七十二、眷獣とマナと魔方陣
「さて、始めるかにゃ」
リリィの視線を振り切り、人波に紛れたネオ。
息を吐くように言うと、人目のない裏路地へと入り、妖精猫族本来の姿へと戻ってしまった。
人型であれば楽に腰にぶら下げておける、ダガー程のサイズの双剣を背中に担ぎバッテンさせるように持ち直すと、どこかしっくり来たようなホッとしたような表情を浮かべ、空を見上げて地を蹴った。
消えるように飛んだネオは建物の屋根へ現れると周囲を見渡し、すぐに目当ての馬車を発見。
追尾を開始したーーー。
セイロン北部。
カナタ達はシロの引く獣車にのって、リリィの家へと戻って来ていた。
カナタ達の受けたポイズンリザードの体液採取と、ミアとレオが受けたチャンダラバードの卵調達の依頼が、共にセイロンより北に広がる深い森にてクリア可能だったため、通り道となっていたリリィの家で、ウォルトの出した依頼について詳しい話を聞くことになったのだ。
玄関の扉をノックしてウォルトを呼び出すも、返事が無い。
他人の家とはいえ、一応は此処へ戻って来ることになっているのだしーーーーと逡巡した後、決意したカナタが扉を開けようとした時ーーー。
カナタの顔面へ衝撃が走る。
「ブホォッーーー!!」
勢いよく内側から開かれた扉によって顔面を強打するカナタ。
尻餅をつき、驚いたように開かれた扉を見る。
「ーーーーうわ!びっくりした!!
あ、アオイさん!!すみません、大丈夫ですか!?
というか、皆さん何でこんな所に!?
依頼を受けて出発してる筈じゃ!!!」
「びっくりしたのはコッチだよ!
つぅかウォルトこそ、そんなに慌ててどうしたんだ?そんな格好してどこ行くつもりだよ」
これから旅立ち、暫く戻るつもりも無いであろう服装。
ウォルトはとある番組のミステリーハンターのような服装に、可能な限り詰め込んだであろうはち切れんばかりの大きなリュックを背負い、腰には立派な魔筆を携え、焦った様子で飛び出して来たのだ。
そんな光景を不思議に思うカナタ達へ、突然頭を下げてウォルトは叫んだ。
「お願いします!!どうか、僕の依頼を受けて頂けないでしょうか!!」
********
「だけど良かったのか?置き手紙をしたとは言っても、リリィさんにちゃんと言っとかないと心配するんじゃねぇか?」
整備された道が無くなり、獣車の揺れは強さを増していた。
カナタ達を乗せた獣車は、セイロンを守るように建つ外壁を通り抜け、北部に広がる森へと入っている。
「そうですね。だけど、こうするしかないんです。
Aランク冒険者や、同等以上の力を持つ方達に会える機会なんてもう来ないかもしれません。
ネオさん達がAランク冒険者だと知ったときは本当に驚きましたよ。
夢にまで見た金プレートを持つ冒険者達が僕の家に泊まって眠ってたんですから。
それに、リリィさんは僕が森へ入ることを許してはくれませんから。
帰ったらちゃんと謝ろうと思います」
「確かにあの感じだと許しちゃくれねぇだろうがーーーー」
「だが、どうして天狼を生け捕りなどという依頼を出していたのだ?
天狼はそれほど騎獣に向いた魔獣ではない筈だが・・・。
魔方陣を報酬にするほど生活に困っているというのに、そうまでして生け捕りにしようとする理由はなんなのだ?」
「天狼を必要としている理由、それは僕の体質に関係しています。
昨夜ネオさんにはお話しましたが、僕は生まれつきマナの保有量がかなり少ないんです。
そのせいで、生活魔方陣でさえ一度に大量生産することは出来ず、高度な魔方陣にいたっては作っても発動させることすら出来ません。
それは戦闘においても同じこと。僕は高度な魔方陣は作れても戦うことは出来ないんです」
「だからあれ程の才能がありながら、魔方陣製作者として大成出来ずにいると・・・・。
だがそれと天狼となんの関係がある?
