六十八、ウォルト
バロンを出発してから二週間。
獣車は現在、数多の魔物を有する妖精達の森を西へ抜け、断崖絶壁に挟まれる赤土の地、アグニ峡谷を突き進んでいる。
周囲にあるのは赤い土と大きな岩。
生息する魔物の姿にも変化が見られ、巨大トカゲや牙の生えたリクガメ、毛の短い肉食獣、サボテンのような見た目の魔物などが多く見られる。
「暇だな」
不貞腐れたように言うグラン。
これにはカナタも同感だった。
只々、変わらぬ景色が続き、狭い獣車の中、碌に動く事も出来ない。
始めの内は誰も乗っていない御者台に乗って進行方向を眺めたり、見慣れぬ景色を眺めたりと気分を変え楽しむ事も出来ていたのだが、二週間も揺れる獣車で移動し続けていれば誰でもグランのようになるに違いない。
獣車から降りられるとすれば、用を足す時と食事、そしてシロの睡眠時くらいのもの。
食事と睡眠時以外に休憩も取らず走り続けるシロも驚異的だが、弱音一つ吐かず淡々としているレオ達もカナタからすれば十分に驚異的であった。
カナタは揺れる獣車に座り続け、十日程前から痛みのあるお尻を気遣うように、態勢を少しだけ変えつつ、何度目か分からない優れたタイヤの導入を決意して、可能な限り気丈に振る舞う。
「・・・・確かにな。シロには襲ってくる奴等を殺さないよう言ってるが、肝心の魔物達がシロを襲いたがらねぇんじゃどうしようもねぇ。
本能ってヤツだろうな。
アトランティスのことを考えると魔物ホイホイで遊んでる場合でもねぇし、次のイベント発生か飯の時間を待つしかねぇよ」
窓の外を眺め項垂れるグランに同調しつつ宥めるカナタ。
カナタの言うイベントとは、妖精の大森林を抜けて以降、急に姿を見せ始めた盗賊団のことだった。
大国セイロンとバロンを往来する商人を狙う盗賊達にとって、妖精の大森林よりも魔物の危険度が低く、左右を断崖絶壁に挟まれたこのアグニ峡谷は絶好の狩り場。
そこに現れる大きな獣車と、それを牽引する小さな角の生えた珍しい狼馬を盗賊団が見過ごす筈は無かった。
「けどさっきはアスティーだったから次はミアの番だ。
下手すりゃこのままセイロンってトコに着いちまうだろ」
グランは口を尖らせ、獣車の屋根の上に居るミアを見るかのように天井へ視線をやる。
「まぁ見てろって。直ぐだよ」
「何でだよ。そんなこと分かんねぇだろ」
「分かるさ、考えてもみろ。
沢山の積み荷が期待出来る大きな獣車。
優秀な輓獣として名高い狼馬、それもユニコーンのような角の生えた珍しいタイプで、シロは体も小さく子供に見える。
つまり、普通の狼馬より珍しく、捕らえやすそうに見える。
そして荷台の屋根に座るのは、アスっちとは違ってか弱そうな見た目の猫人族の美少女。
奴等なら捕まえて奴隷商に売ることを考えるはずだ。
つまり、盗賊さえ居れば、確実に!百億パーセント、この獣車を襲う」
ミアは現在、カナタが蹄兎の白い毛皮で作った猫耳のカチューシャを装着しており、尻尾が二本あることを除けば、見た目は普通の猫人族の少女そのもの。
実際、奴隷商に売られる奴隷はこうした方法で調達されることも多く、奴隷商に直接雇われ誘拐を専門に行う盗賊団もいるほどである。
そしてカナタの宣言通り、獣車の揺れは直ぐに止まることとなった。
地面を蹴るシロの蹄から鳴る金属のような音の間隔は次第に長くなり、そして止まるーーー。
「ほら、なっ?」
********
「止まれ!!」
獣車の進路を塞ぐように現れたのは、二十名程の無骨な男達。
手には碌に手入れもされていないであろう、刃毀れの目立つ剣や槍を持ち、それをシロに向けるように構えている。
盗賊団のリーダーらしき犬人族の大男は獣車の屋根に座るミアと獣人化したニケの姿を見るなり、白い牙を光らせた。
「へへっ、こりゃ幸運だ。高値がつくぜ」
見た事もない、角の生えた小さな狼馬。
大きな獣車を単独で引いていることから分かるように能力的な面での問題はなく、何より珍しい。
盗賊団のリーダーにとって初めて目にする生物ではあるが、高額で売り捌くことが出来ると確信するのに時間は掛からなかった。
そして見た目も良く、まだ若そうに見えるミアやニケの姿。
これからいくらでも調教することが可能な若く美しく、身体能力も高い獣人族の少女と言うのは、奴隷としての価値が非常に高く、売り捌くことも至極容易な極上の商品であり、それらがたんまりと積み荷を乗せていそうな獣車と共に現れたのだ。
あまりにもうまい話に、盗賊団のリーダーは、時折バロンやセイロンより派遣される盗賊掃討部隊の罠の可能性を考えもう一度周囲を見渡すが、辺りに援軍らしき者の姿は見えない。
