七十一、其々の思惑
昨晩、皆が寝静まった頃、ネオはウォルトと共に魔方陣研究室を訪れていた。
研究室は地下室に設けられており、其れなりの深さと広さがある。
一階と地下室とを繋ぐ石の階段は円形の壁を伝うように螺旋状に作られており、降りた先には大量の書物や魔方陣の描かれた紙が置かれていた。
「立派な研究室だにゃ。これだけ丈夫に造られてるなら失敗作が暴発しても安心だにゃ」
「そうなんですよ。始めの頃はよく失敗作を作って暴発していたものです。
此処はかつてリリィさんのお父様がお仕事で使っていた場所のようなので、集中出来るよう周囲の音も聞こえないよう設計されているんです。
もっとも、この辺りは元々静かな場所なので、防音設備の必要性は疑問ですが」
「確かにそうだにゃ。リリィのパパは何の仕事をしてたのにゃ?」
「商人だったようですよ?此処にある書物はリリィさんが買ってくれた物の他に、お父様が売り物として取り扱っていた物も多くあるんです」
「というか、どうしてこの地下室の灯りはロウソクなのにゃ?
上にある完成された魔方陣はウォルトが作ったのにゃ?」
「あははは・・・、恥ずかしながら、僕は生まれつき他の人よりもマナの保有量が少ないんです。
それも圧倒的に。なので、少しでもマナを節約するためにこうしてるんです。
魔方陣を作るのにも、試すのにもマナは必要ですから」
「そうかにゃ。やっぱりどんな天才にも欠点はあるものだにゃ〜」
「僕が・・・天才・・・ですか?」
「だにゃ。ウォルトの作った魔方陣を上でいくつか見たのにゃ。
見たことの無い陣形ばかりだったけど、どれも何と無く雰囲気が似てたにゃ。あれは魔道書で習ったものじゃなく、ウォルトのオリジナルなのにゃ?
それに一つ一つの線は綺麗で無駄に思える線は無く、紙魔方陣はどんな初心者でも使えるようなシンプルな造りなのに、効力はとんでもなく高いのにゃ。
理由は分からないけど、ウォルトの作った魔方陣からは何か不思議なエネルギーを感じたのにゃ。
あれだけの魔方陣は中々お目にかかれるものじゃないのにゃ。
つまり、ウォルトは天才なのにゃ」
「驚いた・・・、ネオさんがそこまで魔方陣に詳しいだなんて。
ただの冒険者にそこまでの知識や見る目を養えるとは思えません。グランさんの異常な強さといい、シロちゃんの速さといい、知れば知るほど只者ではありません。
あなた方は一体、何者なんですか?」
*****
外は雨。
ギルドへ向かう獣車の中ーーー。
「文霊の加護?ウォルトの奴がそれを持ってるってのか?」
「そうだ。賢者で見たから間違いねぇ」
「文霊の加護ーーー、普通に考えりゃ言霊の加護に似た力ってとこか。
そういやウォルトのやつ、書くのは得意だって言ってたよな。
それなら、魔筆とかいう珍しい物を武器として使ってるのにも納得が行くな」
「やっぱり、あの家は何かおかしいのです」
「おかしい?何がだ?」
「ふむ、やはりニケも気付いていたか」
「え、何その感じ。まさか何も気付いてないの俺だけ?」
「いや、俺も気づいてないぞ」
「俺もだ」
「よし、それでこそ巨森の悪戯妖精のメンバーだ。
それで、何がおかしいんだ?」
「まず、ウォルトなのです。
あいつの魔方陣の才能は本物なのです。あれだけの魔方陣が作れるのに、それだけで生活が成り立たないというのは不自然なのです。
普通に考えれば冒険者としても、Fランク止まりなんてことは無いはずですし、あれだけの魔方陣の才能と文霊の加護があれば、間違いなくCランク冒険者に遅れを取ることはないのです」
「ウォルトは駆け出しの魔方陣製作者じゃないーーー?
