六十三、光の泉
アステリオスの戦い方もまた、グランに負けず劣らずの単純さ。
難易度などのことではなく、少なくとも見てくれはーーーの話だが。
黒い放電現象を起こす、これ又黒い炎。
それを大きな剣に纏わせ、振り回す。
其れだけだ。
雷魔法の遠距離操作能力を失ったアステリオスに出来るのは、単純な肉弾戦のみ。
以前であれば、アステリオスを囲む弱い魔物は一瞬で消し炭にされていただろう。
雷の性質を持った炎は、敵に触れた瞬間、感電でもしたかのように全身に広がり、周囲の魔物へ飛び移る。
否、今でもアステリオスの黒い雷火は敵に触れた時、感電するように燃え広がっている。
近くにいる魔物にも感電し、燃え移っている。
いるのだが・・・、その範囲が以前と比べ極端に狭まっているのだ。
何せ攻撃出来るのは、その手に握った剣の届く範囲までなのだから。
誰が見ても大きな剣だと言うだろう。
巨躯とは言え、以前より体の小さくなったアステリオスが扱うのだから尚更だ。
だがアステリオスは思っていた。
何と小さな剣なのだろうと。
しかし、その小さな剣の威力は絶大だった。
触れる物皆、全てを一刀の元に両断して見せた。
硬い甲殻も、甲羅も、鱗も、皮も爪も牙も骨も。
どんなに硬かろうと、どんなに密集していようと、その全てを空気を斬っているかの如く両断して見せた。
生きている物全てを斬り捨てるアステリオスの黒い雷火を止められる者は、此処には存在しなかったーーー。
「うっひょぉおお、やっぱえげつないぜ・・・」
「アスティーも凄えけど、敵が弱過ぎだな」
「アスティー、強い」
「ですです!」
見える範囲の魔物を全滅させた所で、アステリオスは小さな魔物ホイホイを脱ぎ、中空へ投げる。
次にそれを手に取ったのはミアだった。
ミアが迷わず魔物ホイホイを纏うと、状況に応じてその姿を変える霊装カフヴァールは、ミアの意思により姿を変えた。
「うぉおおおおおお!!!
あれは正しく、彼氏の家に泊まりに行ったはいいが、寝間着を忘れて彼氏の少し大きめのTシャツをワンピース風に着て寝ようとする美少女!!
あの伝説は実在したのか!!」
動きを阻害するような衣装を好まぬミアが選んだのは極端な軽装。
傍目から見ればTシャツ以外、何も着ていないように見えていた。
ミアは何も無い中空へ掌を翳し魔法陣を浮き上がらせると、其処から現れた槍を引き抜いて見せる。
「おお、アレが噂に聞く霊槍ブリューナクか。
なんか分からんが凄え・・・」
「ですです!霊装カフヴァールと対になる、バロンに伝わる宝具、霊槍ブリューナクなのです!
アレを召喚出来るのはミア様と、ニケ達三獣士が揃った時だけなのです!」
魔物ホイホイを装着したミアの前に現れたのは、三体の巨大な虎。
「おっ!?何かパワーのありそうな魔獣だけどーーーー」
もしかして輓獣に出来るんじゃ・・・、カナタがそう言おうとした時だった。
巨大な虎、ブルタイガーと呼ばれる魔獣は一斉にミアへ飛び掛った。
ミアは、猫のような動きで軽快に飛び回り、全ての攻撃を余裕の表情で躱して行く。
「当たる訳無いのです!ミア様はネオの双剣でも楽々躱すのです!」
ニケは興奮した様子でミアの闘いぶりを見守り、ミアは戦っているのではなく、公園の遊具で遊ぶ子供のように、ブルタイガーの攻撃を避け楽しんでいる。
そうしている内に、魔物ホイホイの効力によって次々と魔物は集まり、ミアを取り囲む。
ミアはグランの道案内に合わせてゆっくり進みつつそれらを躱し続け、集まった魔物の数が五十を超えた、その時だった。
ミアは突然持っていたブリューナクを消し去ると、次第に悲しみの色を強くし、呟いた。
「弱い・・・もういい。“白雷雨”」
天に掌を向けたミアを中心に、何百、何千もの白い雷の雨が降り注ぐ。
天より降り注ぐ聖なる雷は、ミアに襲いかかる者全てを無情にも焼き払い、一瞬で五十を超える魔物の群れを全滅させてしまった。
白く発光するその光景にカナタ達の目が眩む中、ミアは魔物ホイホイを中空へ脱ぎ捨て、霊装カフヴァールがミアを元の姿に着飾る。
「・・・もしかしてだけどさ、さっきのデカい虎、輓獣に出来たんじゃねぇのか?」
「ですです!ブルタイガーは手懐けさえすれば、優秀な輓獣になるのです!