仮に、もしこの獣車に手練れが乗っていたとしても、高々数名だろう。
これまで幾度も商人の獣車を襲い、多くの護衛達と戦ってきた男にとって、数名の護衛など恐るるに足らなかった。
彼の名はブルーリッジ。多くの荒くれ者達をその腕っ節で纏め上げる、この界隈では最大級の規模を誇る盗賊団のリーダーだ。
ブルーリッジは己の力に絶対的な自信を持っていた。
それもそのはずだろう。
彼は過去にBランク冒険者の護衛する獣車を襲い、激しい闘いの末に略奪を成功させた程の実力を持つ、正真正銘の強者なのだ。
妖精の大森林ほどではないにせよ、多くの魔物が闊歩するこのアグニ峡谷に縄張りを持ち、日々戦いに明け暮れる男達にとって、獣車に隠れる護衛の一人や二人など大した障害にはならない。
明らかな戦力差を確信した盗賊団のリーダー、ブルーリッジは肩の力を抜き、武器を握る手から力を抜き言った。
「死にたくなけりゃ、全員出てきな」
そう告げ、待つこと数秒ーー。
獣車の扉が開かれる。
扉から出て来たのは、如何にも戦い向きではなさそうな黒髮の青年と白金色の髪を持つ中性的な印象の小さな少年。
それを見た盗賊達からは更に笑みが零れる。
「へっ。もう二匹、奴隷ゲーット」
盗賊達は期待を膨らませ、少年の後に続くでろう人物を待つように視線を獣車の扉へ釘付けにするも、それ以上誰も出てくる様子はない。
見た所、獣車に備え付けられた御者台に御者の姿は無く、あの珍しい輓獣が自らの意思で獣車を引いていたようだ。
其れなりに知能の高い輓獣であれば必ずしも御者を必要とする訳ではない。
だが・・・、この大型の獣車をこんな子供三人とあのひ弱そうな青年だけで・・・?
ブルーリッジは獣車の中にまだ護衛役の冒険者でも隠れているのだろうと考え、もう一度忠告を与えるため声を上げようとするも、少年の予期せぬ行動を見て言葉を詰まらせた。
少年は怯える様子を見せるどころか、盗賊達を意にも介さず獣車の屋根に軽く飛び乗ると、二人の少女と入れ替わるようにしてその場に座り込んでしまったのだ。
「この次はオレの番だからな。早く終わらせろよ」
「ん」
「グランに言われなくても一瞬なのです」
「どういう・・・つもりだ?」
********
「おい、どうなってやがる・・・っ!!」
盗賊達の逃げ場を防ぐように地中より現れた二体の巨大なゴーレム。
そして逃げ場を塞がれた盗賊団に襲い掛かるのは、雷によって形作られた巨大な獅子と虎だ。
二体の獰猛な雷獣は逃げ場を失った盗賊達へ次々と襲い掛かり、その数を減らして行く。
ブルーリッジは、少女達の見た目からは想像も付かない強力な技に驚きつつ、自身の持つ“ある力”が行使できないことに困惑していた。
純粋な戦闘能力だけで言えばCランク冒険者に劣るブルーリッジが、盗賊団の長として君臨し、数々の強者と戦いつつも今日まで生き延びて来られたのは、彼が持つある天より与えられし能力のお陰だ。
数々の格上を葬ってきたその力が、この窮地に突然使えなくなった。
中空より蒼白く発光する槍を抜き放つ少女と、
木製の杖を持つ魔法使いの少女。
二人の少女を前に混乱し、逃げ惑う部下達を尻目に、ブルーリッジは立ち尽くすことしか出来きず、彼のそんな姿を見たミアは槍を手放し消し去ると、飽きたように言った。
「ニケ、いい」
「はいなのです。ーーーぶっ飛びやがれです!!」
直後ーーーー、二体の巨大なゴーレムにより、盗賊団は瞬く間に壊滅したーーー。
*******
「よし、次はオレの番だ!」
獣車を塞ぐ障害が消え去り、ミアとニケが早々に獣車に乗り込むと、グランはここが自分の定位置だと言わんばかりに獣車の屋根に座り込み、期待を込めて前方へ視線を飛ばしている。
シロはその視線の先を目指すように獣車を引き、歩み始めた。
それから暫くして赤土の大地にチラホラと緑が現れ始めた頃、獣車の中ではグランのことなど忘れたかのように、目的地であるセイロン王国についての話題が持ち上がる。
「やっと景色が変わってきたな。セイロンはもう近いのか?」
カナタがレオに問う。
「ええ、すでにセイロン領には入っていますので、この速さで進めば王都セイロンには丸一日もあれば到着する筈です」
その言葉を聞いたカナタは内心ホッとしていた。
車やバス、電車、飛行機に船。
化学発展の賜物である現代の乗り物に慣れきったカナタにとって、狭く振動の激しい獣車に揺られ二週間、只々移動するということは苦痛でしかなかった。
その苦痛からやっと解放されるのかと、大きく息を吐く。
「そっか。長い旅だったなぁ・・・。
それで、セイロンに着いたらどうすんだ?