というか待て、それじゃあキートンズって冒険者パーティーに置き去りにされたってのは!」
「魔方陣の才能だけは間違いないのです。
王宮に仕えることだって出来る筈なのに、何故あの家でリリィと貧乏なフリをする必要があるのか・・・です。
その他は憶測に過ぎないですが、例のCランク冒険者がまだギルドへ到着してなければ、ウォルトに殺されてても何ら不自然はないのです」
「いや、サラッと怖えこと口に出すんじゃねぇよ!
それを疑うにはまだ早過ぎるだろ。
つうか、貧乏なフリってのはどういうことだ?それに、ウォルト以外にもおかしいことがあるってのは、つまりーーー」
「ですです。
一番変なのはリリィなのです」
「リリィさんが?どうして」
「ウォルトの言い方からして、其れなりに貧しい生活を送っている筈なのに、あの家は生活が潤い過ぎてるです。
家や家具は親から貰ったとしても、リリィが着ている服は虫食いやシミひとつ無い、上等な生地の物。
髪には艶があり、虫歯は無く、爪には汚れ一つない。
手にも傷やマメは一つも無かったのです。
なのに庭は綺麗に整備され、馬は良く肥え、食料は豊富にあり、ウォルトの描いた生活魔方陣は家の至る場所に置いてある。
お金に困ってるなら少しでも多く売ろうとする筈なのです。
それから、ミア様を見る目が気持ち悪過ぎなのです」
「ミアを見る目が気持ち悪ぃってのはおいといても、つまり金には困ってねぇと・・。
だけどリリィさんくらいいい人ならご近所さんや友達て良くしてくれる人が居ても不思議じゃねぇし、あの家を残してくれた両親が金持で、遺産を相続したって可能性もあるだろ?
金があっても無いふりをする奴ってのも珍しくはねぇだろうしさ」
「確かにそうなのです。
ですが、あの家は何か匂うのです。少し注意して様子を見るべきなのです」
*********
「此処まででいいのにゃ。帰りは自分でなんとかするから、リリィは先に帰っててにゃ!
それじゃ、行ってくるのにゃ」
「ええ、気を付けて行ってらっしゃい。さっきも言ったけど、呉々も危ない場所へは近付かないようにね?」
土砂降りの雨の中、リリィの家で朝食の後片付けを終えたネオは、街へ魔方陣を売りに向かうと言うリリィと共に馬車に乗り、セイロン北部の中でも中心地に近い、ブリフィクス通りへとやって来た。
此処には多くの商店が立ち並んでおり活気があるのだが、少し道をそれた裏路地、通称“トラフィック通り”にはリリィの言う“危ない場所”が広がっている。
所謂、闇市と呼ばれるような怪しい商品を取り引きする商店が軒を連ねているのだ。
そんな事情を知ってか知らずか、ネオはあっという間に人混みの中に消えたーーー。
「ネオくん、ちゃんと帰って来られるといいけどーーー」
********
今日は朝から快晴。
これから始まる僕の完璧な一日を暗示するかの如き青空だ。
僕は将来を有望視される、若手No. 1の騎士。
それは当然だろう。幼い頃より、血を吐くほどの鍛錬を積み重ねて来たのだ。誰よりも努力してきたと自負しているし、実際に周囲には敵と呼べる存在など一人もいなかった。
訓練兵として入団して以降、最速で騎士の称号を賜り、十二歳でセイロン王国騎士団の一番大隊に属する中隊の副隊長になった。
これは史上二番目の若さだった。
僕より上がいる事に驚きだがまぁいい、どこのどいつか知らんが中隊長になるのは僕が先だ。
この時、初めてライバルが出来た。
会った事もないライバル。僕は今まで以上に努力するようになった。
ライバルの存在に感謝し、慢心する事なく日々研鑽を積んだのだ。
化け物揃いの隊長達の中に割って入る。これは並大抵の努力では不可能。
人族が築き上げたセイロン王国には、今では多種多様な種族が暮らし、当然、騎士団の構成員にも様々な亜人種がいる。
人族である僕が獣の力を兼ね備えた彼らに対抗するには、普通の努力では到底追いつかない。
剣の修行を重ね、知識を蓄えた。
そして努力は実り、僕は中隊長に選ばれた。
僕はこの時、まだ十四だ。
周りの隊長達は若くても二十代、大半は三十歳半ばの屈強な戦士達で構成されている。
これなら例の奴に勝てる、そう思った。
だが、又しても僕は史上二番目の烙印を押された。
僕より若くして中隊長になるなど正気の沙汰ではない。
一体、それはどんな奴で、どんな方法を使って中隊長になったのだ?