確かに天狼はマナの保有量が多い生物として有名ではあるが」
「流石レオさんです。天狼の特性までご存知だとは。
ーーーそうですね、では皆さんは、セイロン騎士団が大規模戦闘において無類の強さを発揮するといわれる理由をご存知ですか?」
「騎士団が強い理由?セイロンの騎士団は強いのか?」
「本当か!?戦ってみてぇな!」
「それは止めておけ。強い奴とは戦いたいが、国などを敵に回して良いことはない」
巨森の悪戯妖精のメンバーが、安定の頓珍漢な問答をする中、レオが冷静に答える。
「セイロンと言えば、“力こそが全て”と言われるほどの実力至上主義国家。
いつの時代も王位に就く者は、セイロン最強の者と決まっています。
そして現国王カイゼル様は、嘗てバロン王レオル様と互角に戦ったと噂される程のお方。
騎士達の質は高く、何より規模が大きい。セイロン騎士団の強さは大陸全体で見ても屈指と言われるものの一つでしょう。
そんなセイロン騎士団の強みといえば、やはり多くの“眷獣”の存在」
「やはりご存知でしたか」
「眷獣?騎獣とは違うのか?」
「全然違うのです。騎獣というのは、主人が背中に跨がって自由に操作出来るように飼い慣らした程度の獣のことなのです。
それに対して“眷獣”というのは、特別な盟約を交わす事によって、使用者の眷属となった獣のことなのです!」
「獣と盟約を交わす?どうやって?」
「盟約を交わす方法は幾つか存在します。
魔物の知能が高いことが条件になりますが、魔方陣による盟約や、直接魂の一部を同化させる方法、それと、最も多いのはいつしか自然とそうなっている場合です。
資格あらば自然と加護が宿るように、そうあるべきと天に認められれば、騎獣は眷獣となるのです」
「なるほどな。何となくは理解できた。それで、騎獣とはどう違うんだ?」
「カナタさんは、戦いになったとき自分より遅い生物に跨って戦おうと思うですか?です!」
「いや、思わねぇな。何か別の特別な力でもありゃ別だが、普通に考えりゃ願い下げだ」
「では、世の中にはレオル様のような強者でも眷獣に乗って闘うことが珍しくないのはどうしてだと思うです?
強者が新しい騎獣に跨る時、大概は使用者の方が獣の速度を上回ってるのです!
なのに、獣に跨って闘う強者はとっても多いのです!」
「騎獣のままだと使用者より遅いのに、眷獣を使うーーーー、つまり、眷獣になった獣はーーー早くなる?」
「ぴんぽんぴんぽんなのです!流石カナタさんなのです!頭の出来がそこらのボンクラとは違うのです!
勿論、獣に戦わせてる間に大規模な魔法発動の時間を稼ぐなんてことの為に獣を使役することもあるですが、眷獣の強さの本質は使用者の力を自分の力に変換出来ることにあるのです。
火の加護を宿した者の力が強くなったり、風の加護を宿した者の速さが上昇したりするのと同じように、眷獣となった獣は使用者のマナを使い、その者の速力を自分に上乗せ出来るです。
だから、眷獣は使用者よりも早く動けるです」
「その眷獣の数と精度が高い為に、大規模な戦闘においてセイロンは優位に戦いを進めることが出来ると言われているのです。
だがーーーー、それでは質問の答えになっていないな。
天狼は決して騎獣に向く生物とは言えない。
ウォルトの身体能力が高く無ければ眷獣にしたとて大した意味は無いだろう。
それ以前に、生まれつきマナの保有量が少ないのであれば眷獣に力を渡す事すら困難な筈。
やはり、セイロン騎士団の強さと天狼に関係があるとは思えないが・・・・」
「生まれつきマナの保有量が少ないからこそ、天狼が必要なんです。
先ほどレオさんとニケさんに説明頂いた通り、眷獣は使用者のマナを受け取り、それを速力に変換することが可能なのです。
そして騎獣を眷獣にする方法の一つには、魔方陣がある。
眷獣契約の魔方陣はかなり難解な部類に入る方陣なので扱える者は多くありませんが、実際に魔方陣を作成し、互いに了承して契約さえすれば確かに騎獣は眷獣となる。
そこで僕は考えました。
ーーーー、使用者のマナを眷獣に渡すことが可能なら、その逆も可能なのでは?と」
「なっーーー。
つまりそれは・・・、魔方陣を使い、眷獣のマナを自分の物にすると・・・?