ミアと一緒に旅をしつつ、レオ達はアトランティスに必要な物資や人材の調達もしなきゃなんねぇんだろ?
一緒に旅する以上、ある程度は手伝う義務がある。
具体的にはどんな物資や人材が欲しいんだ?」
「私もその事については考えていました。
国交や防衛に関する他国との会談についてはロウレン様や国交大臣のメフィス様などが居られますので、我等がまず探すべきはやはり建築と食料の管理に関する人員でしょうか。
しかし、ギルドを通じてセイロンやその周辺で活動している冒険者達にも通達は出ていますので、単純な労働力に関しては我等が心配せずとも問題はないはず。
そうなると、探すべきは優秀な商人ではないでしょうか?」
「商人?」
「ええ。
建築や食料調達に必要な道具、材料、人材。
それらを管理する時、必ず必要となるのが金銭です。
そして、金銭を管理する者と言えば商人達。
彼等が居さえすれば、人材も、材料も、道具も、全ては自ずと集まってくるものです。
これから発展するであろうアトランティスは、商人達からしてみれば、まさに金のなる木。
よって我等は、バロン発展に必要となるような優秀な商人を一人でも多く探し、防衛都市アトランティスの情報を与えれば良いのでは・・・と考えを巡らせていたのですがーーー」
そう言い顎に手を当てて考えるレオへ、カグラが答える。
「うむ、強ち間違いではないが・・・、それはどうかのう」
「と、言いますと?」
「確かに商人供は先ずレオ坊の言うたとおり、アトランティスでの食料や建築に関する事業での利権争いを始め、それらが落ち着いた頃、必ず軍事力に関する商売を始めるじゃろう。
武具や魔方陣に始まり、輓獣や騎獣、奴隷などののう。
それらは確かにアトランティス発展には欠かせぬものじゃがーーー。
既に防衛都市アトランティスの情報は周辺諸国に飛び回っておる。
我等が探さずとも、奴等は既に商売の準備を始めて行動を開始しておるじゃろうて。優秀な商売人ほど早くな」
「うぅむ。確かにそうか。
ならどうすりゃいいんだ?いくらレオ達がバロンの大騎士だろうが、個人で出来る事なんか知れてんだろ。
外交に関する大臣がいるなら、街の運営はそいつらに任せるしかねぇ。俺らに出来ることなんて本当にあんのか?」
「全くーーー、しようのない奴等じゃのう。
自分で考えろと言いたい所じゃが、妾が同席するのもあと少しじゃ。
特別に教えてやろう。
まず、アトランティスに必要な人材についてじゃが、防衛都市に必要な者といえは何よりも強者じゃ。
そこでお主らに一つーーーー、いや・・二つ助言を与える。
まず第一に細かいことは考えず、冒険者として行動し、そして強うなれ。
そうすれば道は自ずと開けよう。
第二に、これから直ぐに翠色の髪を持つ人族の子を助けることになる。大層、軟弱な青年じゃ。
その者の願いを聞き、手助けしてやれ」
元々カナタとグランは冒険者としてやっていく腹積もりだったし、高ランクの冒険者になれば、様々な国で行動がし易くなるだろう。
あまり口に出して言うことはないが、アステリオスは力をつけ、何れクフトと決着を付けなくてはならない。
力をつけ、情報を集めるという点において高ランク冒険者という肩書以上のものはそうあるものではなく、アステリオスは元よりカナタやグランと行動を共にする事を決めていた。
カグラから出されたこの提案に異議を唱える者は当然、誰一人としていなかった。
だがーーー。
「冒険者の話は良いとして、その人族の弱い青年を助けるってのは、どういう訳だ?
軟弱な人族ってえと、俺の担当なんだが?というか、そもそもそんな奴助けて何の得があんだ?
