六十六、あさごはん
「いやぁ・・・、やっぱスゲェな」
十字架の形に変えた輝晶を握り締めニケの背後で闘いを見守るカナタは、夜のゴーストタウンを飛び回るミアを眺めていた。
使用者のマナに呼応して姿、そして性質を変える霊槍ブリューナクはミアの聖なる雷と呼応し、斬り裂いたアンデッド達を浄化して行く。
他の者であればこのゴーストタウンのアンデッド達は元の魔物よりも厄介な相手となるのだろうが、ことミアに関しては完全に逆だった。
元より死の穴最下層レベル、またはそれ以上の魔獣だったミアが聖なる獣としての力を開花させたのだから、アンデッドとなった魔物に手こずる理由などあるはずもない。
ミアの振るう聖なる雷槍は、現れる魔物の悉くを消滅させていた。
初めて槍を手にしてからそう時間も経っていないと言うのに、その槍使いは既に何十年も修行を積んだかのような、そんな洗練された様相を帯びているように、カナタの目には写っている。
ミアは槍を武器としてだけではなく、魔法使いが杖を扱うように使って魔法を強化し、まだ拙いながらも時には一言だけの簡単な詠唱や、魔法陣を重ねてその効果を倍増させて戦っているのだ。
所作や教養はレオ、戦いでの身のこなしはレオとネオ、そして魔法に関する知識はニケに教わり、凄まじい速度でそれらを吸収するミア。
その成長の速度を間近で見守るニケも又、カナタに負けず劣らずの興奮ぶりだ。
そして、エンシェントユニコーンのシロも又、ミアに負けず劣らずの活躍を見せている。
単純な強さだけで比べるならばミアには及ばぬシロであるが、アンデッド相手にはシロの持つ一本の角が大活躍することになる。
邪を祓うとされるユニコーンの角が更に強力になったシロの角。
それはアンデッドに触れた途端、屍達の動きを立ち所に止め、腐肉へと変えてしまう。
強烈な攻撃を繰り出し続けるミアと、触れただけでアンデッドを浄化させるシロ。
ニ名の活躍により、城から這い出たアンデッド達は次々と数を減らして行った。
「少し遅れちまったから焦ってたんだが、これなら街の外に逃しちまうことはねぇだろ。
お疲れさん、ミア、シロ!」
カナタ達の任務は、ゴーストタウンから森へ出ようとするアンデッド達の駆除。
夜と共に城から溢れる屍達を街の逃さぬことだ。
城の周囲に溢れるアンデッドの数を見て焦っていたカナタであったが、何とか食い止められそうだと安堵し溜息を吐く。
「ん、楽しかった」
「グリュルルゥ・・」
「後は無理をせず、城から出ようとするアンデッドを止めればいいだけなのです」
毎夜毎夜、何百というアンデッドを消滅させているにも関わらず、それでもこのゴーストタウンへ派遣され続ける駆除部隊。
それは一重に、バロン城に巣食うアンデッドの数が夥しく、例えミアであろうともそれを全滅させることは容易ではないからだ。
一体一体を相手に勝つ事は可能でも、それを滅ぼすとなれば一撃一撃、全力で攻撃を叩き込む必要があり、それを何日も続けることはミアであっても不可能。
この魔物達と六日間休む間も無く闘い続けたレオル王の異常性が浮き彫りとなっていた。
「だな!
無理して巣を突き回れば、這い出た無数のアンデッドがアトランティスを襲うことになるだけだ。
つぅワケで、ミアとシロはヤベーのが出て来るまで休んでてくれ。
俺はいつも通り物質変化の練習をさせてもらうが、いいか?」
「いつでも大丈夫なのです!」
ミアとシロの活躍により自らの安全がある程度確保出来たと踏んだカナタは、胸から下げた輝晶を外すと、さっそく自身に近づく七体の猿のような姿のアンデッドと対峙し、地面に手をついて唱えた。
「物質変化・液体!!」
カナタの能力が及ぶ範囲は現在、自身を中心として凡そ直径八メートル。
僅かに波紋の広がるその大地へ猿型のアンデッドが踏み込んだーーー。
「ギュァアア!?」
液体となった地面を踏みバランスを崩した猿達は、手足をバタつかせ溺れて行く。
通常の魔物が相手であればこのまま溺死させることも可能なのだろうが、今回の相手は動く屍。
死んでいる者を溺死させることなどできはしない。
カナタは液体にした大地へ五本指の先を付けると、再びマナを込める。
「戻れ!」
すると地面は猿達を地中に残したまま元の固形の状態に戻ってしまった。
首から下を埋められた形となったアンデッド達は動きを封じられ、涎を飛び散らせながら奇声をあげているが、それも一瞬。
元々、死の穴下層レベルの魔物の彼等がこの程度の拘束を解けぬ理由が無い。
力を込めた瞬間、猿達を中心として地面に亀裂が入り、地面より腕を抜き放つと、拘束から逃れようと地面を押し込むように力を込めるーーー。
「連鎖光爆!!」
そんな猿達を逃すまいとニケにより放たれた数十の光の矢。
それは猿達を貫くと、連鎖反応を起こし次々に爆発を巻き起こす。
聖なる光の矢は悍ましい呻き声をあげる猿達の身体を内部から炸裂させ、バラバラに分解すると、腐食して強烈な悪臭を放つ肉片を周囲に飛び散らせる。
ニケはその肉片や連鎖光爆がカナタに被害を及ぼさぬよう、大地の化身によって作った巨大な土の手でカナタを持ち上げると、自らの側に移動させて、そっとカナタを降ろす。
一連の流れはこれまで何度も繰り返したものであり、カナタは驚くでもなく、ニケに何かを言うでもなく、何かを考え込むように手を顎に当てていた。
「うぅむ・・・。やっぱり土を液体に変えた時、まだ少し波紋が出ちまう。
夜で、しかも相手がアンデッドだから簡単に嵌められたが、これじゃまだ知能の高い生き物には警戒されるよなぁ」
「けど、最初と比べれば凄い成長ぶりなのです!