今までは奴のことを自分を高める為の道具くらいにしか思っていなかったが、さすがの僕も気になり始めた。
セイロン王国の騎士団において、例えどれ程有力な貴族の御曹司であろうと、其れのみで出世するなど不可能なのだ。
騎士としての階級を上げるには、何より実力が必要。
僕は、僕の先を行く者の正体を調べた。
調べたというのは大袈裟か。何せ彼はセイロンに知らぬ者などいない超のつく有名人だったからだ。
部下の隊員に聞くだけで直ぐに分かった。
セイロン王国騎士団団長、ボーマン・M・アルセイル。
僕のライバルの正体は、この騎士団のトップ、僕が目指すべき場所に君臨する男だった。
胸が高鳴った。
ーー僕がお前を団長の座から引きずり降ろしてやる。
そう思った。
さて、団長までの道は此処からが険しい。
セイロン王国騎士団のトップ、騎士団長。
その下には副団長がおり、当然次の団長最有力候補だ。
その副団長の下には大隊長四人と副大隊長が八人いる。
大隊一つが八つの中隊で構成されているため、全部で三十二もの中隊が存在し、当然中隊長、副中隊長も三十二名ずつ存在する。
そして中隊は二つの小隊からなっており、六十四名の小隊長、副小隊長が。
僕は訓練兵を経て、一般兵になり、小隊長、副中隊長、中隊長になった。
中隊長とはその程度なのだ。
特殊な場合を除き、中隊長から団長になる為には少なくとも、セイロンに八人しかいない副大隊長に選ばれ、四人の大隊長に割って入り、副団長を超える実力を付けておく必要があるわけだ。
だが、僕は団長を除いた全ての役所につく上官よりも若くして中隊長になった。
それが無理だとは微塵も思わなかった。何せ、僕のライバルはあの団長のみなのだから。
そしてその自信を裏付けるように、僕は副大隊長にまで登り詰めた。
又しても二番目。
だが、不思議と悔しさはなかった。
これより上に居るのは、本物の化け物達のみ。
そんな場所まで登り詰めた自分が誇らしかった。
だが団長の夢を諦めた訳ではない。
僕は決して他の大隊長に劣っているとは思っていない。
そして副大隊長就任から一年、今から一年ほど前の事だ。
《君がシャクナルだな?少しいいか?》
僕はライバルと初めて言葉を交わした。
「はっ・・はい!!」
団長ボーマン。
彼を見た事はこれまでにも何度かある。
騎士団の代表者として、式典などでは必ず言葉を発する機会があるからだ。遠巻きに眺め、何度も将来の自分と重ねた。
だがこれ程間近で、それも言葉を交わした事など無い。
僕は、彼の迫力に圧倒された。
この人に追い付くのはーーー無理だ。
ボーマン団長は十一歳で中隊長となり、十三歳で大隊長。
十四歳で王直属近衛騎士の一人となり、十九歳にしてセイロン王国騎士団団長及び近衛騎士団長にまで上り詰め、現在まで騎士最強であり続ける、まさに伝説の騎士だった。
その事は知っていたが、実際に言葉を交わすまで気づきもしなかった。
僕と彼でこれ程までに違うのか。
まるで次元が違う。
彼は別の世界に住む人だ。
そんな風に思った。
《シャクナル、近衛騎士団に来い》
ボーマン団長の話しというのは、近衛騎士団への任命だった。
騎士なら誰もが夢見る、王直属の騎士。
ついに僕は、念願だった近衛騎士団のメンバーとして選ばれ、それと同じくして人生で初めての挫折を味わった。
そして後日、王宮にて任命式が執り行われた。
近衛騎士はセイロン王カイゼル様の兵。任命は王自ら行われ、ここで初めてそのお姿を拝見する事となる。
僕は忘れていた。カイゼル様こそがこの国最強の存在。
我ら騎士にとって、王とは第一に守るべき存在なのだ。にも関わらず王自身が最強という矛盾。そして超えられぬ壁として立ちはだかるボーマン団長の存在により、任命式で王を見るその直前まで、僕はカイゼル様を仕えるべき対象では無く、守るべき対象として考えていた。
ボーマン団長程とは言わずとも、自身の実力であればそれが可能であると。
《シャクナル、面をあげい》
《ハッ!!》
王命により顔をあげ、王を見上げる。
その瞬間、戦慄した。
な、なんだこれは・・・。
何故僕は、ただ玉座に座っているだけの王に、押し潰されそうになっている?