そんな事がーーーー」
「はい、出来ます。
正確に言えば、眷獣のマナを自分の物にすることは僕の研究によれば不可能。
ではどうするかーーー。
僕がなるんです。天狼の眷獣に」
「なっーーーー!待て待て待て!魔獣の家来になるってのかよ!?嘘だろ!?」
「そんな方法で強くなってもきっとリリィは喜ばねぇぞ!やめとけよ!」
「あははは、まあそう思われますよね。
ですが大丈夫です。どちらが主人でどちらが眷獣かなど、魔方陣契約においては形式上の物に過ぎません。
実際に僕が天狼に取り込まれるわけでも、操作されるわけでもありませんから。
僕が創り出した魔方陣は、一般的に知られている眷獣契約の方陣を応用した物で、本当の眷獣のように|主人の身体能力を宿せるような物では無く、用は単に、天狼のマナを僕が使えるようにする為だけの物で、それ以上でもそれ以下でもありません。
実際に天狼を説き伏せて背中に乗せて貰えるようになれば更に有り難いんですがね。あははは・・・。
とにかく、天狼は僕の夢なんです。
もし本当に手に入れて手懐けられれば、今の貧しい生活は必ず変わります。
リリィさんにも沢山恩返し出来る。
そしてその後、僕は世界中の迷宮を巡って古代魔方陣に触れ、必ず古代の技術の謎を解き明かしてみせます。
天狼の力があれば、それがきっと出来る筈なんです」
「それが、天狼を必要とする理由ーーーー。
確かに天狼の膨大なマナを自在に扱えるようになれば魔方陣製作の速度は飛躍的に伸び、魔獣とも戦えるようになるだろうが・・・・、やはりまだ信じられん。
もし天狼のマナをウォルトが使えるのだとすれば、それは戦闘中、場合によっては敵のマナを奪うことも可能なのではないのか?」
「流石に敵が僕と戦闘中に契約を結んでくれるとは思いませんがーーーー、それに似たことは可能です。
よかったら、実際にご覧に入れましょうか?
********
ウォルトの言う、他者のマナを使えるという方法。
もし本当にそのような方法が存在するのであれば、世の中の常識が覆りかねない。
カナタ達は実際にそれを見るべくして、森の中に降り立った。
「では、僕にマナを貸して頂けるのはどなたでしょう?」
「じゃあ俺が」
名乗り出たのはカナタ。
実感こそないものの恐らく、カナタのマナの保有量はかなりの物だ。
これから依頼に向かう以上、他の者のマナは温存して置くべきだろうと考えてのことだった。
「では」
前へ進み出たカナタを見ると、ウォルトは腰から魔筆を取り出し、カナタの右隣に立つ。
そして丁度、自身とカナタの中間くらいの場所へ魔筆を構えると、何もない中空へそれを振り、一瞬で直径一メートル程の魔方陣を創り出した。
「なんだ!?そんなペン持ってるから、一つ一つ書いてくのかと思ったら違うのかよ!」
「あはは、勿論そうしたほうが精度は上がりますが、空中に方陣線を保って置くのにはそれなりにマナを必要とするので、普通はこうしてイメージした魔方陣を一瞬で作り上げるんです。
ですが、手などを翳すよりもこうして魔法武器である魔筆を使うだけでも十分に精度は上昇するので、大丈夫です。
では、中心に手を翳して頂けますか?」
「なんと言う複雑な方陣なのだ・・・っ、このような物を一瞬で創り上げることなど、可能なのか・・・?」
その魔方陣はレオやニケですら解読不能なほど、複雑な線の集合体。
例えばバロンの優秀な魔方陣技師が目の前の魔方陣を発動可能な状態で、中空よりも難易度の低い紙に書き起こすのに、一体どれだけの時間を要することになるだろう?