それをミア様は楽々消し去って見せたのです!!流石ミア様なのです!!」
「おい、違ぇだろ」
自分がしっかりしなければ。
カナタはそう決意した。
**********
今日は新月。
闇に包まれた森を明るく照らす満点の星空と、それを写し出す光の泉。
カナタ達の輓獣捜索に際立った成果は無く、手に入れたのは大量の食料と魔物由来の武器素材のみ。
だが、ミアが倒したブルタイガーも、結局は地竜や狼馬の下、Bランク相当の輓獣だったことから、どの道この光の泉に来ることになっていただろうとカナタも納得しているようだ。
今夜の晩餐には地ウナギの白焼きに、トクチーの丸焼き、お決まりの針千牛のステーキや生レバー、ギリル鳥のリィム焼き、沢で取れたカニと山菜のスープなどが並び、星空を写す泉の水面に焚き火の炎が揺れている。
ニケとグランによる肉の取り合いや、食後の運動など、普段は静かな筈の森で一通り騒いだ後、カナタがキャンプ気分を楽しむ為にあえてテント風に拵えた寝床にて就寝するカナタ以外の四人。
カナタは漸く静かになった泉のほとりにて焚き火に当たりつつ、一人ハーブティーをしばいていた。
「ふぅ・・最っ高だなぁ」
満点の星空の下、綺麗な泉のほとりで焚き火に当たり、暖かい茶を飲む。
カナタは日本に居た頃、自宅のPCでサバイバルの動画を見てはこういう生活に憧れていた。
だが実際に異世界の見知らぬ森で生活してみて分かったのは、自然の厳しさ。
そこに夢見ていたような理想はなく、地面は固く、虫は多く、魔物に怯え、腹は減り、心身ともに常に疲弊し切っていた。
それにも漸く慣れ、動画で見ていたような理想の一つを叶えられるようになったのだから、幸せを感じぬ理由が無い。
「あえて言うなら甘い物とコーヒーがあればマジで最高なんだけどなぁ・・・」
そんな贅沢を言っていては今の幸せが逃げてしまうような気がしたカナタは、言葉を呑み込みもう一度幸せを噛み締めるように、残ったハーブティーを飲み干した。
「こーひー?」
テントからひょっこり顔を出し、不思議そうに首を傾げるのはミア。
「ミア!起きてたのか?」
「ぜのすに連絡、忘れてた。
こーひー?」
カナタはカナタで連絡という言葉に引っかかるが、ミアの質問に答える。
「コーヒーってのはコーヒー豆から作るお茶みたいなもんで、黒くて苦いけど最高に味わい深い飲み物だ。
いつかミアにも飲ませてやるよ」
「こーひー・・・、約束?」
「ははっ、ああ約束だ」
そう言ってカナタの座る丸太の横にチョコンと座ったミアの頭を撫でてやると、ミアは目を閉じ、二本の長い尻尾をウネウネさせる。
「そういえば、ゼノスさんに連絡って言ってたよな?
連絡なんてどうやって取り合うんだ?」
「ん?・・こう」
ミアは思い出したように尻尾の動きを止めると、雷を纏い立ち上がり、雷を頭部に集中させて行く。
するとそれは次第に獣のような耳の形を成し、ミアをケモミミ付きの獣人のような姿に変化させた。
「ぜのす」
ゼノスを呼びかけた瞬間、ミアから放電現象が巻き起こる。
そしてしばらく間を開けた後、何かを感じ取ったように続けた。
「ん、大丈夫。
もうすぐ寝る」
そうして再び放電現象が起こった数秒後、雷で作られたミアのケモミミは姿を消した。
「今、ゼノスさんと話してたのか?」
「ん、そう。雷話」
「雷話・・・。
つまり雷を電波みてぇに使って音を飛ばしてた訳か。
便利な力だが、こんな森の中でゼノスさんのいる位置がよく分かったな」
「ううん、目印」
ミアの言う目印とは、ミアが雷話を発動すると共鳴し合い、互いを細い雷の糸で繋ぐ効力のあるものらしい。
それによって、ゼノスの位置を把握しておらずとも会話が可能となっていたようだ。
「つまり雷の糸電話みたいな事か。
便利な使い方があるもんだな・・・」
もっとも、雷話はかなり特殊な技術らしく、雷魔法を扱うゼノスやネオですら使えない技であり通話はミアからの一方通行。
ミアは雷によって作り上げた大きな耳を受信アンテナとして使い、雷の糸から伝わる相手の声を何とか聞き取っているという状況のようで、あまり離れ過ぎると相手の声は聞き取れず、更に離れればミアからの通話も不可能となるようだ。
それでもこれほど深い森の中で、歩いて半日以上の距離でもゼノスの声を聞き取れているのだから、通話可能な距離はかなり長いと考えられるだろう。
「それはそうとーーーー」
さっきは楽しかったか?