王は、周囲の大気を歪めているかのような、そんな威圧感を放っていた。
見るだけで相手の身体を貫くような鋭い眼光を前に、僕は言葉を失った。
人生で二度目の挫折を味わってから半月、近衛騎士団の中で毎日のように行われる激しい訓練。
団長とも幾度となく打ち合い、そして負けた。
誰しも、どれだけの強者であろうとも、動きには癖があり、それを見極めれば自ずと弱点が見えてくる。
実際に近衛騎士団の中には、今の僕より強い者も居る。だが、やはりそういう者にも弱点や隙というものはあるものだ。
だが団長にはそれが微塵もない。
初めて会った時に分かっていた。この人は超えられないと。
だが、訓練の中でまざまざとそれを思い知らされ、辟易していた時だった。
「シャクナル、来い」
「・・・はい」
「バカ者!!何度言えば分かる!!騎士なら騎士らしい返事をせんか!!このバカタレが!!」
そう言って頭を叩かれる。
僕は考え事をしていると返答が疎かになる癖があるようで、このやり取りは一度や二度では無かった。
これまでそんな事を指摘された事は無かったのだが・・。
周りが気を使っていたのか、ボーマン団長が相手だから変になっているのか。
それは分からないが、団長に頭を叩かれると凄く痛いから気を付けたいものだ。
「はっ・・・、ハッ!」
「まぁいい。お前、訓練中に変な事ばっか考えてんじゃねぇよ」
「もっ・・申し訳ありません!」
「シャクナル、俺が何故お前を近衛騎士団に任命したのか分かってるか?」
「つ、強いから・・では?」
当然だ。近衛騎士団とは王直属の騎士。強く無ければ意味がない。
「馬鹿言ってんじゃねぇぞ?お前の何処が強ぇんだよ」
「だっ・・団長から見ればそうかも知れませんが、僕はそれなりに強い筈です!!そうで無くては王の騎士などと名乗る資格は・・・」
「名乗る資格は・・何だ?言ってみろよ」
あの王に仕えるに値する強さが僕にあるのか・・・?
分からなかった。
「だ、団長が強すぎるんですよ。僕だって団長を除けばかなり強いはずです・・・」
「俺を除けばって何だよ。意味ねぇだろそんなの。
それに俺が強えーだぁ?何処がだよ。お前、此の前カイゼル様を目の前で見たばっかだろ。あの方の前で、俺たちの強さなんて意味ねぇんだよ」
それは意外な言葉だった。
僕にとって、団長は目指すべき最強の相手だ。
確かに王の放つ気配は別格。まさに違う世界の住人だ。
しかし、それはこの男も同じではないか。
それに、団長自らが近衛騎士団を無意味だと言うのか?
僕らはそれ程までに、小さな存在だと考えられているのか。
悔しさと共に怒りが込み上げて来た。
これまでの努力を全て否定されたも同然なのだ。それは当然だろう。
「では僕達は何のためにっ!!」
「そりゃ俺がした質問だが・・まぁいい。確かに騎士である以上強さは必要だ。というより、必須だな。
俺が言ってんのは、お前は強さに囚われ過ぎだって事だよ。
俺はお前より強い、遥かにな。
だが、カイゼル王はその俺よりも遥かに強い。
強さだけしか必要ねぇなら、そもそもカイゼル様の元に近衛騎士なんて必要ねぇって事だ。
よく考えろ、お前に出来て俺に出来ない事、お前にあって俺に無いものは何だ?」
僕にあって団長にないもの・・?