そもそも解読し、書き起こすこと自体、可能なのだろうか?
たった今、目の前で描かれた魔方陣は、バロントップクラスの騎士であるレオとニケですら到底到達出来ぬであろう境地に達したものであったのだ。
複雑な魔方陣の中心には、手形のようになっている場所がある。
カナタは何の気なしに其処へ手を翳すと、ウォルトを見た。
「よし、これだけでいいのか?」
「はい、大丈夫です。今回は簡易な魔方陣ですから、僕が魔法を発動し終えるまでそのまま手を離さないで下さい」
「へえぇ、こんなに複雑そうなのに簡易式なのか!よう分からんが、分かったぞ!手はこのままだな!」
レオ達とは対象的に、カナタの気の抜けたような返答にクスリと笑うウォルトは、カナタと手を合わせるような形で魔方陣に左手を翳すと、突然穏やかだった顔色を変え、カナタを見た。
「なっ!!・・・マナの底が見えないーーー!」
「ん?そうなのか?やっぱ俺ってマナの量だけは一丁前なのな」
「こっ、こんなの初めてです!これなら使えない魔法なんて無いんじゃーーー」
「残念ながら俺は魔法とか使えねぇんだけどな。ま、代わりに特級魔法があるから良いんだけどさ。
それより、早く見せてくれよ!」
「なるほど、アオイさんは特級魔法の使い手でしたか。
やはりあなた方は只者では無さそうです。
では、僕のマナでは発動出来ないような、少しだけ大きい魔法を使ってみます!!」
ウォルトは左手を魔方陣に翳したまま、右手に持った魔筆を前方斜め上に向けて掲げ、巨大な魔方陣を浮かび上がらせた。
直径十メートルを超える、複雑な大魔方陣。
ウォルトはそれを一瞬で創り上げると、光を増幅させる魔方陣へ向け叫んだーーーー。
「大獄炎放射!!!」
魔方陣から、目が眩む程の光が発せられた直後ーーーー、魔方陣の直径を上回ろうかという巨大な炎の柱が放出される。
「どわあぁあああ!!!??」
斜め上へ向けられた魔方陣より放出された炎は、カナタの目を眩ませる程の熱量を上げ目の前の木々を一瞬で消滅させると、凄まじい速度で空へ向かい立ち昇る。
竜族の使う竜の吐息を再現したかのような、激烈な衝撃波となって放たれた炎柱は、首都セイロン全体から目視出来るほど大きく、そして高く立ち昇り消えたーーーー。
「・・・す・・・凄えぇぇぇ」
あまりの衝撃に言葉を失い、全員が炎の消えた上空や、蒸発し消えた木々の断面を見て固まる中、グランが漸く言葉を発したことで、レオ達も漸く我に帰る。
「大獄炎・・・?
信じられん・・・炎熱系魔法の最上級、煉獄魔法だぞ・・・。
宮廷魔道士が数人がかりで時間を掛け作成し、漸く発動が可能となる程の大魔方陣。
それを瞬時に空中に創り上げるなど聞いたこともないと言うのに、更に強化した状態で放つなど、正気の沙汰では・・・」
「認めてやらなくも・・・ないのです」
「ウォルト、凄い」
「驚いた・・魔方陣とは凄い物だな」
皆が驚き感嘆する中、一人地面を転がるカナタが声を荒げる。
「ヌワアァアア!目が、目が焼けて何も見えねぇ!!
おいウォルト!俺のマナを使えるのが分かりゃそれで良いんだけど!?
レオ達が引くような大魔法を突然ぶっ放すんじゃねぇよ!!」
「あっ、申し訳ありません!大丈夫ですか!?
あまりにもアオイさんのマナが多かったので、普段であれば絶対に使えない魔法を使ってみたくって・・・。
あははは、すみません」
誤魔化すように頭を掻き、申し訳なさそうに苦笑するウォルト。
その姿だけを見ればやはり、ただのFランク冒険者のひ弱そうな青年。
だが、このウォルトの並外れた才能は、やがて防衛都市アトランティを救う事になるーーーーー。