グランやアステリオスとの食後の運動について尋ねようとした時だった。
カナタの視界に、信じ難いものが飛び込んで来た。
「ちょーーー、おいあれって!!」
生い茂った森より現れた体高三メートルはあろうかという巨体、天を突くように太く真っ直ぐ伸びる、捻れた一本の角。
筋肉質の身体と、人など容易に粉砕してしまうであろう特大の蹄。
カナタが脳裏に描いていたものとは全く別次元の様相を呈して現れたユニコーン。
それもその筈、体高三メートルと言えばアフリカゾウにも迫ろうかと言う巨体なのだから。
そしてその巨体に見合わぬ美しく長い鬣や尾が齎す神秘性。
カナタがユニコーンの放つ圧倒的な存在感にア然としたのも束の間、ユニコーンはその蹄で大地を蹴り、光の泉へ向かい踏み切った。
ーーーその先、対岸に居る、黒い兎耳の少女へ向けて。
少女は通常の馬ほどの大きさの、枝分かれした角を持つ青白い鹿に跨り、泉のほとりでユニコーンを見据えている。
果たして十秒で少女の元へ辿り着けるかーーー?
カナタは不落之果実の連続発動も視野に、立ち上がる。
ーーーだが。
「だめ」
カナタの不穏な気配を察知したミアが、それを抑制するように手を出した。
「なっーー、駄目ってどうしてだよ!?
このままじゃあの子が!!」
「近寄っちゃだめ」
ミアの思わぬ妨害により足止めを食らう中、ユニコーンの鋭い角は、無常にも少女を乗せた青白い鹿へ迫っている。
「ーーー逃げろぉおお!!!」
そしてユニコーンのパワーが一点に集約された、螺旋に捻れた角の先が青白い鹿へ直撃するその直前、カナタの声を聞いてか否か、少女は鹿の背を蹴って飛び上がると、大きく後方の森へと退避した。
兎を思わせるその脚力にカナタと、そしてミアの視線が奪われたその時、ユニコーンと青白い鹿の間にて凄まじい衝撃音が鳴り響く。
「うおーーっ!?」
金属製の太い棒がぶつかり合ったようなその音は森へ反響し、光の泉を波打たせる。
予想外の音に驚いたカナタ達が視線をユニコーンへと戻した時、其処には予想外の光景が広がっていた。
先程までと何ら変わらず佇む鹿の姿と、その目前に横たわるユニコーンの姿。
ユニコーンの強靭そうな角は半ばから折れ、頭部から出る血が光の泉に広がって行く。
何が起こったのか分からず状況を見守るカナタ達へ、背後から声が掛けられた。
「あなた達、こんな場所で何やってるのかしら?」
その声に驚き振り向くカナタと、咄嗟にその場を蹴って大きく退避するミア。
ミアは中空より霊槍ブリューナクを取り出すと、まだ距離のあるカナタと兎耳少女の間に割って入り、槍を構えた。
「なっ、どうしたんだよミア!?何をそんなに焦ってんだ!?」
だがミアはその問いに答えようともせず、ただ黒い兎耳の少女を見据えている。
その様子を見た兎耳の少女は脚を止めると、溜め息を吐いて倒れたユニコーンへ視線を送った。
「嫌になる。
今夜は新月だもの。
シシカ、終わったなら早く来なさい」
シシカと呼ばれた青白い鹿は倒れるユニコーンに眼もくれず兎耳の少女へ駆け寄る。
そして少女が再び鹿の背に跨ると同時、暗い影によりカナタには見えていなかった少女の異常性が浮き彫りとなった。
その手に握り締められていたのは極大の鎌。
それを片手で楽に扱い肩へ担ぐ少女。
満点の星とユニコーンの放つ淡い光を浴びて怪しく光るそれは、夜空に浮かぶ三日月のようだった。
「デスサイズ・・・?
君は・・・・誰なんだ?」
「あら、そういう貴方は誰なのかしら?」
「俺はーーー」
カナタが少女の問いに答えようとした時だった、テント式の寝ぐらにて就寝していた筈のグラン達が、眠そうな目を擦り起きてきた。
「ん?おい、もしかしてアレってオレ達が探してたユニコーンじゃねぇのか!?」
「確かに聞いていた話と良く似ている。どうなんだニケ?」
「何言ってやがるです・・・、そう簡単に見つかれば苦労はーーー。
ユニコーンなのです!!」
その巨体で淡い光を放つユニコーンに視線を釘付けにされるグラン達が騒ぐ中、少女はカナタに向け言った。
「あら、丁度良かったじゃない。あなた達ユニコーンを探していたの?」
「あ、ああ・・・そうだ、ちょっと輓獣を探しててな」
「そう、なら後は任せるわ。
今夜はゆっくりしたい気分なのに、しつこくされて困ってたの」
「そ、そうなのか?
チクショーー、許せんなあのストーカーユニコーンめ!
そう言われてみりゃ、今も君をジッとり湿った目で見て気もするな。
よし、そういう事なら俺が確り調教しとくよ」
「フフ、助かるわ。
それじゃ、私はもう行くわね。
騒がしくなるといけないから」
そう言って黒い兎耳の少女と青白い鹿は振り返り、森へと消えて行く。
「あ、俺の名前はカナタだ!蒼井奏多!
君は!?」
「カナタ、いい名前ね。
ーーー貴方とはまた何処かで会いそうな気がするわ」
少女はそう言い残し、姿を消したーーーー。