「頭の良さ・・品性・・、そんなのあり過ぎて一々考えてられませんね」
「テ・テメェ・・・調子こいてんじゃねぇぞコラ!!」
「い・・痛いっ!何ですか!!聞かれたから本当のこと言っただけでしょうが!!
いい機会ですからハッキリ言わせて貰います!!僕よりちょっと強いからって調子に乗らないで下さい!!
いいですか、僕は貴方を超える男です!!でかい顔をしてると、後々後悔させますよ!!」
「なっ・・なんだとおぉぉ!?このガキャアア!!俺がお前よりちょっと強いだと!?ふざけんな、全然ちょっとじゃねぇだろうが!!」
「確かに剣も攻撃魔法も団長の方が“ちょっとは”まともに使えますよ!!けど、防御魔法と回復魔法では断然、僕が上でしょうが!!
そう、寧ろ僕が上なんで・・す・・・!!」
あっ・・・、そういう事か。
そう思った。
「ハッ、やっと分かったかよ。お前を近衛騎士に任命した理由はそれだ」
僕に出来て団長に出来ない事。
僕は亜人達にも負けない為には、身体能力のみを鍛えてるだけでは無理だと考え、昔から人知れず魔法の研究を行って来た。
中でも結界、回復魔法にはかなり自信がある。
しかし、強さを強調するには剣や攻撃魔法を鍛えるのが最善だ。
そして僕は強い。実際にここまで、僕は強さで成り上がって来た。
そう、僕は強い。確かに強いが、気づいてもいた。
僕には団長の様な才能はない。
それを痛感すればするほど、結界や回復魔法の才能が憎らしかった。
僕はただ強くありたいだけなのに。
死ぬほど努力して来たのに。
なのに、僕に宿る才能は守りばかりに特化している。
これでは、いつ迄経っても団長に勝てる筈がない。
これまでの僕の努力は・・・無駄だったのか。
いつしかそう思っていた。
「近衛騎士に求められるのは強さだけではなく、他の奴にない特殊な才能を合わせ持ってることだ。お前の結界や回復魔法は、今やこの国でも屈指のレベルだろう。表面的な強さばかりに囚われず、自分の強みに自信を持て」
だけど違った。
ライバルに追い付くためにして来た僕の努力の全ては無駄じゃ無かった。
それを他でも無い、かつてのライバルが見ていてくれたのだ。
「だっ・・団長おおおぉぉ!!!!
ーーーっぶおっふ!!!」
「だが、さっきのお前の態度は上官へとっていいモンじゃねぇ。テメェ・・・覚悟しとけよ?」
やっぱ覚えてた。そう思った。
僕は、近頃では消極的になっていた結界や回復魔法の研究を再開した。
剣の稽古も以前より激しくなった。
というより、あれ以来団長にイジメられている。
僕は、いつしかのライバルに飼い慣らされる忠犬へと成り果てたのだ。
その後、王命による任務をいくつも遂行した。
王の護衛を始め、諜報活動、危険な犯罪者や魔物の捕縛や殺害など、任務は多くあった。
一番の新人だからか、僕は団長と共に任務に望む事が殆どだった。
中には近衛騎士団の実力を持ってさえ、命懸けと言える任務もあったが、団長はいつも涼しい顔をしていた。
ーーーやはりこの人は化け物だ。
しかし絶望や嫉妬では無く、いつしか憧れへと変わって行ったのだ。
どれだけ難しい任務でも、どんな奴が相手でも、団長がいればどうとでもなる。
僕は油断していた。
セイロンを揺るがす程の大事件が起きたのだ。
ーーー王女イリア様の失踪。
詳細は知らされていないが、どうやら王女には特殊な能力があるらしい。
王女という立場でありながら、その類稀なる才能から、神殿を取り仕切る神官長も務めて居られる。
もっとも、神殿に行かれる事は滅多にあることではないようだが。
兎も角、イリア様は王と同じくセイロンにとって欠かす事の出来ない最重要人物なのである。
その王女が失踪されたのだ。
団長によれば、王女は特別な能力を持つが故、度々城から出て平民街を歩いているらしい。
