七十、リリィ
ウォルトが冒険者であることは、決して言わない。
此処へ来る途中、獣車の中で交わした約束だった。
夕刻、首都セイロン北部の外れ。
中心地から離れるにつれて建物の数は減り、石や煉瓦などで造られた街には次第に土の地面や植物が多く見られるようになる。
周囲の建物は木造の物ばかり。
同じ外壁に囲まれた大都市セイロンの一部だとは到底思えぬほど、多くの自然に囲まれた長閑な場所だ。
「へえぇぇ、広いんだな。
てっきりボロボロの建物に住んでんのかと思ってたんだが」
カナタは立派な石造りの二階建てを見上げ、想像とは違う景色に驚いている。
目の前にある建物は、Fランクながらも冒険者として活動せねばならぬほど困窮している者が住んでいる建物には、到底見えなかったからだ。
日本育ちのカナタが目の前の建物を近所で見て、豪邸度を問われれば恐らく、“うーん、中の上”と答えるであろう建造物。
しかし、聞いていた話しからの想像と周囲にある木造家屋達が、実際の建物の価値を何倍にも見せていた。
簡易な木の柵が施された庭はそれなりに広く、中には小さな獣車が一台あり、側には馬が一頭飼われているようだ。
それでもまだカナタ達の獣車を停めておくには十分な広さがあり、シロも軽く駆け廻れそうですらある。
「ええ、此処はリリィさんが両親から受け継いだ土地と家なんです。
孤児だった僕が雨風をしのげるどころか、ご飯を食べて、暖かい布団で寝られて、魔方陣の研究まで出来るのも、全てはリリィさんとこの家のおかげなんですよ」
「そっかそっか!
リリィさんに拾って貰えてラッキーだったな!
というか・・本当にこんな人数で押し掛けて大丈夫なのか?
いくら食うもんは自分達で何とかするっつっても、流石に迷惑なんじゃ・・・」
「大丈夫です。アオイさん達は僕の命の恩人ですし、リリィさんはお話好きで、今までにも行く宛の無い人を何度も泊めたことがありますから」
どんだけお人好しなんだーーーー、カナタがそう言おうとした時、目の前の玄関が勢いよく開かれた。
「ウォルト、一体何処まで行ってたんーーーー、
おや、その方達は?」
扉を開き現れたのは、ウォルトよりも少し深い緑色の長い髪を後ろで緩く結った女性。
その外見は人族に見え、年の頃は四十半ばから五十歳くらいだろうか。
ゆとりのある白いシャツとカーキ色のスカートは、飾らないながらも清潔感のある印象を女性に与えている。
女性は焦ったような表情で現れるも、ウォルトの無事な姿を確認すると少し落ち着きを取り戻したのか、目の前の状況を理解しようとしているような、少し戸惑った顔でカナタ達を見回す。
「遅くなってごめんなさいリリィさん。
新しい魔方陣に使えそうな染料が中々見つからなくて、道に迷っちゃって。
此方は森の中で魔獣に襲われる僕を助けて下さった方々でーーーーー」
ウォルトが此処までカナタ達を引き連れて来た経緯を説明しようとしたその時だった。
乾いた音と共に、ウォルトの顔が弾かれたように右横へ向く。
「森には入らないとあれほど約束したでしょう!
危険な魔獣が沢山いると、何度言えば分かってくれるの!?
そうまでして必要な道具があるのなら私に言いなさい!」
薄っすら涙を浮かべ声を荒げる女性、リリィ。
彼女はハッとした様子で力一杯振り抜いた右手を胸元に寄せて逆の手で握り締めると、数秒流れた沈黙の後、カナタ達一人一人の顔を見てから口を開く。
「ウォルトを助けて下さったのですね?
本当にありがとうございます。
色々と気になることもありますがーーー、まずは、お入り下さい。
中でゆっくりとお話を聞きたいわ」
リリィは深々と下げた頭を戻すと、柔らかな笑顔で開いたままの扉を示した。
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「まぁ、なんてこと。そんな危険な魔獣に襲われて・・・!それをグラン君が助けてくれたの?
