第5話【裏】「運動のために裏山へ行くと言ったら、魔王軍がバリアフリー庭園を造成した件」
【5話【裏】】
運動のために裏山へ行くと言ったら、魔王軍がバリアフリー庭園を造成した件
北の果て。
雪の城。
巨大な暖炉の前で。
一人の男が、
茶を飲んでいた。
白髪。
長い傷跡。
年老いてなお、
山のような威圧感。
かつて。
人類と百年戦争を行った、
元魔王だった。
その机の上で。
魔導端末が光る。
――
6 スレ主
裏山でも散歩しようかと
――
男の手が止まる。
沈黙。
数秒後。
ゆっくり口を開いた。
「山?」
部下たちが凍りつく。
「……はい?」
「裏山と言ったか」
「はい」
元魔王は立ち上がる。
「危ないな」
部下たちは顔を見合わせた。
嫌な予感しかしない。
――
侯爵家。
朝食の席。
祖父は、
静かに新聞を読んでいた。
父が紅茶を飲む。
兄が端末を見る。
妹が無言でパンを食べる。
祖母がジャムを塗る。
そんな中。
祖父だけが、
ふっと眉を動かした。
「山か」
ぼそり。
父が視線を向ける。
「父上?」
「裏山は危ない」
兄が頷く。
「その通りです」
祖父は新聞を畳む。
「昔、
大蛇がおった」
「昔すぎません?」
妹が呟く。
「今はおらん」
祖父は立ち上がった。
「散歩なら、
歩きやすい方がよい」
そのまま、
ふらりと部屋を出る。
父が額を押さえた。
「……嫌な予感がするな」
兄が頷く。
「ええ」
祖母だけが、
優雅に紅茶を飲んでいた。
「まあまあ」
――
北の城。
元魔王は、
巨大な地図を見下ろしていた。
「ここか」
指先が、
小さな裏山を示す。
部下が震える。
「ま、まさか……」
「軍を出す」
「やはり!!」
元魔王は真顔だった。
「石ころは危険だ」
「その規模で!?」
「木の根も危ない」
「山ごと消えます!!」
元魔王は腕を組む。
「では、
半分だけ削るか」
部下たちは、
本気で悩み始めた。
――
王都。
掃除屋の執務室。
葉巻の煙が揺れる。
掃除屋は端末を見て、
苦笑した。
――
16 名無しの魔王
山は危ない
――
「来ましたか」
黒服が尋ねる。
「知り合いで?」
「古い隣人ですよ」
掃除屋は立ち上がる。
「庭師を出しなさい」
「庭師ですか」
「花も必要でしょう」
――
騎士団詰所。
兄が端末を見る。
――
22 名無しの魔王
我が軍勢で
平らにしよう
――
兄の額に青筋が浮かぶ。
「削りすぎるな」
副官が呟く。
「誰に言ってるんです?」
「元魔王だ」
「はい?」
兄は剣を取る。
「俺も行く」
「戦争ですか?」
「散歩道だ」
副官は、
静かに遠い目をした。
――
深夜。
裏山。
轟音。
木々が揺れる。
巨大な魔族たちが、
土を均していた。
「もっと平らに!」
「段差を消せ!!」
「花壇を右へ!!」
そこへ。
騎士団が到着する。
「東側を整備する!」
「ベンチを追加!」
さらに。
黒服たちが、
大量の花を運び込む。
「景観を整えろ」
「東屋も作れ」
山だった場所が、
みるみる庭園へ変わっていく。
――
その少し離れた場所。
祖父は、
一人で岩に座っていた。
湯気の立つ茶。
静かな夜風。
隣には、
元魔王が立っていた。
「久しいな」
「うむ」
短いやり取り。
元勇者と元魔王。
かつて世界を二分した怪物たちは。
今。
孫娘の散歩道を見守っていた。
「削りすぎるなよ」
祖父が言う。
元魔王が鼻を鳴らす。
「分かっておる」
「花は残せ」
「心得ておる」
しばらく沈黙。
それから。
祖父が小さく笑った。
「……孫は、
山歩きが好きでな」
元魔王は腕を組む。
「転ばせるわけにはいかん」
二人とも、
本気だった。
――翌朝――
裏山は。
誰が見ても、
やりすぎなくらい綺麗になっていた。
王都役人たちは、
頭を抱えた。
「誰が工事許可を……」
「予算書がありません!!」
「なんだこの花壇!?」
「東屋まであるぞ!!」
誰も分からない。
ただ一つ確かなのは。
今日。
リーナは、
安全に散歩できるということだけだった。