困ったお方のようだが、何やら今回はいつもと様子が違うらしい。
優秀な近衛騎士団員の調査によると、イリア様失踪には、認可を受けていない人身売買が関係している事が分かった。
王は激怒し、団長や僕を含めた近衛騎士十名を現場へ急行させた。
情報を元に、人身売買が行われていると言う現場へ到着。
気配を殺して地下への階段を降る。
その時だったーーー。
「誰だにゃ?出てくるのにゃ」
地下室から聞き覚えのある声が響いてきたーーーーー。
*********
「よしっと!これで俺とグランも晴れてCランク冒険者になり、ミアとアスっちも冒険者デビュー出来たわけだな。
それで、どうする?」
カナタ達の目の前には、高ランクの依頼書が五枚並べられている。
レオとニケ、冒険者名アトスとアラミス助力によりBランク迄の依頼であれば無条件で受注可能であるカナタ達に、受付に立つエリナが提示したものであった。
ポイズンリザードの唾液及び血液採取 依頼難度B
報酬 大金貨一枚
チャンダラバードの卵採取 依頼難度B−
報酬 金貨一枚
ウンディーネの泉調査同行 依頼難度B
報酬 同行中の食料、大金貨三枚
炎竜の竜玉入手(新鮮な物に限る)依頼難度A+
報酬 白金貨一枚
シリウスの無傷での生け捕り 依頼難度A
報酬 お好きな魔方陣の製作(複数枚可。製作に条件あり。まずはお話を)
中にはカナタ達には受けられないAランク以上の依頼書も含まれているが、これはその他の依頼を遂行する上で、ついでにクリア可能な高ランクの依頼が無いか探るためにカナタがエリナに頼んで提示してもらったものだった。
提示された依頼書は、レオが読み上げ、説明していく。
「ポイズンリザードの唾液及び血液採取。これは、猛毒を持つ大型トカゲの唾液と血液により、解毒剤を作るためのものでしょう。確かに危険な毒ではありますが、ポイズンリザード程度であれば発見も討伐も難しくはありません。
次に、チャンダラバードの卵採取も同じで、我々であれば完遂は難しくないでしょう。
チャンダラバードの攻撃を掻い潜り、断崖絶壁に産み付けられた卵を取るだけですので。
次に、ウンディーネの泉調査の同行ですが、これはあまりお勧めしません。
報酬は難度の割に高額に見えますが、この手の依頼は拘束期間が長いことが殆どで、恐らく一月ほどは調査に同行しなければならないでしょうから。
そして次がこの中では最難関、炎竜の竜玉の入手です。依頼難度が高いため、ポルトスの居ない今は受注出来ません」
「ふむふむ、因みにその竜玉ってのはなんだ?」
「竜玉というのは、マナの凝縮及び放出装置のようなものです。
竜族の体内に存在する器官で、竜玉で高濃度に凝縮され放出されるマナのことを一般的には“竜の吐息”と呼びます。
恐らくこの依頼主は相当高ランクな炎系統の魔法武器を製作するつもりなのでしょう」
「ドラゴンブレス!そっか、あれってそんな仕組みになってんのな。
じゃあ、その依頼はたまたまサラマンダーでも見つけりゃ挑戦するって感じかな。
それで、最後の依頼書は?」
「シリウスの無傷での生け捕り。
これもAランクの依頼ですので、今は受けられないのですが、気になることがーーーー」
「どうしたんだ?というかシリウスってのはどんな魔獣なんだ?」
「シリウスと言うのは、かなり珍しい魔獣で天狼とも呼ばれる翼の生えた狼です。
天馬そして鷲獅子と並び三天獣の一角を成す魔獣ではありますが、他の二種とは違い、天狼はあまり騎獣には向いて居ないのです。
なぜ天狼を生け捕りにーーーーー。と考えていたのですが、私が最も驚いているのは、これです」
レオは依頼書の最後に署名された文字を指差して答える。
「依頼完遂の報酬は魔方陣。
依頼者の名は、“ウォルト”。
この依頼を出しているのは、我々の知る、あのウォルトなのです」