信じられないわ、アスティさんならまだしも、まだ小さいグラン君が魔獣を倒しちゃうなんて!とっても強いのね」
「へへ、まぁな!」
「リリィさん、グランさんはこんなに小さいのにCランクの冒険者なんですよ」
日が沈み辺りがすっかり暗くなった頃、リリィの拵えた夕飯が大きな木のテーブルいっぱいに並んでいた。
食べる物は自分達で何とかするからーーー、そんなカナタの静止が全く聞こえてないかのように、沢山の夕飯を作り続けたリリィ。
その光景を眺めて、ウォルトは嬉しそうに笑っていた。
リリィは、ウォルトがいつお腹を空かせて戻ってもいいようにと、沢山の食材を用意していたらしい。
暫くしてテーブルに皿の置き場が無くなったのに気付いたリリィは、そこでようやく料理を作ることをやめて食卓につく。
ウォルトは先程説明しそびれた、これまでの経緯を話し、リリィは驚いたり怒ったり笑ったり、表情豊かにその話を聞いていた。
そして一通り、ウォルトが家を出てからの話を聞き終えると、ウォルトよりも小さいグランの話しに興味を示す。
「まぁ!こんなに小さいのに冒険者だなんて!ご両親は?心配されているんじゃないの?」
「リリィさんーー!」
リリィの少々踏み込んだ質問に冷や汗を浮かべるウォルト。
だがグランは何の気なしに答える。
「ん?オレは父ちゃんと母ちゃんにはまだ会ったことねぇんだ!だから強え冒険者になって有名になれば二人に伝わるんじゃねぇかって、カナタ達と強え冒険者になることにしたんだ!」
「まぁそうなの?立派なことだけど、まだこんなに小さいんだから、もう少し大きくなってからでも良いんじゃない?
良かったら此処に住んでも構わないのよ?
ウォルトもお友達が増えるのは嬉しいでしょうし!
それがいいわ!ねぇ、そうしましょ?」
「もう、リリィさん!グランさんはもう十分強いです。大きさなんて関係ありませんよ!」
呆れたような苦笑いで言うウォルト。
だが、リリィは聞き流して続ける。
「あら、強くたって子供なことに違いはないでしょ?
小さい内は、沢山の愛情を受けて、焦らずゆっくり暮らせばいいの!
ねぇ、グラン君、それにミアちゃんもそうすればいいわ!
良かったらレオ君達やアオイ君にアスティさんも居てくれていいのよ?
近頃、腰も痛いし力仕事をしてくれる子が居れば凄く助かるもの!」
「もう、リリィさんってばー!」
「あら、何かしら? フフフ、ね?皆んなそうしましょうよ!」
一向に自分のペースを崩さぬリリィと焦るウォルトに、カナタは笑い、アステリオスは物憂げに二人を見ている。
ネオやニケは話しが聞こえているのかいないのか、楽しそうに食事を頬張り、ミアは何を考えているのか分からない。
このままではリリィのペースに乗せられてしまうと、レオは申し訳無さそうに口を開く。
「申し訳ありません、お気持ちは嬉しいのですが、我々は未熟な故、力を付け、知識を得る為、世界を巡らねばなりませぬ。
リリィ殿のお気持ちは大変嬉しいのですがーーーー」
「あらあら、そうなのね、残念。
だけどセイロンには来たばかりなんだから、暫くは滞在するんでしょ?
その間くらいは此処に泊まるといいわ。
ウォルトを助けて頂いたお礼もしたいし、ここなら大きな獣車を引いてる珍しいお馬さんも退屈せずに済むしね。
それくらいはさせてくれるでしょ?」
レオの視線を受け、カナタが口を開く。
「ああ、そうさせて貰えると助かるよ。
明日からギルドの依頼を受ける予定だから、内容によっちゃ何日かは戻って来ないかもだけど、ウォルトの魔方陣研究ってのも見てみたいし、リリィさんの手伝いもしたいしさ!」
「あらあら、ありがとう。
だけど・・来たばかりなのにもう依頼を?少しはゆっくり観光でもすれば良いのに。
セイロンには素敵な所が沢山あるのよ?時間を作って是非、色々見に行ってみてね。
フフフ、ウォルトはね本当に凄いの。
このお家にある魔方陣だって全てウォルトが作った物だし、この部屋の照明はウォルトが初めて作った、完成された魔方陣を使ってるの。
少ないマナで出来るだけ明るく、長い時間光るようにって、凄く工夫して作ってくれてたんだから」
「パーフェクトヒエログリフ?」
聞き慣れぬ言葉に疑問符を浮かべるカナタに、ウォルトが答える。
「アオイさんが何度か言っていた“繰り返し使えるタイプの魔方陣”の事です」
「ああ、なるほど。
じゃ、使い捨ての魔方陣は何ていうんだ?」
「魔方陣には何種類かあって、使い捨てのヒエログリフは簡素魔方陣、と呼ばれるもので、紙で出来ていることが多い事から紙魔方陣、又は単に魔方陣と呼ばれることも多いです。
他には繰り返し使える完成された魔方陣、代償を捧げる代わりに凄まじい力を発揮出来る摂理魔方陣、今は失われた究極の魔方陣古代魔方陣などがあって、其々の魔方陣の中にも、火の力を宿したファイアヒエログリフの他に水や土の力を宿したヒエログリフなど多彩に存在し、火の魔方陣一つとってみても、その階級によって、火魔方陣、炎魔方陣、煉獄魔方陣と分かれていたりもします。
他には紙や体などの物質に描く物もあれば、何も無い中空へマナだけを使って描く物ーー。
細かく分類すれば魔方陣の種類は数え切れないほど存在してますが、実際に目にする魔方陣と言うのはこの内の極々一部に限られますから、これらは余り必要の無い知識かも知れませんけどね。
僕の夢は、今は失われた技術、かつて魔方陣の父と呼ばれるヒエロシュタインが創り出したとされる、古代魔方陣にのみ秘められた、“ある特性”の謎を紐解き、復活させることなんです。
そうすれば、必ず多くの人の役に立てますから!