視界の悪い場所なら普通の人間くらいは楽に嵌められると思うのです」
「確かに最初と比べれば随分マシになったよな。
だけど地面の凹凸を表現して液体のまま維持するのがこんなに難しいとはな・・・。
流石に、ただ物体の形を変えるのとは訳が違う」
「ですです!ニケも初めは水を操るのが苦手だったです!
けど特級魔法は練度を上げればどこまでも強くなるです。努力あるのみ、なのです!」
ニケの大地の化身の力は自然物の操作。
似たような力を持つ者同士、共感出来る部分があるようで、ニケにそう声を掛けられたカナタは白い歯を見せ、それを見ていたミアもカナタへ言う。
「カナタなら出来る」
「おう!ありがとな!」
カナタの修行は夜明けまで続いたーーー。
*********
「・・・・・」
射し込む日に目を覚まし、ゆっくりと周囲を見渡す少女。
部屋には誰も居らず、目覚めると同時に空腹を刺激するような匂いを嗅ぎ取った少女は、おもむろに起き上がると、匂いの元へと続く扉を押し開ける。
「お目覚めですか!」
「おはようなのにゃ!」
「おはようございます、なのです!」
少女の姿を見た三匹の小さな猫型妖精は、各々、別個の表情を浮かべるが、少女を迎えるべく同じように席を立ち、挨拶する。
「お!もう起きたのか。
悪いんだけど、もうすぐ朝食の用意が出来るからあいつらも呼んで来てくれるか?
死の穴から帰って来て、外で遊んでるはずだ」
通りで暫く見なかった顔があるーーー。
少女は自身に笑いかける雲のような模様の妖精猫を見てそう納得すると、座ったばかりの椅子から立ち上がり、外への扉を押し開ける。
広い庭には白金の髪の少年と、ボサボサの髪から黒い二本の角を伸ばす大男、そして黒髮の長髪美女がおり、例の如く少年と大男を軽く遇らっている。
「死の穴で何かあった様子じゃが、相変わらずだらしがないのう・・・。
そんな所で寝そべって何をしておるのじゃ?」
「オメェがやったんだろ!」
「くっ・・・・」
地に這い蹲る二人を見た少女は起き掛けの状態であることなど意にも介さず、中空に掌を翳して槍を抜き放つと、自らを包む装いをモフモフ猫耳パジャマから戦闘衣へ変化させ、音も無く黒髪の女へ飛び交った。
「不意打ちとは礼儀を知らぬ奴じゃ。嫌いではないがのう。ーーー“止まれ”」
黒髪の女は槍が届く直前、少しニヤけると、少女へ向けてそう呟く。
すると槍を構える少女の身体は、金縛りにでもあったかのようにーーー、否。
見えない何かに捕まったかのように、その動きを止め、空中で止まってしまったのだ。
そして黒髪の女は手に持つ幣のような見た目の巨大な扇子を広げると、少女へ向かい軽く扇ぐ。
「“飛ばせ”」
そう命じられたのは風。
扇子より放たれたそよ風は速度を上げて吹き荒び、中空に止まった少女を持ち上げ、後方へと押し戻してしまった。
自身の動きを封じていた力より解放された少女は、バランスを崩しつつも掌を黒髪の女の方へ向けると、中空へ魔法陣を浮かべ、その中心を貫くように手に持つ槍を放った。
加速の効力を持った魔法陣を通過した高速の槍は、さらに速度を上げ黒髪の女へ突き進む。
そして少女が崩したバランスを立て直し、地面に着地した時だった。
黒髪の女は飛来する槍に笑みを浮かべると、扇子を閉じて言った。
「“邪魔じゃ。除け”」
すると、女を貫かんと突き進む少女の槍はその言葉を受けた瞬間、女を避けるように軌道を変え、深く地面へと突き刺さる。
槍を避けたのではなく、避けさせたーーー。
だが少女は、それをやった女に表情を変えることなく向き合うと、右手に白い雷を発生させ、女の背後に突き刺さる槍に雷を発生させた右手を向ける。
すると深く地面に突き刺さっていた槍は、その姿を白い雷へ変えると、少女の右手目掛け雷速で飛来したのだ。
まるで槍が瞬間移動したかの如き光景に、へたり込んでいた少年と大男が驚いたような表情を見せる中、少女は手にした槍を消し去ると、呟くように言った。
「ご飯・・・、出来た」
「何と!妾は先に戻るぞ」
「なっ、待てよ!オレも行くぞ!」
「俺もだ」
「では我等も」
「お腹空いたのにゃ〜」
「ですです!」
こうして早朝トレーニングは御開きとなったーーーー。