アトランティスに必要なのは強者なんだろ?美少女ならまだしも男ってよぉ」
「そこまで欲望を剥き出しにされると返って清々しいのう・・・。
じゃが、その者の知恵は何れお主らのーーー、延いてはアトランティスの役に立つこととなる。
まあ無理強いはせんが助けて損はーーーー」
カグラがそこまで言った所で、獣車の揺れがゆっくり止まったーーー。
「うむ?どうやら妾はここまでのようじゃ。
それではお主ら、達者での」
******
獣車を降りるカグラに続いてカナタ達も外へ出る。
すると先に降りたカグラの姿は既に無く、獣車の屋根でイベントの発生を待っていたであろうグランが、一体の魔獣と戦ってーーーーいや、魔獣の息の根を止めていた。
肉食の恐竜のような形の魔獣には頭部が無く、首からは大量の血が流れ出ている。
流れる血を吸おうともせず黙って見ているのは、グランの背後に人族の青年がへたり込み、その様子を見守っているからに他ならない。
怯えたような表情を浮かべる華奢な身体つきの青年。
所謂、坊ちゃん刈りと言われるような翠色の髪を持つ青年が、グランに守られるようにして座り込んでいた。
「す、翠色・・・。
直ぐに助ける事になるって・・・、直ぐの度が過ぎて一瞬分かんなかったわ!
ったく、しゃーねぇな。
ーーーおい、大丈夫か?」
「ーーーひっ!
・・・・黒い・・・髪」
頭を搔くようにして青年の元へ歩みよるカナタの声に、青年は一瞬怯えたような表情を見せる。
森の中で魔獣に襲われ、命の危機に瀕していたであろう青年は、声の正体が自分と同じ人族の青年の物だと分かると、少し表情を和らげ、黒い髪の青年を物珍しそうに観察し始めた。
「おい、大丈夫なのか?怪我は」
「あーーーっ、はい!ボクは大丈夫です。
危ない所を助けて頂き、ありがとうございました」
カナタの問いに少し遅れて返事をする青年。
彼は転んだ際に黒いローブに付いたであろう汚れを軽く払い除けると、声変わり前のような少し中性的な声でカナタにそう答え、その背後で自分を見る者たちを一通り観察する。
「俺は何もしてねぇよ。助けたのはグランだ。
それより、何だってこんな危ねえ所に一人で居たんだよ?
俺たちが通り掛からなきゃヤバかっただろ」
「はっ、失礼しました。助けて頂きありがとうございます」
青年はグランを見てお礼を言いと、再び視線をカナタに戻して経緯を説明し始めた。
「ボクの名前はウォルト。
セイロンの冒険者です。ある依頼を受けギルドで知り合った他の冒険者達と此処までやって来たんですが・・・」
そう言ってネックレスの先にある木のプレートを見せるウォルト。
「木プレート・・・。人の事を言えた口じゃねぇが、Fランク冒険者が気軽に来られるような場所には見えねぇが。
一人であの魔獣に襲われてたってことは、他のメンバーは・・・」
魔獣に襲われ死んだのだろう。そんな意味を込めて言うカナタに、ウォルトは首を横に振る。
「いえ、そうではありません。
今回ボクが組んだパーティーの名はキートンズと言うCランクの冒険者達。
この辺りには確かに危険な魔獣が住んでいますが、少なくとも今回に限っては彼等が命を落とすような魔獣には出会っていません」
ならどうしてーーー。カナタがそう疑問を抱いたとき、後ろで話を聞いていたネオーーー、Aランク冒険者ポルトスが口を開く。
「置き去りにされたのにゃ?」
置き去りーーー。
その言葉を聞いたウォルトは暫く間を開け、頷いた。
「置き去りーーーって、何だってそんなことにーーー?」
「今回の依頼は、ある魔法陣の作成に必要な特殊な染料の元となる木の実を持ち帰ることでした。
キートンズは知識、ボクは力。互いに足り無い物を補うように、見知らぬ者同士が力を合わせて組むことは冒険者であれば良くあることです。
今回は、無事に依頼の木ノ実を必要な量手に入れる事が出来たんですが、体力の無いボクは早く帰って依頼を完遂させたい彼等にとって足手纏いだったようで・・・・」
「置き去りにされたって訳か・・・・。
何だよそりゃ、ひでぇ話だな」
「けど、時間がかかっても生きてギルドに行けさえすればボクも報酬は貰えますから。
此処で死ななかっただけボクはラッキーでした。
本当にありがとうございました。
では」
そう言うとウォルトは頭を下げ、森の中を歩き始める。
カナタはため息を吐くと、仕方がないと言いたげな表情で周りを見渡し、ウォルトを呼び止めた。
「待て待て、純粋なのか狙いなのかは知らねえが、このまま死なれたら目覚めが悪ぃ!
乗ってけ」