それには、文献だけでは無く、実際にこの目で見て、触れて感じる必要がある。
だから僕はいつか伝説の古代魔方陣を見つけ出したいと思っています」
「古代魔方陣ーーー」
それをカナタ達は知っている。
死の穴に現れた転移魔方陣ーーー。それをゼノスは確かに古代魔方陣と呼んでいた。
だが、あの魔方陣の存在は、アトランティスにとって可能な限り秘匿されるべき情報のはず。
それを会ったばかりの青年に教えて良いものかーーー。
少なくとも、現時点でそれをウォルトに告げるものは居なかった。
「ウォルトったら!またそのお話?
古代魔方陣なんて、御伽噺でしょ。
バカなこと言って、また危険な所へ行ったりしないように!
それより、次はミアちゃんやニケちゃんのお話も聞きたいわ。ウォルトは魔方陣のお話をし始めるととまらなくなるから、あっちへ行って女同士でお話ししましょう。
甘いお菓子を用意してあるわ」
「甘い、お菓子ーーー?」
「はにゃ! ミア様、あっちに行きましょうなのです。ウォルトの話はいつでも聞けるですけど、甘いお菓子はいつもは食べられないのです」
この後、リリィの言った通り、ウォルトの魔方陣講義は夜更けまで続いたーーー。
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「ネオが残る?何でだよ」
「アオイ殿もご存じの通り、ギルドでの依頼完遂時に獲得可能なポイントは、依頼に関わった者達へ分配されます。
つまり、ミア様の冒険者ランクを上げようと思えば、ミア様を含めた二名で依頼に臨むのが好ましいのです。
その為、本日は私とミア様が依頼を受注し、アオイ殿達のパーティー巨森の悪戯妖精にはニケが同行致します」
朝食を終え、ギルドへ向けて出発しようと獣車に乗り込んだ時、突然レオがそんな事を言い出す。
確かに人数は少ない方がポイントの分配は多くなるし、Aランク冒険者がパーティーに居さえすれば高ランクのクエストを受注出来るのだから、レオ達の誰か一人とミアの二名でクエストに臨むのが賢いやり方であろう。
同時に、カナタ達の巨森の悪戯妖精にもAランク冒険者であるニケが同行するのだから、自分達だけでは受けられないクエストも選べることになる。
ミア側にレオが付き、カナタ側にニケが付くのにも納得だ。
ミアとニケの強さに疑いの余地は無いが、果たして無事に依頼を終えて真っ直ぐ帰って来られるのだろうか?
取り越し苦労かも知れないが、しっかり者のレオに任せた方が無難というものである。
「だけど、それなら何もネオを置いてけぼりにしなくても、ミアとレオ二人で依頼を受けて、ネオは外で待ってて同行だけすりゃいいんじゃないのか?」
「普段であればそれで良いのですが、今回はネオに頼んでいる仕事があるのです。
依頼の内容によっては何日か帰って来ないかも知れませんし、ネオがここに居ればリリィ殿やウォルトを手伝うことも出来るでしょうから」
「頼んでいる仕事ーー、まあ立場上そういうのもあるよなぁ。
一緒に行きたかったけど、しゃーねぇか!
泊めて貰っといて何の恩返しも出来ねぇんじゃあれだしな。
悪いが今回はネオに頼むか。次は一緒に行こうな!」
「約束なのにゃ!」
「では頼んだぞネオ」
「分かってるのにゃ」
「リリィさん、美味しい食事をありがとう!
ウォルトは魔方陣製作、頑張れよ。それと、約束忘れんな!」
「危ない所へは行かないようにね。早く帰ってらっしゃい」
「はい、頑張ります!帰ったらセイロンを案内、ですよね。任せて下さい」
挨拶を済ませ、獣車へ乗り込んだカナタが扉を閉めるのを確認すると、シロはゆっくりと走り始めたーー。




