瞬間、
微笑む。
「まあ」
貴婦人たちが集まる。
「何か良いことでも?」
「ええ」
母は優雅に扇を開く。
「近々、
王都で大きなお祭りが開かれるかもしれませんわ」
「まあ!」
数分後には、
噂が広がっていた。
本当に自然に。
――
裏通り。
掃除屋は葉巻を咥え、
端末を眺めていた。
――
20 名無しの掃除屋
王都の屋台を全て押さえましょう
――
黒服が尋ねる。
「本当に押さえるんですか」
「当然でしょう」
「全部?」
「全部です」
掃除屋は微笑む。
「お嬢さんが、
りんご飴をご希望ですよ?」
黒服は即座に頭を下げた。
「失礼しました」
――
北の城。
元魔王は、
豪快に笑っていた。
――
21 名無しの魔王
空は我が軍が彩る
――
「花火だ!」
部下たちが震える。
「ま、魔王様」
「何だ」
「なぜ我々が祭りを」
元魔王は腕を組む。
「祭りは良いものだ」
「はあ……」
「賑やかな方が笑う」
部下たちは、
静かに頷いた。
誰も逆らわなかった。
――
別の国。
白い宮殿。
金髪の青年が立ち上がる。
――
19 名無しの金髪
幻獣サーカス団も出せます
――
「専用飛空艇を用意しろ」
側近が震える。
「どの規模で?」
「全規模だ」
「全」
「最高の祭典にしろ」
青年は微笑む。
「退屈など、
忘れるくらいにな」
――翌朝――
王都。
大混乱だった。
「中央広場の使用許可だと!?」
「急すぎる!」
「幻獣が飛んでるぞ!」
「北から魔族来てるんだけど!?」
役人たちは叫ぶ。
だが。
許可証は揃っていた。
予算も通っていた。
警備も配置済み。
屋台も確保済み。
しかも。
誰が責任者なのか、
誰も分からない。
――
父は書類を閉じる。
「問題ないな」
「どこがです!?」
側近が叫ぶ。
「魔王軍まで来ていますが!?」
「平和的利用だ」
「平和!?」
――
昼。
兄は警備配置図を見ていた。
「ここに騎士を置け」
「団長、
祭りですよ?」
「人が多い」
「はい」
「リーナが転ぶかもしれん」
「はい?」
兄は真顔だった。
――
妹は、
監視魔法を調整していた。
群衆密度。
温度。
転倒率。
疲労予測。
移動速度。
全て計算済み。
そして。
――
71 スレ主
お祭りすごく楽しかったです
でも歩きすぎて
足が痛いです
――
少女の指が止まる。
空気が変わった。
「……歩かせすぎた」
小さな呟きだった。
――
夜。
侯爵家。
家族全員が、
それぞれ端末を見ていた。
――
76 スレ主
あと
家族とも回れたらよかったです
みんな忙しそうだったので
――
沈黙。
かなり長い沈黙。
兄が固まる。
父が目を閉じる。
母が小さくため息を吐く。
妹は止まっていた。
祖父だけが、
静かに茶を飲む。
「阿呆共」
全員が黙った。
――
祖母が笑う。
「だから言ったでしょう?」
「…………」
「リーナは、
一緒に遊びたかったのよ」
沈黙。
かなり痛いところを突かれた顔だった。
――
その瞬間。
複数の端末が同時に光る。
――
81 スレ主
ふふ
次はちゃんと誘ってみます
――
兄が即座に立ち上がる。
「次は絶対行く」
「落ち着いてください団長」
父は予定表を開く。
「次回は日程を空ける」
妹は、
無言で新しい移動計画を作り始めた。
母は笑う。
「まあまあ」
兄は、
すでに次回の警備計画を書き始めていた。
父は予定表を調整する。
妹は新しい移動術式を組み直す。
母は楽しそうに微笑み。
祖母は編み物を続ける。
祖父だけが、
呆れたように茶を飲んでいた。
「最初から、
一緒に行けば良かったんだ」
誰も、
反論できなかった。




